表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/145

第027話 危険物ではなく魔導師

危険物として扱われてきたイリスと、彼女を一人の魔導師として見ようとするレオンの回です。

封じるのではなく、何が起きているのかを見極めます。

 封印札が燃え尽きた瞬間、空気が割れた。


 音がしたわけではない。

 だが、耳の奥で何かが砕けるような感覚が走った。


 貯水室の中央で、赤紫髪の女が膝をついたまま震えている。

 彼女の周囲を巡る魔法陣が、紫色の光を吐きながら回転を始めた。


 速い。

 速すぎる。


 制御のための陣ではない。

 押さえつけるための陣だ。


 押さえつけていた蓋が壊れた。

 だから、中に溜め込まれた魔力が一気に噴き出そうとしている。


「来ないで!」


 女が叫んだ。


 その声に合わせるように、床の魔法陣から火花が散る。


 セリアが俺の前へ出た。


「レオン、下がれ!」


「下がったら爆ぜる」


「ではどうする!」


「流す」


 自分で言ってから、無茶だと思った。


 だが、他に方法はない。


 魔力は水に似ている。

 流れを止めすぎれば淀む。

 圧をかけすぎれば、どこかで破裂する。


 なら、出口を作る。


「ミュール、天井と壁に罠は」


 ミュールは一瞬で周囲を見る。

 耳が忙しく動いた。


「右壁に管。左奥に封印杭。天井は崩れかけ。床は踏むと光る場所がある」


「光る場所は踏むな。右壁の管、切れるか」


「切ると漏れる」


「漏らしたい」


「わかった」


 ミュールが走った。


 赤紫髪の女が目を見開く。


「だめです、それは吸収管です! 切れば逆流します!」


「逆流させる」


 俺は答えた。


「今の陣は君の魔力を全部押さえ込んでいる。圧が上がりすぎている。少し抜く」


「そんなことをしたら、魔力焼けが広がります!」


「広がる先を作る」


「理論上は可能ですけど、そんな雑な処理を人間が現場でやるものではありません!」


 早口になった。


 恐怖だけではない。

 理論に反応している。


 俺はその変化を逃さなかった。


「君、今の陣が読めるんだな」


 女は一瞬だけ黙った。


「……読めます」


「なら手伝ってくれ」


「無理です。私は暴走源です」


「違う」


 俺は床の魔法陣を見ながら言った。


「君は魔導師だ」


 彼女の瞳が揺れた。


 紫水晶のような瞳。

 泣きそうに見えるのに、光だけは強い。


「違います」


「違わない」


「私は危険物です」


「それは魔塔の連中が呼んだ名前だ」


「実際に、私は人を焼きました」


「だからといって、君の名前が危険物になるわけじゃない」


 床の光がまた強まる。


 話している時間は少ない。


 だが、ここを間違えると、彼女は協力しない。

 協力できない。


 自分を爆弾だと思っている人間に、制御役を頼むことはできない。


「名前は」


「え」


「君の名前」


「……イリス」


「イリス。俺はレオン。こっちはセリアとミュール」


 セリアが盾を構えたまま短く頷く。

 ミュールは右壁の管へ近づきながら、耳だけこちらへ向けていた。


「イリス、今から君に命令はしない」


「命令?」


「俺は命令しない。頼む。あの魔法陣のどこを抜けば、君の体を焼かずに魔力を逃がせる」


 イリスの唇が震えた。


「そんなこと、私に聞くんですか」


「君が一番詳しい」


「私は、制御に失敗したんですよ」


「失敗した人間は、次の判断をしてはいけないのか」


 イリスは言葉に詰まった。


 その時、入口のほうから足音が響いた。


 魔塔の主任たちだ。


「対象を確認した!」


 主任の声。


「封印弾を撃て。意識ごと落とす」


 イリスの顔色が変わる。


 恐怖。

 それも、魔力暴走への恐怖とは違う。


 慣れた恐怖だ。


「だめ」


 彼女が小さく言った。


「封印弾は、今撃つと中で反発します」


 主任は聞いていない。


 杖の先に青白い光が集まる。


 セリアが盾を上げた。


「撃つな!」


「どけ、元騎士。危険物の処理だ」


「人を撃つなと言っている!」


 封印弾が放たれた。


 青白い光が貯水室を走る。


 セリアの盾が受け止めた。


 鈍い衝撃。

 盾の表面に霜のような魔力が広がる。


 セリアが一歩下がる。


「重いな」


「セリア!」


「問題ない。だが長くは受けられん」


 主任が舌打ちする。


「邪魔をするなら、貴様らも拘束対象だ」


 ミュールが右壁の管に刃を当てた。


「レオン、切る?」


「待て」


 俺はイリスを見た。


「どこだ」


 イリスは震えている。

 だが、その目は魔法陣を追っていた。


「右の吸収管を切るなら、同時に左奥の封印杭を緩めてください。そうしないと魔力が壁内で反射します。床の第三環は触らないで。そこは私の心臓に近い流れと繋がっています」


 早い。

 言葉が流れ出した。


「天井の補助陣はもう死んでいます。そこへ流すと崩落します。だから、旧水路の排水溝へ逃がすしかありません。でも排水溝の蓋が魔力で融着していて」


「開ければいいんだな」


「普通には無理です」


「普通じゃない方法でやる」


 俺は背嚢から工具を出した。


 錬金術師の感覚で金属の歪みを見る。

 鍛冶師の感覚で熱の入り方を読む。

 魔導師の感覚で魔力の流れをなぞる。


 頭が痛む。

 視界の端が白くなる。


 マルチジョブを重ねるたび、体の内側で歯車が噛み合わない音がする。


「レオン、顔色」


 ミュールの声。


「まだ大丈夫」


「嘘が多い」


「今は見逃してくれ」


「あとで怒る?」


「たぶん怒られる側だな」


 ミュールの尾が一瞬だけ揺れた。


 セリアが二発目の封印弾を盾で受ける。


「レオン、急げ!」


「わかってる!」


 俺は排水溝の蓋に工具を差し込む。

 固い。

 魔力で焼きついている。


 ただの力では開かない。


 なら、温度差を作る。


 小瓶を割り、冷却薬を流し込む。

 直後に熱を持った魔力が蓋へ流れ、金属がきしんだ。


「ミュール、今!」


「うん」


 ミュールの鎖が蓋に絡む。

 彼女は低く体を沈め、全身を使って引いた。


 金属が悲鳴を上げる。


 少しだけ隙間が開いた。


「セリア、左奥の封印杭!」


「任せろ!」


 セリアが盾を構えたまま走る。

 主任の封印弾がその背を狙う。


 俺は空き瓶を投げた。

 封印弾の軌道がわずかに逸れ、壁に当たって弾ける。


「小賢しい!」


「雑用係なので!」


 自分でも雑な返しだと思った。


 セリアが封印杭へ剣を当てる。


「壊すのか」


「緩めるだけだ!」


 俺が叫ぶ。


「壊したらどうなる」


 イリスが即答した。


「たぶん私が内側から裂けます!」


「なら緩めるだけにする!」


 セリアの額に汗が浮く。

 剣の腹で封印杭を押し、角度を変える。


 魔法陣の光が揺れた。


 同時に、ミュールが右壁の吸収管を切る。


 紫の魔力が噴き出した。


「っ」


 ミュールが顔をしかめる。

 耳が伏せる。


 魔力焼けが近い。


「三呼吸で離れろ!」


「二でいい」


 彼女は管の向きを変え、噴き出した魔力を排水溝へ流した。


 紫の光が床を這う。

 排水溝へ吸い込まれる。


 一瞬、貯水室の圧が下がった。


 イリスが大きく息を吸う。


 だが、そこで終わらなかった。


 主任が叫ぶ。


「余計なことをするな! その女の魔力は魔塔の管理資産だ!」


 彼は杖を床へ突き立てた。


 魔塔式の制御印が起動する。


 イリスの首元の金属輪が青く光った。


「あっ」


 イリスの体が硬直する。


 魔力の流れが、また逆向きに引っ張られた。


「やめろ!」


 俺が叫ぶ。


 主任は冷たく言う。


「素人が勝手にいじるからだ。対象の人格など考慮する必要はない。出力だけ抑えればいい」


「人格を無視するから暴れるんだろうが!」


 俺はイリスへ向き直る。


 彼女の瞳から光が散っている。

 暴走が近い。


「イリス、聞こえるか!」


「だ、め」


 彼女は必死に首を振る。


「私、また、焼く」


「焼かない方法を君が今言った」


「でも、首輪が」


「首輪じゃない。拘束具だ。なら外せる」


「外したら、もっと」


「外すんじゃない。支配している流れだけ切る」


 言いながら、俺は理解していた。


 それは難しい。

 セリアの呪印より細かい。

 ミュールの爪印より複雑。


 魔塔の拘束具は、魔力の流れと恐怖を結びつけている。


 暴れたら締める。

 怖がったら締める。

 抵抗したら締める。


 そんな構造だ。


 こんなものを付けられて、安定するはずがない。


「レオン」


 セリアが戻ってくる。

 盾には封印弾の霜が残っていた。


「あの男を止めるか」


「頼む」


「了解した」


 セリアが主任へ向かう。


 若い魔導師が慌てて前へ出た。


「主任、やめてください! 今の出力固定は危険です!」


「黙れ。研究資産を逃がす気か」


「違います! このままでは本当に爆発します!」


 主任は若い魔導師を杖で突き飛ばした。


 その瞬間、ミュールが動いた。


 影のように主任の背後へ回り、杖を持つ手首へ鎖を絡める。


「ミュール」


 主任が振り返る前に、彼女は短く言った。


「命令で人を壊す匂い、嫌い」


 鎖が締まる。

 主任の杖が床に落ちた。


 制御印が途切れる。


 だが、遅かった。


 イリスの魔力は、すでに跳ね上がっていた。


 貯水室全体の魔法陣が光る。

 壁の封印札が次々に燃える。

 床が震え、天井から砂が落ちる。


 イリスは自分の両腕を抱きしめるようにして震えていた。


「ごめんなさい」


 小さな声。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私、また」


「謝るな」


 俺は彼女の前に膝をついた。


 セリアが俺を守る位置に立つ。

 ミュールが主任を押さえたまま、こちらを見ている。


 怖い。

 近づくだけで肌が焼けるようだ。


 だが、ここで離れたら終わる。


「イリス」


 俺は名前を呼んだ。


「君の魔力は、敵じゃない」


「違います。これは、私を壊すものです」


「違う。流れを失って暴れているだけだ」


「どうして、そんなこと」


「俺も似たようなものを持っている」


 イリスが涙の浮いた目で俺を見る。


「複数の職能が同時に動く。時々、自分でも制御しきれない。でも、それで誰かを助けられることもある」


「私は助けられない」


「今、俺たちを助けている」


「え」


「君が陣を読まなければ、もう爆発していた」


 イリスの呼吸が、ほんの少し変わった。


 俺は手を差し出す。


「触れなくていい。見るだけでいい。今、どこへ流せばいい」


 イリスの瞳が揺れる。


 恐怖。

 疑い。

 それでも、魔法陣を見る。


「第三環を、半拍だけ開いて」


「心臓に近い流れじゃなかったか」


「だから半拍だけです。そこから第二環へ逃がして、排水溝へ。私が合わせます」


「できるか」


 イリスは震えながら言った。


「理論上は」


「十分だ」


「十分ではありません!」


「じゃあ、俺たちで十分にする」


 イリスは泣きそうな顔で、少しだけ笑ったように見えた。


 俺は第三環へ指を伸ばす。


 魔力が皮膚を焼く。


 痛い。


 だが、まだ動く。


 《魔導師》で流れを読み、《治癒師》で自分の指先を保たせ、《錬金術師》で魔力の質を分ける。


「今!」


 イリスが叫んだ。


 俺は第三環を半拍だけ開いた。


 紫の光が跳ねる。


 一瞬、暴走が収まった。


 次の瞬間、貯水室の奥の壁が鳴った。


 低い音。

 腹の底に響く音。


 イリスの顔が青ざめる。


「違う」


「何が」


「この施設、下にもう一つ陣があります」


 床の下から、赤黒い光が滲み出した。


 俺はその術式を見て、息を止めた。


 奴隷首輪の文字に似ている。

 セリアの所有者認証にも。

 ミュールの爪印にも。


 魔塔の暴走実験だけではない。


 もっと古い刻印が、地下で目を覚まそうとしている。


 イリスが震える声で言った。


「これ、私を封じていたんじゃありません」


 床が割れた。


 赤黒い光が、俺たち全員を照らす。


「私を使って、何かを起こそうとしていたんです」


イリスを封じていたものは、彼女を守るためだけの拘束ではありませんでした。

セリアの所有者認証、ミュールの爪印、イリスの拘束具が、少しずつ一本の線につながっていきます。

次回、地下施設そのものが崩れ始めます。

少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ