097 王女の不穏な噂と、動き出す大陸の情勢! もふもふを愛する結束力強き「移動型国家」
「――ちょっとぉ! あのエロ王女、いつになったら自分の国へ帰るのよ!?」
リリス王女との謁見が終わった日の夜、国王執務室にズカズカと入ってきたヘレナが、不機嫌さを隠そうともせずに声を荒らげた。
「知らないよ。いくらなんでも、こちらから『早く帰れ』とも言えないしね。でも正式な謁見は終わったんだから、国交樹立や通商条約の細かい詰めは配下の文官たちに任せて、本人は先に帰っても良いと思うんだけどなぁ……」
レンはデスクの書類から顔を上げ、ヘレナの剣幕に苦笑いしながら返答する。
「本当に油断しないでよ? あの女、確かにとんでもなく綺麗な顔をしてるけど……実は『出戻り』なのよ」
「出戻り?」
「そう。今のミノス王国って、元々は別の王家があったの。今の国王がまだ一侯爵だった頃、当時の国王に嫁入りしたのがリリスよ。その後、当時の国王が謎の急死を遂げて、今の父親が国を乗っ取って新しい王家を興したわ。――一説によると、あの女が前国王を『毒殺』したんじゃないかっていう黒い噂まであるのよ」
「うへぇ……そうなのかぁ」
レンはゾクッと背筋を寒くした。
「この国にこうして自ら乗り込んできたのも、その妖艶な身体を武器にしてレンを篭絡し、今度はアレス王国を内側から乗っ取るつもりかもよ? 気を付けてよね」
「うーん……。昼間のあの、肉球に目を輝かせてたポンコツぶりを見てると、とてもそんな恐ろしいふうには見えないけど……女の人は怖いね。まさに『傾国の美女』ってやつか」
「……ポンコツねぇ。確かに、事前にネズミたちから聞いていた情報とのギャップがあり過ぎるのよね。もっと妖艶で、腹の黒い、深謀遠慮な大人の女だと思ってたのに……。実際に見たら、ただの深刻なポンコツもふもふマニアだわ、あの女」
ヘレナも思い出しながら呆れたようにため息をつく。
「まあ、彼女自身のポンコツっぷりはどうでも良いとして……ヒダ王国に攻め込もうとしていた絶好のタイミングで大国の王女が来ちゃったから、出撃の時期を少し逸したのは確かだね」
「あ、その件なんだけど、ヒダ王国の真北に位置する『エマ王国』から、こっちに向かって密書が飛ばされているわよ。もう時期、正式な使者がこの王城にも届くと思うわ」
テイマーであるヘレナは、大陸中に放ったネズミの眷属たちを使い、常に他国の軍事動向や最高機密をリアルタイムで監視している。彼女の情報網は、一国の諜報機関を遥かに凌駕していた。
「ほう。エマ王国から密書、か。……共同でヒダ王国を挟撃しよう、という内容かな?」
「恐らく間違いないでしょうね。ヒダ王国は、今までは背後にいたコジマ公爵(我が国が倒した前領主)のお陰で、後ろを気にせずエマ王国と戦争できていたのよ。それが突如、背後に正体不明の強大なアレス王国が現れたんだもの。エマ王国からすれば、これは千載一遇のチャンス。長年の憎き仇敵であるヒダ王国を、一網打尽に打倒するのは『今しかない』と考えているはずよ」
「なるほどね。僕たちアレス王国単体の戦力だけでもヒダ王国を滅ぼすことは容易だけど、今後戦うことになるかもしれないエマ王国の戦力も、今のうちにヒダ戦で適度に消費しておいて欲しいからね。エマの誘いに乗って、共闘の形を取るのも十分に手だな」
「そうね。それに、エマ王国がどんな戦い方をするのか、その戦力や練度を間近で観察できるまたとない機会でもあるわ」
「よし。エマ国からの密書が正式に届いて中身を確認してから最終決定するとしても、いつでも動けるように戦争の準備だけは進めておこう」
ヘレナもいつの間にか、レンの「大陸制覇」という野望にすっかり毒され、ごく自然に戦争肯定派の思考になっていた。――恋は盲目、とはよく言ったものである。
一国に留まらぬ、最強の絆
その後、レンは即座にロバート将軍を呼び出し、ヒダ王国への出撃準備を下令した。
アレス王国の兵たちは、他国のような「いざという時に農村や街から急遽かき集める徴兵」でもなければ、金で動く不安定な「傭兵」でもない。常に最高の訓練を施され、衣食住を国から完全に保障された、規律正しい最強の『常備兵』だ。
そして何より、アレス王国の強みは、その主要幹部たちの「圧倒的な流動性(フットワークの軽さ)」にあった。
元テイマーズギルド・サブマスのヘレナ。
元Bランク冒険者パーティ『朝焼けの光』の4人(フェルダー、エリー、ダリア、ゲイル)。
大工のバーク。
薬師アンナ。
錬金術士のジュリア。
商人のイアンとカミラ。
元Aランク冒険者で解体士のロバート。
彼らが全員、生まれ育った土地や元いた大都市にあっさりと見切りをつけ、レンとコボルトたちを追ってこの王都に平然と付いてきたことが、その証拠だ。
この世界の人々は基本的に「半農半武」であり、一生を生まれ育った土地で過ごす者がほとんどだ。領地が広がっても本拠地は変えないのが普通だが、レンの重臣たちは違う。彼らのホームは、レンとコボルトたちがいる「その場所」なのだ。
元傭兵のカルマンやラバンも同様であり、側仕えであるロジーナ、プリシラ、オリビアにいたっては、可愛いコボルトたちが移動するなら世界の果てまででも喜んでついて行くだろう。
これから世界各地を征服し、一つの場所に留まらずに突き進む予定のレンにとって、この「土地に縛られない最強の仲間たち」は、何よりも心強い武器だった。
(……まぁ、元騎士団長のマディソンや元衛兵隊長のネイサンあたりは、この先の遠征にまで付いてきてくれるかは怪しいところだけど、とりあえず王都までは付いてきてくれたし、その時考えればいいか)
「ガフガフ……(ねぇマスター、そんなことより、俺、お腹が空いたワン……)」
考えに耽るレンの足元から、頼れる護衛であるワイマラナー風のアハトが、大きな体をすり寄せて甘えた声を出す。
「ウォン(アハト、静かにしなワン。陛下はお仕事中だワン)」
隣でボルゾイ風のノインが、ピシッと背筋を伸ばしたまま鋭い声で嗜める。
アハトの可愛い催促に、レンの口元が自然と緩んだ。レンはアハトの短い硬毛の頭を優しく撫で回し、ヘレナに向き直る。
「よしよし。アハトもお腹が減ったみたいだし、今日のところは夕飯にしようか。難しい話の続きは、また明日ね」
「はいよ。じゃ、私はサクッと夕飯を食べて、残っているネズミたちの報告書(残務)を片付けてくるわね」
ヘレナはそう言うと、少しだけ機嫌を直してパタパタと執務室を出ていった。
大国ミノス王国の妖艶な王女の来国、そして北のエマ王国からの不穏な呼び水。周囲の国々がアレス王国の存在に大きく揺れ動く中、レンは愛するモフモフたちと共に、次なる戦いへと確実に歩みを進めていた。




