099 蛇の王女、まさかの逆プロポーズ決意!? 一方その頃、電撃進撃部隊は森の肉祭りを開催中
ロジーナが嵐のように部屋から去った後、リリスはツヴェルフの肉球に後ろ髪を引かれつつも、すぐさま華やかな外出着へと着替えた。
「リリス様、そのような格好をされて、一体どちらへ行くつもりですか?」
嫌な予感を察知した爺やが、慌ててその前に立ち塞がる。
「モフモフたちが健気に戦おうとしているのに、私だけがこの部屋でジッとしているわけにはいかないのよ! とりあえず今すぐレン様のところへ行って、詳しい戦況と作戦を聞いて参ります!」
「お待ちください! 貴女には一国の第一王女というお立場があるのですよ!? いくら新興国とはいえ、他国の王に事前連絡もなしに直接面会などできるはずがありません。まずは正式な先触れを出し、レン様のご都合をお聞きするのが筋というもの。そのくらいの国家間の礼儀は、いつもの聡明な王女様なら分かっているはずでしょう!」
爺やの必死の正論に、リリスは「うっ」と言葉を詰まらせ、悔しそうに唇を噛んだ。
「くぅ……そ、それはそうね。本当にモフモフのことになると、私としたことが直情的になってしまうわ……。……つまり、もっとレン様と『親密な関係』にさえなってしまえば、先触れなしでも彼の私室へ自由に動けるし、軍事機密の情報だって合法的に入手できるということよね?」
「は? ええ、まぁ、国賓以上の特別な間柄になれば、あるいは……」
「――これは、……あれね。………そう、結婚の約束をしましょうか! 私がレン様の『婚約者』になるのよ!」
「へ……? だ、誰と誰がですか……っ!?」
あまりの飛び級すぎる発想に、爺やの裏返った声が応接室に響き渡る。
「何をボケているの、勿論私とレン様よ! そうすれば私はいつでもこの国に自由に居座れるし、もっともっと深い情報が入手できるわ!」
「せ、世界を揺るがす大国の政略結婚を、情報収集だけのために決めるのですか!?」
「それだけって何よ! モフモフたちの尊厳と安全を守るためには、これ以上ないほど必要なことなのよ! 私はアレス王国の身内――すなわち『モフモフの国の人間』になるの! そうすれば、もっともっと合法的にあの子たちと四六時中ベタベタ仲良く出来るわ!」
「何を言い出すのですかこのお方はーーーっ!」
「ふふふ、我ながらなんて素晴らしい思い付きかしら! こうしちゃいられないわ。ツヴェルフ様と一瞬でも離れるのは断腸の思い(身が引き裂かれる苦しみ)ですけれど、直ちにミノス王国へ一時帰国しましょう! 近隣国が戦争中であれば、公式の使節団が引き揚げる理由としても完璧だわ。急いで国へ戻って父様を説得し、アレス王国へ正式な婚約を申し入れさせますわよ!」
「王女様ぁ……」
完全に常軌を逸した「もふもふ愛(狂気)」によって爆誕した逆プロポーズ計画に、爺やはもはや突っ込む気力すら失い、唖然と立ち尽くすしかなかった。
「わん?(なんか知らんけど、あの女の人、急に一人でめちゃくちゃ張り切ってるワン……)」
リリスから解放されたツヴェルフは、何事かと思いながらも、先ほどまでのブラッシングが最高に気持ちよかったため、大きな泥棒髭のような口元を緩め、そのまま床でウトウトと二度寝を始めるのだった。
一方その頃、電撃進撃部隊は――
そんな国際的な大問題(ポンコツ王女の婚姻計画)が水面下で動き出しているとは露知らず、レンたちは王都から遠く離れた場所で、ヒダ王国への隠密進撃の準備を整えていた。
「いいか、今回は電光石火の王都進撃だ。敵の警戒網に引っかからないよう、少数精鋭で素早く行くぞ」
集まったのはレンを筆頭に、フェルダー、エリー、ダリア、ゲイルの元『朝焼けの光』の4人、そして元Aランク冒険者のロジーナという、大陸トップクラスの人間戦力。
そしてコボルト側からは、レンの絶対護衛であるワイマラナーのアハトと、ボルゾイのノインの2匹のみ。
人間たちは俊敏な「騎竜」に跨り、身体能力の極めて高い2匹のコボルトはそれに平然と並走する。ヒダ王国の警戒網を完全に避けるため、街道は一切利用せず、人が絶対に立ち入らない広大な草原や深い森、険しい山道を進むルートを選んでいた。
「……流石に、この先の密林に騎竜で突っ込むのはちょっと無理があったか?」
草原を駆け抜け、いよいよ鬱蒼とした原生林の手前に差し掛かったところで、レンが騎竜の手綱を引いて立ち止まる。
「森の中ねぇ〜。まぁ、普通の木々の隙間をこの巨体で進むのは無理だから、魔物たちが日常的に通っている『魔物道』をハッキングして進む必要があるわね」
元この地域の冒険者であるロジーナが、慣れた様子で先頭を走って進路を見極めていた。
「なるほど、フォレストボア(巨大猪)みたいなデカい魔物がゴリ押しで通る道なら、踏み固められているし騎竜でも問題なく進めるな」
レンは騎竜の上から、影の濃い森の奥を鋭く眺める。
「こっちよ、みんなついてきて! 一応、野生の魔物が出るから警戒は怠らないでね」
ロジーナの的確な案内で、レンたちは薄暗い森の奥へと一列になって入っていく。
「ガフガフ!(魔物の迎撃なら任せろワン!)」
「ワォン(今のところ、周囲に不審な魔者の匂いはしないワン)」
アハトとノインの2匹も、ロジーナの騎竜と並走しながら、優れた嗅覚と聴覚をフル稼働させて先頭を突き進む。
――それからしばらく森を走り続けた、その時だった。
「ワォン!(前方に魔物の強い匂いだワン!)」
「ガフガフ!(美味そうな『肉』が、向こうからわざわざ歩いて来るワン!)」
「ははは! お前たち、肉って……」
アハトのあまりにもストレートな野生の感想に、レンは思わず吹き出す。
「ワォン(間違いないワン、巨大な猪の魔物だワン)」
「ガフガフ(あの肉、火でじっくり焼くと脂が乗ってて最高に旨いんだワン!)」
一般の民や並の旅人であれば、遭遇しただけで命の危機を感じて震え上がるはずの凶暴な森の魔物たち。
しかし、練度を極めたアレス王国のコボルト騎士たちにとっては、ただの「向こうから歩いてくる新鮮な食材」に過ぎないようだった。
「みんな、前方に猪の魔物――フォレストボアだ。コボルトたち曰く『焼くとめちゃくちゃ旨い』らしいよ」
レンがコボルトたちの言葉を極めて自然に通訳した瞬間、後方にいたエリーが無言のまま、騎竜の上で流れるような動作で狩猟用の強弓を構えた。その瞳は完全にハンターのそれである。
「あら、丸焼きが良いかしら? それとも、じっくり燻製にする?」
ダリアも楽しげに微笑みながら、騎竜の上で魔力が出力され始めた杖を構える。
「あはは、あの子たちのこれからの食料も現地でしっかり確保しないとね!」
ロジーナも愛馬(騎竜)の頭を優しく撫でながら、腰の剣をすらりと抜いた。
「……こりゃ、俺たちの出番はなさそうだな」
女性陣のあまりの好戦的な素早さに苦笑いしつつ、万が一の奇襲に備えて大剣の柄に手をかけるフェルダー。
「うむ(異議なし)」
ゲイルはただ無言のまま、腕を組んで前方を見つめ、静かに肉の到来を待っていた。
敵国であるヒダ王国への奇襲行軍は、最強の人間たちと、食欲旺盛なコボルトたちの手によって、早くも緊張感ゼロの「森のジビエ肉祭り」へと変貌しようとしていた。




