表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/145

第020話 戦友

セリア救出編の区切りとなる回です。

レオンとセリアの関係が、買い主と奴隷ではなく、戦友として形になります。

 翌朝、セリアは自分の足でギルドへ向かった。


 昨日の解呪で体力は削れている。

 完全に回復したわけではない。

 首元にはまだ薄い黒い蔦の跡が残っている。


 それでも、歩き方が違った。


 背筋は同じように伸びている。

 だが、檻の中で自分を保つための硬さではない。

 前へ進むための姿勢だった。


 首輪は完全には外れていない。

 黒鉄の輪は亀裂を残したまま、細い聖銀の緩衝輪で固定されている。

 だが、奴隷契約の文字は焼き切れている。


 所有。

 服従。

 罰。


 それらはもう読めない。


 ギルドの受付で、マルタが書類を用意していた。


「セリア・アルトレインさん」


 その呼び方に、セリアの瞳が少しだけ揺れた。


「はい」


「昨日の解呪処理と、奴隷契約文字の消失を確認しました。ラグノール冒険者ギルドでは、あなたを奴隷身分の同行者ではなく、自由身分の仮登録冒険者として扱います」


 周囲がざわめいた。


 首輪付きの元聖騎士。

 呪い付きの罪人奴隷。

 そう見ていた者たちの視線が変わる。


 もちろん、すべてが好意ではない。

 疑いもある。

 好奇もある。


 だが、値踏みする視線ではなくなった。


「異議はありますか」


 マルタが確認する。


 セリアは少しだけ息を吸った。


「ない」


「では仮登録証を」


 銅色の小さな証が差し出される。


 セリアはそれを受け取った。

 奴隷番号ではない。

 自分の名前が刻まれた証。


 彼女はしばらく、それを見つめていた。


 周囲の冒険者たちは、最初こそざわついていた。

 だが、マルタが一度だけ受付台を指で叩くと、騒ぎは少しずつ収まった。


「ギルド内での身分侮辱、奴隷契約の強要、所有権を騙る発言は禁止です」


 マルタの声は淡々としていた。


「違反者は罰金。悪質な場合は依頼停止。質問は?」


 誰も手を上げなかった。


 彼女は眼鏡の奥から全員を見回し、最後にセリアへ視線を戻す。


「あなたが自由身分として扱われる以上、あなた自身にも責任が発生します。依頼失敗時の負債、装備破損の弁償、ギルド規約違反の罰則。すべて本人名義です」


「望むところだ」


 セリアは即答した。


 マルタの口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「では、ようこそ。ラグノール冒険者ギルドへ」


「正式登録には、戦闘適性と依頼実績の確認が必要です」


「承知した」


「なお、昨日までの同行責任者はレオンさんでしたが、今後は対等なパーティ登録に切り替えられます」


 マルタがこちらを見る。


「どうしますか」


 俺はセリアを見た。


「君が決めてくれ」


 セリアは少しだけ眉を寄せた。


「私が?」


「そうだ」


「貴殿が買い戻したのだろう」


「だからこそ、俺が決める話じゃない」


 周囲の冒険者たちが聞き耳を立てている。


 セリアはしばらく黙った。


 そして、静かに言った。


「パーティ登録を望む」


 俺は頷く。


「俺もだ」


 マルタは書類に羽根ペンを走らせた。


「パーティ名は」


 そこまでは考えていなかった。


 俺とセリアは顔を見合わせる。


「名前がいるのか」


「必要です。空欄では管理できません」


 マルタらしい理由だった。


「では、仮でいい」


 セリアが言う。


「解放者、という名は大きすぎる。今の私たちにはまだ早い」


「じゃあ」


 俺は少し考えた。


「灰羽」


「灰羽?」


「燃えた後でも、羽ならまた飛べるかもしれない」


 口にしてから、少し恥ずかしくなった。


 セリアは俺を見た。


「悪くない」


「本当に?」


「少なくとも、雑用係よりはよい」


「それは比較対象が低すぎる」


 マルタが淡々と書く。


「仮パーティ《灰羽》。構成員、レオン・グランヴィル、セリア・アルトレイン」


 その瞬間、何かが一つ形になった気がした。


 まだ二人だけ。

 資金もない。

 拠点もない。

 セリアの呪印も残っている。

 王都の刺客もいる。


 それでも、これは俺たちの名前だ。


 手続きを終えた後、俺たちはギルド裏の訓練場へ向かった。


 セリアが望んだからだ。


 その前に、彼女はギルドの掲示板を一度だけ見た。


 昨日までそこにあった「同行者」の欄は消えている。

 代わりに、仮登録冒険者として小さく名前が書かれていた。


 セリア・アルトレイン。


 罪人奴隷でも、商品番号でもない。

 ただの名前。


 彼女は指先でその文字に触れようとして、途中で手を止めた。


「触らないのか」


「消えそうでな」


「消えない」


「そうか」


 彼女は手を下ろした。


「なら、見るだけでいい」


「昨日の解呪後に訓練は早い」


 俺は言った。


「全力ではやらない。確認だけだ」


「その確認が怪しい」


「マルタにも同じことを言われた」


「なら私も信用がないのだな」


「自覚があるなら助かる」


 訓練場には、古い木人が並んでいる。

 セリアは盾を構えた。

 昨日までより自然だ。


 彼女はゆっくり踏み込み、剣を振る。


 速くはない。

 重くもない。

 だが、剣筋がぶれない。


 二度目。

 三度目。


 首元の呪印は反応する。

 しかし昨日ほど強くない。

 黒い蔦は薄く浮かぶだけで、彼女の膝を折るほどではなかった。


「どうだ」


 俺が尋ねる。


「軽い」


「体が?」


「首が」


 セリアは剣を下ろした。


「完全ではない。だが、誰かに後ろから鎖を引かれている感覚が薄い」


 それは大きい。


「無理はするな」


「しない」


「本当に?」


「努力する」


「信用できない」


 セリアは少しだけ笑った。


 今度ははっきりとわかった。


 笑った。


 ほんの短いものだったが、それだけで訓練場の空気が変わった気がした。


「レオン」


「何だ」


「私は、貴殿に礼を言うべきなのだろうな」


「礼なら昨日聞いた」


「言っていない」


「顔に書いてあった」


「勝手に読むな」


 彼女は剣を鞘に戻した。


「ありがとう」


 まっすぐな言葉だった。


 俺は返事に少し困った。


「どういたしまして、でいいのか」


「知らん。私も礼を言い慣れていない」


「じゃあ、受け取っておく」


「そうしてくれ」


 その時、訓練場の入口から声がした。


「レオンさん、セリアさん」


 マルタだった。

 いつもより表情が硬い。


「奴隷市場に、新しい危険商品が入ったそうです」


 嫌な言い方だった。


「危険商品?」


「獣人の暗殺者。銀灰色の髪と耳。首輪付きですが、買い主候補を三人負傷させたと」


 セリアの表情が引き締まる。


「暗殺者か」


 俺は昨日の金属札を思い出した。

 王都からの刺客。

 首輪に干渉する術式。

 奴隷商会。


 偶然と考えるには、タイミングが悪すぎる。


「見に行くのか」


 セリアが問う。


「まだ買うとは言っていない」


「そうか」


「ただ、見る」


 セリアは盾を腕に通し直した。


「なら、私も行く」


「休むんじゃなかったのか」


「確認だけだ」


「それは信用できない言葉だ」


 彼女は少しだけ口元を上げた。


「お互い様だ、戦友」


 戦友。


 その言葉が、胸の中に静かに落ちた。


 買い主でも主人でもない。

 奴隷でも所有物でもない。


 俺たちはまだ弱い。

 まだ何も知らない。

 それでも、並んで歩く名前を得た。


 《灰羽》。


 仮の名前だ。

 きっと後で変えるかもしれない。

 もっと仲間が増えれば、別の名が必要になるかもしれない。


 だが今は、この名前でいい。


 燃えた後に残る灰。

 それでも飛ぼうとする羽。


 追放された俺と、奴隷契約を焼き切ったセリアには、少しだけ似合っている気がした。


 セリアは訓練場の出口で一度だけ振り返る。


「レオン」


「何だ」


「私は、まだ完全に自由ではないのだな」


「奥の認証が残っている」


「なら、完全に自由になるまで付き合え」


「命令か」


 彼女は少し考えた。


「依頼だ」


「報酬は」


「私の背中を預ける」


 十分すぎる報酬だった。


「受けた」


 そう答えると、セリアは満足そうに頷いた。


 俺は背嚢を手に取る。


「行こう」


 セリアが頷く。


 ギルドを出ると、昼のラグノールはいつも通り騒がしかった。

 鉱山通りからは槌音。

 市場からは値切りの声。

 奴隷市場の方角からは、耳障りな呼び込みの声。


 セリアの足が一瞬だけ止まった。


 無理もない。

 昨日まで、彼女はあちら側にいた。

 檻の中にいて、値札をつけられ、買い主候補に眺められていた。


 そこへ自分の足で戻る。


 しかも今度は、誰かを見に行くために。


「無理なら、俺だけで行く」


 俺が言うと、セリアは首を振った。


「無理ではない」


「本当に?」


「怖くないとは言っていない」


 正直な言葉だった。


 彼女は首元の亀裂入りの首輪に触れる。


「だが、私が檻の外に出られたのなら、他にも出られる者がいるかもしれない」


「暗殺者でも?」


「危険なら、なおさら見極める必要がある」


「騎士らしいな」


「今は冒険者だ」


 セリアはそう言って、一歩を踏み出した。


 奴隷市場へ向かう道は、昨日より短く感じた。

 俺一人で歩いた時とは違う。

 隣にセリアがいる。


 首輪の亀裂を隠さず、盾を持ち、仮登録証を懐に入れている。


 檻から出た者が、次の檻へ向かう。


 それは復讐ではない。

 同情だけでもない。


 たぶん、確認だ。

 自分たちが始めたことを、もう見なかったことにはしないという確認。


 そして俺たちは、再び奴隷市場へ向かった。


 檻の中で待つ銀灰色の少女が、やがて俺たちの旅をさらに厄介にすることを、この時の俺はまだ知らない。


セリアは自分の意志でレオンの隣に立つことを選びました。

そして二人は、次の檻へ向かいます。

次回から、銀灰色の獣人斥候ミュールの章が始まります。

少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ