095 モフモフの誓いと妖艶なる蛇の罠! 王女リリス、まさかのゼロ距離おねだり戦術
「……どうしてこうなった?」
アレス王国の豪華な応接室。国王レンは片手で顔を覆い、深く頭を抱えていた。
事の始まりは、謁見の間でのロジーナのぶっ飛んだ爆弾発言だった。そこからこの応接室に場所を移し、ロジーナがミノス王国の王女リリスにこれまでの経緯を説明、レンとヘレナが最低限の国家情勢として補足を入れた。
……そこまでは良かったのだ。国際政治の場として、まだギリギリ機能していた。
しかし、お茶の給仕として、プリシラとオリビアが、トイプードル風のメイドコボルトと、ポメラニアンのメイドコボルトを伴って部屋に現れた瞬間、パワーバランスは完全に崩壊した。
プリシラは元公爵領大都市の凄腕冒険者だったが、今やコボルトの魅力に骨抜きにされ、ポメラニアンのコボルト(愛称・ポメちゃん)を愛でるために国王の近習として側仕えをしている。
オリビアも同じ大都市の元近衛騎士団副団長という輝かしい経歴を持ちながら、その実態は重度のモフモフフリーク。最近は新入りのトイプードル風コボルトと相思相愛の仲だ。
そこへ、新しく来国したミノス王国のリリス王女が加わった。重症のモフモフフリークたちが一堂に会してしまえば、会話がどこへ向かうかは火を見るより明らかだった。
「「「「――同士よ!!」」」」
リリス、ロジーナ、プリシラ、オリビアの4人は、互いにの手をガシッと固く握り合い、燃え盛るような瞳で固い絆を誓い合っていた。
同席しているレン、ヘレナ、そしてリリスの爺やは、あまりの温度差に開いた口が塞がらず、ただ唖然と見守るしかない。
リリスの護衛騎士たちと、レンの護衛であるワイマラナーのアハト、ボルゾイのノインは、完全に無表情とした顔で事の成り行きを見守っている。
壁際では、使用人の柴犬風コボルトとミニチュアダックスフンド風コボルトが、レンからの命令を待って律儀に「気をつけ」の姿勢で控えていたが、お耳だけはピコピコと楽しそうに動いていた。
そしてトイプードル風、チワワ風、ポメラニアン風の小さなコボルトたちは、お盆を一生懸命に持って、お菓子やお茶の給仕でちょこちょこと忙しそうに立ち働いている。
「――つまり、あの野蛮な冒険者たちは、こんなにも無垢で可愛いコボルトちゃんたちを、ただの『獲物』としていきなり討伐しようとしたのね!?」
リリスが凄まじい真剣な眼差しで事実を確認する。
「そうなのよ! その結果、まだ街にいた頃、いくつかの尊い命が失われてしまったわ……。必死に仲間を守ろうとしたあの子たちのことは、今でも残念で、悔しくて、絶対に忘れない教訓として私の胸に残っているの。だから、それを平然と許容して依頼を出した冒険者ギルドを、私は一生許すつもりはないわ!」
プリシラが腕の中のポメちゃんを優しく撫でながら、何度も同じ話を熱く力説する。
「私もギルドのバカどもに騙されて、アレス王国に暗殺者として送り込まれた身だけど……城に入ってこんな可愛い子たちを見ちゃったら、敵対なんてできるわけないじゃない! だからすぐに改心して、今はモフモフの尊厳を守るためにこの身を捧げているのよ!」
ロジーナの声が興奮で大きくなる。ちょうどお茶のおかわりを運んできたチワワ風コボルトが「ワン?」と一瞬立ち止まったのをこれ幸いと、ロジーナはガシッとその小さな身体を抱きしめて頬擦りを始めた。チワワちゃんは「ちょっと狭いワン……」と言いたげにジタバタしている。
「私たちの共通の敵は、ヒダ王国と冒険者ギルドよ!」
オリビアも力強く拳を握りしめて同意した。
「……ねぇ、ヘレナ。これ、どうする?」
レンは隣のヘレナに小声で助けを求めた。
「放っとけば?」
ヘレナは完全にトーンダウンした目で、もう興味も関心もなさそうに爪をいじっている。
プリシラやロジーナがコボルトを前にして暴走するのは、いつもの日常茶飯事だからだ。
「はぁ……」
レンは深いため息をついた。
(4人とも、大陸屈指の誰もが振り返るような絶世の美女たちなんだけどなぁ。側から見れば最高のハーレム状態に見えるかもしれないけど、これっぽっちもピンク色の雰囲気にならない。僕の周りに女子は増えていくのに、全員の狙いが僕じゃなくてコボルトなんだよね……)
「――ねぇ、レン様? 私からも、一つ特別なお願いがありますの」
突如、リリスがレンの隣へ音もなくにじり寄り、その白くしなやかな両手でレンの手をぎゅっと握りしめてきた。
(ん? このポンコツ蛇王女、今度は何を言い出すんだ?)
「私にも、滞在中の『コボルトのパートナー』を紹介してくださいな」
「パートナー?」
「ええ! だって、ここにいる皆様はみんな、自分だけの可愛い子を特別に愛でているじゃない。ジュリアのツェン様や、アンナのアインス様みたいに……私も、あの極上のモフモフが、寝ても覚めても頭から離れなくて……!」
リリスは熱い吐息を漏らしながら、レンの拒絶を許さないと言わんばかりに、レンの腰のあたりに細い腕を滑らせて回してきた。
「ん〜、いや……流石に他国の王族の方に、我が国の国民であるコボルトをホイホイとパートナーとして付けるわけにはいかないなぁ」
「そ、そんな冷たいことをおっしゃらないで! 今回の通商条約の条件、アレス王国側にすごーーく有利になるように、私が責任を持って父上を説得しますわ! だから何とかなりませんかしら? ねぇ、お願い……レン様?」
リリスは蛇獣人特有の、絡みつくような妖艶で官能的な肢体を使い、レンにこれでもかと至近距離でスキンシップを図りながら懇願してくる。
いくら中身が深刻なポンコツもふもふフリークとはいえ、その外見は誰もが魅了される美しき王女だ。耳元で囁かれる甘い声としなやかな動きに、レンは完全に翻弄され、顔を真っ赤にしてドギマギしてしまう。
「ちょ、ちょっと、リリス王女、近いってば……っ!」
レンが助けを求めるように視線を泳がせると、正面では、ヘレナがこの世の終わりかと思うほど般若のような恐ろしい顔で、リリスとレンの密着ぶりをジィィィッと見つめていた。
慌ててリリスの爺やの方に「そっちの王女を止めてくれ」と目で合図を送るが、爺やは「もう私は何も見ておりません……」と言わんばかりに遠い目をして現実逃避を極め込んでいた。これ以上の静止は無理だと悟るレン。
(ヤバい、このままだと色んな意味で僕の命が危ない……!)
「わ、分かった! 分かったから一回離れて! ……じゃあ、この国に滞在している間『だけ』、特別に君の専属の護衛として、コボルトを配属しよう!」
「やったわーーーっ! 感謝いたします、レン様!」
リリスはパッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、ようやくレンを解放した。レンは心底ホッと胸をなでおろす。
「ただし、一国の王女の護衛だ。それなりに強くないと話にならないし……誰にしようかな……」
レンがそう呟いた瞬間、部屋の空気が、モフモフの甘い雰囲気から一転してピリッと引き締まった。
王女の護衛という大役、そしてリリスの底なしの愛(物理)を受け止められる規格外の強さを持つコボルト。
レンの頭の中に、ある特定の「頼もしすぎる精鋭」たちの顔が浮かび上がっていた。




