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第018話 聖騎士復帰戦

解呪前のセリアが、自分の意志で誰かを守る護衛依頼に挑みます。

完全復活ではなく、それでも一歩を踏み出す回です。

 翌日、ギルドに護衛依頼が出た。


 依頼主はラグノール近郊の礼拝堂へ向かう薬師。

 荷物は浄化塩、包帯、安い治癒薬。

 道中に出る魔物は低級が中心。

 報酬は高くない。


 だが、俺たちにはちょうどよかった。


 解呪本番の前に、セリアが新しい盾と今の体でどこまで動けるか確かめる必要がある。

 素材の買い足しにも金がいる。

 そして何より、彼女自身が剣を取ることから逃げないと決めたばかりだった。


「試験のようだな」


 ギルドの前で、セリアが言った。


「試験ではない。護衛依頼だ」


「だが、私がどこまで動けるかを見るのだろう」


「それはそうだ」


「なら試験だ」


 否定しきれなかった。


 マルタは依頼票を処理しながら、俺たちをじっと見ていた。


「無茶をするための依頼ではありません」


「わかっています」


「レオンさんの『わかっています』は、最近あまり信用がありません」


「ひどい」


「実績です」


 返す言葉がない。


 マルタはセリアへ視線を移した。


「セリアさんも、異変があれば即時撤退してください」


「承知した」


「本当に?」


「……努力する」


「正直でよろしい」


 どこかで聞いたような言い回しだった。

 セリアがちらりと俺を見る。

 俺は知らないふりをした。


 依頼主の薬師は、痩せた中年の男だった。

 名前はトマ。

 臆病そうだが、荷物の扱いは丁寧だ。


「護衛が二人で大丈夫ですかね」


 トマは不安そうに言った。


「森の手前を通るだけだと聞いています」


 俺が答える。


「ええ、ええ。ただ、最近は物騒で。王都のほうから妙な連中が来ているとか」


「妙な連中?」


「黒い外套の旅人です。冒険者には見えないのに、武器を隠している」


 俺とセリアは目を合わせた。


 王都。

 黒い外套。


 ただの噂で済ませるには、少し嫌な組み合わせだ。


 出発してしばらくは何もなかった。


 セリアは薬師の少し前を歩き、俺は後方と荷物を見る。

 彼女の足取りは昨日より安定している。

 盾も体に馴染み始めているようだった。


 ただし、首元の呪印は完全に静かではない。

 外套の下で、ときどき微かに黒く浮く。


「痛むか」


 小声で尋ねる。


「少し」


「かなり?」


「今日は本当に少しだ」


「信用していいか」


「努力している」


 それは信用していいのだろうか。


 俺は苦笑しながら、道の端を見る。


 足跡がある。


 三人。

 いや、四人。

 軽い足取り。

 街道を歩く商人ではない。

 靴底に王都式の鋲。


 前方の木立が不自然に静かだった。


「止まれ」


 俺が言うと、セリアは即座に盾を上げた。


 薬師のトマが慌てる。


「な、何ですか」


「伏せてください」


 俺が言い終える前に、矢が飛んだ。


 セリアの盾がそれを弾く。

 乾いた音。


 続けて二本。

 一本は俺の足元。

 もう一本は薬師の荷車へ。


 狙いは殺害ではない。

 足止めか、荷物破壊。


「魔物ではないな」


 セリアの声が低くなる。


 木立の奥から黒い外套の男たちが現れた。

 顔は布で隠している。

 武器は短剣と小弓。

 動きが冒険者ではない。


 訓練されている。


「荷物を置いて去れ」


 先頭の男が言った。


「薬師に恨みでも?」


 俺が返すと、男の視線がセリアへ向いた。


「そちらの女に用がある」


 やはり。


 セリアの顔から表情が消える。


「王都の者か」


「元副長は勘がいい」


 男は短剣を抜いた。


「王都に戻るな。生きているだけで迷惑な女だ」


 空気が冷えた。


 セリアの指が剣の柄へ伸びる。

 俺はその前に言った。


「乗るな」


「わかっている」


 声は静かだった。

 本当にわかっている声だ。


「トマさん、荷車の後ろへ。動かないで」


「は、はい」


 俺は地面へ小袋を落とす。

 中身は苦灰草の粉と細かい砂。

 足元に撒いておけば、踏み込んだ時に滑る。


 相手は四人。

 弓が一人。

 短剣が二人。

 後方に指揮役が一人。


 こちらは俺とセリア。

 薬師は戦力外。


 正面から斬り合うな。

 相手はセリアの呪印を刺激するつもりかもしれない。


「セリア、守る対象は薬師。敵を倒すより近づけさせない」


「承知」


 黒外套の一人が踏み込む。


 速い。


 だが、セリアの盾はもっと早かった。

 短剣を受け止めず、銀縁で逸らす。

 相手の手首が流れ、体勢が崩れる。


 セリアは斬らない。

 剣の柄で相手の肋骨を打った。

 男が息を詰まらせる。


 殺さず止めた。


 次の男が横から回る。

 俺は地面の粉袋を踏ませる位置へ誘導し、短剣を投げるふりをした。

 男が避ける。

 その足が滑る。


「今」


 セリアが盾で押し込む。

 男は転がり、荷車から離れた。


 弓兵が矢をつがえる。


 俺は荷車の陰から煙玉を投げた。

 白い煙が広がる。

 矢は逸れ、木に刺さる。


 指揮役の男が舌打ちした。


「首輪を使え」


 その言葉に、俺の背筋が冷えた。


 黒外套の一人が、懐から小さな金属札を取り出す。

 奴隷商の札ではない。

 もっと薄く、灰色の文字が刻まれている。


 セリアの首元が黒く光った。


「っ……!」


 彼女の膝が揺れる。


 所有者認証。

 昨日見た文字。


 こいつらは、セリアの首輪に干渉する手段を持っている。


「セリア!」


 命令はしない。

 昨日、そう決めた。


 だから俺は名前を呼ぶ。


「セリア、薬師を見ろ!」


 彼女の青い瞳が揺れる。


 トマは荷車の後ろで震えている。

 矢が刺さった薬箱から、包帯がこぼれている。


「君は今、何を守る?」


 セリアの呼吸が変わった。


 黒い蔦が脈打つ。

 だが、彼女の足は止まらない。


「薬師と荷を守る」


 声が戻った。


「私の意志で」


 セリアは踏み込んだ。


 今度は剣を抜く。

 だが、怒り任せではない。

 短く、正確に、金属札を持つ男の手だけを斬った。


 札が落ちる。


 俺はそれを踏み砕こうとして、やめた。

 証拠になる。


 代わりに布で包み、背嚢へ放り込む。


 指揮役が後退する。


「撤退」


「逃がすか」


 セリアが追いかけようとする。


「深追いするな!」


 俺が叫ぶと、彼女は一歩で止まった。


 黒外套たちは森へ散る。

 二人は倒れ、二人は逃げた。


 俺は息を吐き、周囲を確認する。

 薬師は無事。

 荷物は一部破損。

 セリアは立っている。


 立っているが、首元の呪印は黒い。


「戻るぞ」


「依頼は」


「礼拝堂は近い。送り届ける。でもその後すぐ戻る」


 セリアは頷いた。


 彼女の手は震えていた。

 それでも剣は鞘に戻っている。


 トマは震えながら何度も礼を言った。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 セリアは短く答える。


「礼は不要だ。依頼を受けた」


 その声は、少しだけ昔の聖騎士に近かった。


 礼拝堂へ荷を届けた後、俺たちはすぐラグノールへ戻った。


 途中、セリアがぽつりと言う。


「レオン」


「何だ」


「さっき、私は命令で止まったのではないな」


「ああ」


「貴殿が名前を呼んだ」


「約束したからな」


 セリアは前を向いたまま、ほんの少しだけ頷いた。


「なら、約束はまだ有効だ」


「当然だ」


 その時、森の奥で逃げた男の声がかすかに聞こえた気がした。


 王都に戻るな。

 元副長。


 警告ではない。

 脅しだ。


 そして、セリアの冤罪を知る者がまだ王都にいるという証拠でもある。


 俺は背嚢の中の金属札を意識した。


 これをガレスとマルタに見せる。

 そして解呪を急ぐ。


 セリアが騎士として戻り始めた以上、彼女を縛る連中も黙ってはいない。


 ラグノールの門が見えた頃、セリアの歩みが少し遅くなった。


「休むか」


「必要ない」


「その言葉は信用しない」


「今日は本当に必要ない」


 彼女はそう言ったが、左手は首元の外套を押さえていた。


 呪印は動いている。

 だが、昨日ほど深く食い込んではいない。

 金属札を落とした後、彼女が自分の意志で立ち直ったからかもしれない。


「さっき、怖かったか」


 俺が尋ねると、セリアは少しだけ沈黙した。


「怖かった」


 正直な答えだった。


「首輪が反応した瞬間、体が命令を待とうとした。どう動けば罰を避けられるかを、先に考えた」


「でも止まった」


「貴殿が薬師を見ろと言った」


「命令じゃない」


「わかっている。あれは命令ではなく、場所を示したのだろう」


 セリアは前を見たまま続けた。


「私はあの瞬間、自分が誰を守るために立っているのか思い出した。そうしたら、首輪より先に足が動いた」


 彼女の声には、まだ震えが残っている。

 だが、そこには小さな確信もあった。


「レオン」


「何だ」


「私は、まだ騎士でいられるのかもしれない」


 それは大げさな宣言ではなかった。

 呟きに近い。


 だからこそ、俺は軽く扱わないようにした。


「今日の依頼主は守れた」


「そうだな」


「荷物も半分以上無事だった」


「半分以上、か」


「全部とは言えない」


 セリアがほんの少しだけ笑った。


「厳しい査定だ」


「マルタさんに鍛えられている」


「なら仕方ない」


 門番に事情を説明し、俺たちはギルドへ向かった。


 マルタは金属札を見るなり、表情を変えた。


「これはギルドの奴隷証ではありません」


「王都式ですか」


「少なくとも辺境では使われていません。教会系の封印札に近いですが、私の権限では断定できません」


 彼女は札を布で包み、鍵付きの箱へ入れる。


「正式な報告書を作ります。ただし、この件は表に出しすぎると相手が動きます」


「もう動いています」


「ええ。だからこそ、こちらも急ぎます」


 マルタはセリアを見た。


「怪我は」


「軽い」


 俺とマルタが同時に眉を寄せた。


 セリアは少しだけ視線を逸らす。


「……あとで見せる」


「よろしい」


 マルタは帳面を閉じた。


「ガレスさんには私から知らせます。解呪の準備を早めたほうがいい」


 俺は頷いた。


 聖騎士復帰戦。

 もし今日の依頼に名前をつけるなら、そうなるのかもしれない。


 完全復活にはほど遠い。

 首輪も呪印も残っている。


 それでもセリアは、命令ではなく、自分の意志で守る対象を選んだ。


 それは、解呪に必要などんな素材よりも大きな一歩だった。



黒い蔦の呪印は砕け、セリアは自分の目で前を見ることができるようになりました。

次回、彼女は奴隷ではなく戦友として、レオンの隣に立ちます。

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