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第033話 三人の戦乙女

セリア、ミュール、イリスの三人が並び始める回です。

前衛、斥候、魔導師として、それぞれの役割が形になっていきます。

 ロゼッタ・フォルンの競売は、明日の夕刻だった。


 赤鎖の競売札には、そう書かれていた。

 債務奴隷。

 元商家令嬢。

 契約書偽造の疑いあり。

 買われた瞬間から交渉を始める、扱いづらい女。


 最後の一文だけ、売り文句というより警告に見えた。


「扱いづらい、か」


 セリアが競売札の写しを見て言う。


「赤鎖がそう書くなら、むしろ信用できる」


「貴殿もなかなか皮肉を言うようになったな」


「周りに影響された」


 ミュールがこちらを見る。


「ミュール?」


「誰とは言っていない」


「セリアも変になった」


「それは貴女に言われたくない」


 二人のやり取りを、イリスが少し離れた場所から見ていた。


 彼女はまだ遠慮がちだ。

 腕輪をつけた左手を、右手で包むように押さえている。

 魔力は昨日より落ち着いているが、完全ではない。


 競売まで一日。


 ロゼッタを買い戻すには、金だけでは足りない。

 赤鎖はもうこちらを警戒している。

 魔塔の回収命令も残っている。

 夜爪の件も終わっていない。


 つまり、競売場で何か起きる可能性が高い。


「連携を確認しておきたい」


 俺が言うと、三人がこちらを見た。


「競売前に戦うのか」


 セリアが問う。


「戦わないのが一番だ。でも、戦わないためにも、動き方を決めておく」


 場所はギルド裏の訓練場。

 朝の光が石畳に落ち、木剣用の柵が並んでいる。

 マルタが許可を出してくれた。

 理由は「外で暴れられるより管理しやすいから」だった。


 ありがたい。

 たぶん。


 ガレスも見に来ている。

 腕を組み、いつでも文句を言える顔で壁際に立っていた。


「俺は前に出ない」


 俺はそう宣言した。


「右手がまだ使えないし、競売場では俺が目立つより、全体を見たほうがいい」


「当然だ」


 セリアが即答する。


「貴殿は今日は後ろだ」


「今日は?」


「本来はもっと後ろだ」


 ミュールが頷く。


「レオン、すぐ前に出る。危ない」


「俺の扱いがだんだん雑になってないか」


「大事にしてる」


「雑に?」


「雑に大事」


 イリスが口元を押さえた。


 笑いかけて、慌てて真面目な顔に戻る。


「笑っていいぞ」


 俺が言うと、彼女は小さく首を振った。


「いえ、真面目な場なので」


「真面目な場でも笑っていい」


 セリアが盾を構えながら言う。


「ただし、油断はするな」


「はい」


 イリスは背筋を伸ばした。


 その返事は、昨日より少しだけ強い。


 訓練は単純な想定から始めた。


 正面から三人の敵。

 左側に逃走路。

 右側に守るべき対象。

 今回は守る対象を木箱にした。


「競売場なら、守るべきものはロゼッタ本人、契約書、証人、場合によってはイリスだ」


「私もですか」


 イリスが驚く。


「当然だ」


 セリアが答えた。


「貴女は仲間だ。守る対象にも、守る側にもなる」


「両方」


「そうだ」


 イリスはその言葉をゆっくり飲み込む。


 ミュールが木箱の周囲を歩き、足元の砂を指で払った。


「ここ、罠を置ける」


「訓練場だぞ」


「置かない。置けるだけ」


「置く顔をしている」


「少し」


 ガレスが壁際から怒鳴った。


「床を傷つけるなよ」


「少しもだめ?」


「だめだ」


 ミュールは残念そうに耳を伏せた。


 訓練開始。


 セリアが正面に立つ。

 盾の角度は低め。

 相手を受け止めるだけではなく、押し返して道を作る構え。


 ミュールはすでに消えていた。

 真正面から見れば、木箱の影に隠れただけだ。

 だが、気配が薄い。


 イリスは後ろに立つ。

 両手を前に出し、腕輪の光を確かめている。


「怖いか」


 俺が聞くと、彼女は素直に頷いた。


「怖いです。でも、怖いとわかっているほうが、流れを見失いにくい気がします」


「いい感覚だ」


「いいんですか」


「怖くないふりより、ずっといい」


 イリスは小さく息を吐いた。


「では、怖いままやります」


 ガレスが鼻を鳴らす。


「上等だ」


 俺は訓練用の合図札を投げた。


 開始。


 セリアが前へ出る。

 木剣を持ったギルド職員三人が突っ込む。

 もちろん本気ではない。

 だが、数の圧はある。


 セリアは一人目を盾で止め、二人目の進路を体で塞ぐ。

 三人目が横へ抜けようとした瞬間、ミュールが足元へ縄を投げた。


 転ばせない。

 ただ、一歩を鈍らせる。


 そこへイリスの紫の薄膜が広がった。


 壁ではない。

 床すれすれの流れ。

 相手の足元の魔力を滑らせ、踏み込みを浅くする。


 三人目の木剣が、木箱に届く前に止まった。


「できました」


 イリスが呟く。


 だが、次の瞬間、腕輪が強く光った。


 紫の薄膜が広がりすぎる。


 訓練場の砂が浮き、木箱がわずかに軋んだ。


「イリス」


 俺は名前だけ呼んだ。


 彼女は目を見開く。


「止めなきゃ」


「止めるんじゃない。細くする」


「細く」


「流れを全部消すな。木箱の前だけ残す」


 イリスの呼吸が乱れる。


 セリアが盾を構えたまま言った。


「大丈夫だ。こちらは持つ」


 ミュールも木箱の上から言う。


「匂い、まだ怖いだけ。壊す匂いじゃない」


 イリスは二人を見た。


 仲間が怖がっていない。

 逃げていない。

 命令していない。


 彼女は唇を噛み、腕輪に触れた。


「細く」


 紫の薄膜が収束する。

 木箱の前だけに残り、淡く光った。


 浮いていた砂が落ちる。


 訓練場に静けさが戻った。


「できた」


 イリスは息を切らしながら言った。


「今度は、途中で戻せました」


「ああ」


 俺は頷く。


「初陣より、さらに一歩進んだ」


 彼女は泣きそうな顔になった。

 だが、泣かなかった。


 代わりに、セリアが盾を下ろして言う。


「助かった。あの薄膜がなければ、三人目を通していた」


 ミュールも頷く。


「足元、よかった。殺さないで止められる」


「殺さないで」


 イリスが繰り返す。


「そういう魔法も、あるんですね」


「ある」


 俺は言った。


「君が今作った」


 イリスの腕輪が、ほんの少しだけ優しく光った。


 二回目の想定は、競売場の混乱だった。


 人混み。

 逃げる客。

 奪われる契約書。

 守るべき相手が、自分から交渉のために前へ出る可能性。


「ロゼッタという人が、本当に競売台で交渉を始めるなら」


 イリスが恐る恐る言う。


「守る対象が、じっとしてくれないということですか」


「たぶんそうなる」


 俺が答えると、セリアは真顔で頷いた。


「厄介だな」


 ミュールも頷く。


「でも、嫌いじゃない」


「会う前からか」


「檻の中で負けてない匂いがする」


 実際にはまだ匂いを嗅いでいないはずだが、言いたいことはわかる。


 次の訓練では、木箱をロゼッタ役として動かした。

 ガレスが棒で木箱を押す。

 かなり雑なロゼッタだった。


「もっと優雅に動いてください」


 イリスが真面目に言う。


「木箱に優雅さを求めるな」


 ガレスが返す。


 それでも訓練にはなった。


 セリアが前へ出すぎると、木箱が横へ流れる。

 ミュールが影へ入りすぎると、守る対象との距離が空く。

 イリスが広く守りすぎると、無関係の場所まで魔力が広がる。


 失敗が見える。


 それは悪いことではなかった。


「セリアさん」


 イリスが声をかける。


「盾の前に薄膜を重ねるより、盾の横に流したほうが動きやすいですか」


 セリアが少し考え、盾を構え直す。


「横だな。正面は私が受ける。貴女は抜けるものを逸らしてくれ」


「はい」


「ミュールさん」


「さん、いらない」


「では、ミュール。あなたが消える瞬間、足元に薄い光を置いてもいいですか。敵の視線がそちらへ行くと思います」


 ミュールの耳が立った。


「囮の匂い」


「はい。たぶん」


「好き」


 短い返事だった。


 だが、ミュールの尾の先が少しだけ揺れた。


 三回目。


 イリスの紫の光が足元に落ちる。

 一瞬、そこに人影があるように見えた。

 ギルド職員の視線が逸れる。

 その隙にミュールが背後へ回り、木剣を持つ手首へ縄をかけた。


 セリアは正面を押し、木箱の逃げ道を塞がない位置へ相手をずらす。


 木箱は無事。


 ガレスが棒を止めた。


「今のは悪くねえ」


 イリスが目を瞬かせる。


「悪くない、ですか」


「鍛冶屋の悪くないは、かなり褒めている」


 俺が言うと、ガレスが睨んだ。


「余計な翻訳をするな」


 イリスはそれでも、少し嬉しそうだった。


 訓練は昼過ぎまで続いた。


 三人の形が見えてきた。


 セリアが正面で道を作る。

 ミュールが影から逃げ道と罠を潰す。

 イリスが広域の流れを整え、守るべき場所へ届く攻撃を逸らす。


 俺はその後ろで、薬と道具と指示を準備する。


 強い。


 単純な火力だけなら、まだ危うい。

 だが、この三人は互いの隙を埋められる。


 セリアのまっすぐさ。

 ミュールの鋭さ。

 イリスの広がり。


 三つが重なると、今までとは違う戦い方が生まれる。


「三人の戦乙女、というところか」


 ガレスがぼそりと言った。


 セリアが少し困った顔をする。


「大げさではないか」


「いや」


 ミュールが首を傾げる。


「戦乙女って、おいしい?」


「食べ物ではないと思います」


 イリスが真面目に答える。


 俺は笑いそうになった。


 その時、訓練場の入口にマルタが現れた。


 彼女はいつもの事務的な顔をしている。

 だが、手にしている紙を見て、俺は嫌な予感がした。


「レオンさん」


「今度は何です」


「王都から噂が届いています」


「噂」


「はい」


 マルタは紙を差し出した。


 それは正式な通達ではない。

 冒険者同士の伝聞をまとめたものだ。


 だが、一行目だけで空気が変わった。


 勇者アルベルト、辺境方面へレオン・グランヴィルの所在確認を命じる。


 俺は紙を見つめた。


 セリアが盾を持ち直す。

 ミュールの耳が立つ。

 イリスの腕輪が小さく紫に光る。


 追放した側が、ようやくこちらを見た。


三人の戦乙女は、命令される奴隷ではなく、自分の役割を持つ仲間として並び始めました。

けれど、追放した側もようやくこちらを見ました。

次回はお待たせしました勇者パーティ側、レオン不在の遠征です。

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挿絵(By みてみん)

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