098 王都急転! 開戦の狼煙と、もふもふの守り人(ロジーナ)が突きつける「鉄の掟」
「――エマ王国からの密書は、やっぱりヒダ王国挟撃の申し入れだったな」
「へぇ。それで、アレス王国はあっちと同盟か何かを結ぶの?」
翌日も国王執務室では、レンとヘレナが大陸の地図を前に、ヒダ王国との戦争に向けた最終的な軍議を行っていた。
「いや、エマ王国だって、ヒダを滅ぼした後の次の標的は俺たちなんだろうな。ただ、今は同時にヒダ王国を叩きたいらしい。あちらも準備はできているから、まずは俺たちに先に行動を起こして(戦端を開いて)欲しいそうだ。何とも虫のいい話だよ」
「あはは! あんたが先に攻め込んだら、後ろからごっそり美味しいところを奪ってやるってこと? 本当にいいとこ取りじゃない」
「まあ、そうだね」
「だけど、ヒダ王国側からすれば、北のエマを警戒しなきゃいけない分、こっちの迎撃に全力を注げない。こちらにとっては間違いなく大チャンスだわね」
「そうなんだよなぁ。よし、まずはロバート将軍に出撃させて、ヒダ王国へ大々的に侵攻させよう」
「今回は、コボルトたちは最初からは出撃しないのね?」
人間の常備兵を束ねるロバート将軍の部隊が動くということは、今回の先陣は人間主体の軍勢になる。
「ああ、南からロバートたちの本隊。北からエマ王国が攻めれば、ヒダ王国の防衛兵力は必ず北と南に分断される。そこへ、中央へ機動力の高いコボルトの精鋭部隊を突入させて、一気に王都を電撃制圧する作戦だ」
「なるほどね。……でもそれって、留守になったこのアレス王国に『誰も攻め込んでこない』っていう前提でしょ? 本当に大丈夫?」
「流石ヘレナ、鋭いね。だからコボルト全軍は出撃させない。もし万が一、南のミノス王国がこの隙に不穏な動きを見せたら、王都の防衛はヘレナ、君のネズミたちに任せるよ」
「はいよ。まぁ、ミノス王国が連れてくる軍勢の数によっては、レンたちに途中で戻ってきてもらうわよ?」
「ああ。その時は、鳥でも飛ばして緊急連絡をしてくれ」
「鳥ってねぇ……。ちゃんと『ヤタ』っていう立派な名前があるんですけど!」
「カーカー!(そうだカー! 呼び捨てにするなカー!)」
ヘレナの肩のあたりで、真っ黒な八咫烏のヤタが不満そうに羽を広げて鳴いた。
「え? 鳥の眷属って、もしかしてヤタしかいないの?」
「ふっ……どうかしらね? 私の眷属のすべてを、あんたは知りたいのかしら?」
「いや、いい……(なんか怖いから聞くのやめよう)」
ヘレナの底知れないテイマー能力に、レンはそれ以上突っ込むのをやめて書類にサインを走らせた。
ブラッシングの対価
一方その頃、王城の一角にある豪華な客間では――。
「……何事かしら? なんだか、さっきから城内がやけに慌ただしいわね」
ミノス王国の王女リリスは、床に気持ちよさそうに横たわっている超大型コボルト・ツヴェルフの極上毛並みに、一心不乱にブラシをかけていた。
毎日最高級の美味い肉を貢ぎ続け、ようやく今日、念願の「ブラッシングの許可」をツヴェルフ本人から勝ち取ったのだ。
「わんわん(うむ、そこそこ気持ち良いワン……)」
ツヴェルフは大きなフサフサの尻尾を床にトントンと軽く振っている。
これこそ、昨日応接室で手を握り合った「同志ロジーナ」から授かった、『大型コボルトは胃袋を掴んでから、絶対に嫌がらない力加減で毛並みを整えるべし』という至高のアドバイスに従った成果だった。
「リリス様、ちょっと外の様子を聞いてまいります」
お目付役の爺やが部屋を出ていき、少し経ってから、爺やと共にある人物が部屋に入ってきた。
「ああ! 同志ロジーナ! 城内が何だか騒がしいみたいだけど、一体何かあったのかしら?」
リリスがブラシを握ったまま顔を上げる。
「同志リリス。――いよいよ、ヒダ王国と戦争することになったわ」
ロジーナはいつもの気だるげな雰囲気を消し、どこか引き締まった冒険者の顔をしていた。
「私はこれから、陛下と共に出陣する。しばらくは王都に戻らないから、そのつもりでいて頂戴」
「ええっ!? 戦争……っ!? わ、私も付いていくわ!」
リリスはブラシを放り出し、ガタッと勢いよく立ち上がった。
「わんわん?(え、もうブラッシング終わりかワン?)」
途中で止められたツヴェルフが、怪訝そうに大きな顔を上げた。
「リリス様! 何という無茶を! 他国の戦争に我が国の王女が首を突っ込むなど、絶対に許されません!」
爺やが必死になってリリスの服を引っ張るが、一度もふもふへの執念が燃え上がった王女の意思は固い。
「うるさいわ爺や! レン様に直接談判しにいくわ! 戦場に行くコボルトちゃんたちの防衛に、我がミノス王国の精鋭を盾として使ってくださいって!」
「いやぁ、悪いけどそれは無理だと思うわよ、同志。少なくとも、貴女が私たちと一緒に行動することは絶対にできないわ」
ロジーナが冷ややかに遮る。
「同志ロジーナ! どうしてなの!? 私たち、昨日固い絆を結んだばかりじゃない!」
「同志リリス。いくら貴女が『もふもふの同士』だとしても、国の最高軍事機密を他国の王族に垂れ流すわけにはいかないのよ」
「同士なのに……! 何故そこまで頑ななの!?」
「――そんなの、万が一陛下にバレて『国外追放』になっちゃったら、私がこの城の愛しのメイドコボルトちゃんたちと永遠に離れ離れになっちゃうからに決まってるじゃない!」
ロジーナは真顔で、とんでもなく不純で絶対的な理由を言い放った。
「私もそこまで馬鹿じゃないのよ。モフモフを末長く愛でるためなら、私は同志にだって冷徹に秘密を守る。……それが『モフモフの守り人』としての鉄の掟よ!」
「くぅぅぅ……っ!! モ、モフモフの尊厳を守るためと言われると……同じ同士として、これ以上無理強いはできないわね……!」
リリスはロジーナの「モフモフファースト」な歪んだ正論に完全に圧倒され、悔しそうに拳を握りしめて引き下がった。
「わんわん(さっきから同士、同士って、お前ら本当にうるさいワン……)」
ツヴェルフが呆れたように大きなため息をつき、再び床に顎を乗せる。
「ツヴェルフ、私は留守にするけど、そのポンコツ……ゴホン、同志リリスのことは頼んだわよ」
「わんわん(言われなくても、マスターから滞在中の護衛を頼まれているワン)」
ツヴェルフの頼もしい返事を聞き届け、ロジーナは翻るマントと共に颯爽と部屋を出ていった。
それを見送ったリリスは、戦場に向かうコボルトたちの無事を祈りつつも、目の前に残された「セントバーナードの超弩級もふもふ」に再びブラシを構え、寂しさを紛らわせるように愛のブラッシングを再開するのだった。




