094 王女、謁見の間でポンコツ露呈! レン国王の冷静な正論と、モフモフを巡る奇妙な共闘?
翌日、ミノス王国の第一王女リリスは、アレス王国国王レンへの正式な謁見に臨むこととなった。
リリスとその護衛一行が重厚な扉を抜け、謁見の間へと足を踏み入れる。その瞬間、護衛の騎士たちの間に張り詰めた緊張が走った。
部屋の左右には、人間の騎士たちと肩を並べ、光り輝く甲冑に身を包んだコボルトの騎士たちが寸分の乱れもなく整列していたからだ。
アレス王国側は余程の自信があるのか、他国の使節団でありながら護衛たちの帯剣を許していた。
それがかえって護衛たちにとっては「いつでも切り伏せられるという脅し」に感じられ、否が応でも警戒心は最高潮に達する。
――が、そんな緊迫した護衛たちとは裏腹に、リリスは入場した瞬間から頭をキョロキョロと動かしていた。
(あそこにいる耳の垂れた騎士様、なんて気品があるのかしら! ああ、こっちのちょっとちっちゃい子の、ちょこんとしたお座りの仕方も最高に可愛いわ!)
不敬極まりないコボルトチェックに余念がない主の姿に、同行する爺やや近習たちは、心の中で血を吐きながら頭を抱えていた。
奥へと進むにつれ、王国の重鎮たちの姿が見えてくる。
(あああ! 昨日のお店にいたツェン様とジュリアもいるじゃないの! なに、あのモフモフの師匠、この国の最高幹部の一人だったのね!?)
リリスが驚いてジュリアと目を合わせると、ジュリアは昨日のトゲトゲしさを隠し、悪戯っぽくパチンとウィンクを返してきた。足元のツェンも、フサフサの胸毛を堂々と張って座っている。
なんてリリスが脳内でもふもふの階級に驚いている横では⋯⋯。
(げ、昨日城の廊下ですれ違った、あの得も言われぬ威圧感を放っていた片足の戦士(ロバート将軍)もいるぞ……。横に控える巨体のコボルトたちの眼光、獰猛すぎて冷や汗が出るな……)
と、護衛の騎士たちがガタガタと震えながら進んでいた。
やがて、一段高い位置にある玉座が近づく。リリスはその椅子に目を向けた瞬間、息を呑んだ。
(きゃあああっ! なにあの子! シュッとしてスマートなのに、毛並みは驚くほどボリューミーでモフモフ! それでいて背筋がピンと伸びていてなんて凛々しいの!)
リリスはレンの横に直立するボルゾイ風のコボルト・ノインに完全に目を奪われ、その中央に座る肝心の国王レンの存在は完全に網膜から消え去っていた。
一方のレンは、玉座からリリスを正面に見据え、(……はぁ。美人は美人だけど、なんだか目が完全にイっちゃってるぞ。噂に聞いた大国の聡明な王女っていうより、ただのポンコツなもふもふフリークじゃないか、この人……)と、初手から盛大に呆れ顔になっていた。
「リリス様、リリス様。そろそろですよ」
爺やに小声で服の裾を引かれ、ようやくリリス一行はその場に跪いた。
(はぁ……いつもは我が国でも一、二を争うほど聡明で深謀遠慮なお人なのに、今回ばかりは何故こんな奇行を……)と、爺やの胃の痛みが限界を突破しそうになっている。
「――俺はアレス王国国王レンだ。ミノス王国王女リリスよ。そなたは我が国に何を望む」
レンが威厳を保ちながら問いかける。するとリリスは、恍惚とした表情のまま、真っ直ぐに手を差し出した。
「モフモフを四六時中愛でる権利を――」
「リリス様!!(何をおっしゃるのですか!!)」
「――あ、じゃなかった。えへ♪ ……我がミノス王国との国交樹立を望みますわ。そして、互いの利益となる通商条約の締結を」
(……今、最初にモフモフって言おうとしたよね? なに言ってんだこのポンコツ王女は。まぁ、国交樹立と通商条約の提案自体は普通だな)
レンは内心のツッコミをなんとか押し殺し、冷静に頷いた。
「ふむ、宜しい。詳細な条件のすり合わせは、我が国の内政を預かるイアンとカルマンに任せる。ミノス王国との素晴らしい通商条約の締結に向けて、前向きに交渉を進めてくれ」
「はい。謹んで承知いたしました」
「かしこまりました、陛下」
控えていたイアンとカルマンが一歩前に出て深々と頭を下げ、リリス側の文官たちを案内するために動き出す。
「――それから、もう一つ。周辺諸国の安定と平和のため、我が国の隣国であるヒダ王国との停戦、および国交の樹立も、私から仲介という形で望みま――」
「それは断る」
レンはリリスの言葉をピシャリと遮った。その瞳に、国王としての冷徹な光が宿る。
「……一方的に我が国に襲撃を仕掛けてきて戦端を開き、都合が悪くなったら直接の謝罪も入れず、第三者の貴女方に丸投げして国交を樹立したいなど、虫が良すぎると思わないか? リリス王女。我が国を、我が国民たちを舐めるのも概ねその辺にしていただきたい」
(確かに正論なんだけど……。まぁ、良いわ。元々ヒダ国の仲介は駄目で元々。私の最優先事項はアレス王国の情報収集だしね)
リリスはあっさりと引き下がる笑みを浮かべた。
「そうですね。条件だけでもお聞きしたかったのですが、そのご様子では対話の席につくことすら無駄なことなのでしょう。この件は取り下げますわ」
と、その時だった。
「陛下! 発言のお許しをいただきたく存じます!」
レンの背後に控えていたロジーナが一歩前に出て、レンに発言の許可を求めた。
「宜しい。ロジーナ、申してみよ」
(はぁ……本当にこの国王っぽい威厳マシマシの言い回し、いつまで経っても慣れないし心臓に悪いなぁ……)と、レンは内心でため息をつく。
(ロジーナ……? どこかで聞いたことのある名前だわ……)
リリスは、跪いたままその名前を記憶の底から手繰り寄せようとする。
「はい、感謝いたします陛下。――そもそもヒダ王国という国は、フワフワで純真無垢で大変に可愛いコボルトちゃんたちを不当に襲い、我が国に甚大な損害を与えた、あの憎き冒険者ギルドと深く結託しております。そればかりか、裏では陛下を不当に指名手配し、高名な冒険者を卑劣な『暗殺者』に仕立て上げてこの王城へと差し向けているのです! そんな非道な国が国交樹立など、我が国の尊いモフモフたちを冒涜しているとしか思えません! モフモフの尊厳を守るため、今すぐ軍を興してヒダ国など駆逐するべきですわ!」
(……おいおい、その卑劣な『暗殺者』として最初に城に潜り込んできたのはお前だろ、ロジーナ)
レンは完全に白けた目をロジーナに向けたが、ロジーナはチワワを抱っこする時のような無垢な(?)笑顔のまま胸を張っている。
しかし、このロジーナの発言は、リリスの脳内でまったく異なる化学反応を引き起こした。
(冒険者、暗殺、コボルト……あ! ロジーナって、ヒダ王国のギルドに在籍していたあの超有名な『Aランク冒険者ロジーナ』じゃないの!? なんでレン国王の忠臣みたいな顔をしてここにいるのよ!? ――って、それよりも何ですって!?)
リリスはガタッと膝を浮かせ、美貌を怒りに染めた。
(ヒダ国は、あの愛すべき純真なモフモフたちを虐殺しようとした上に、今も裏でコボルトちゃんたちを脅かしているというの……!? それは、このモフモフの救世主たる私も絶対に許せませんねぇ……! モフモフは世界の正義よ!)
なぜかリリスはドレスの中で拳をギチギチと握り締め、ヒダ王国への敵対心を一瞬で燃え上がらせた。完全にロジーナの誘導(誘導という名のもふもふ欲)に引っかかっている。
「レン国王陛下……! そのヒダ国と冒険者ギルドの悪逆非道な行い、ぜひとも詳しくお聞かせ願えますかしら!?」
「ん〜、あ、うん。分かった……。謁見の後、別室でじっくり話そう」
リリスの突然の凄まじい眼力と、蛇獣人特有のただならぬ迫力に圧倒され、レンは少し気圧されながらも、その願いを承諾するのだった。
アレス王国の食料事情に続き、隣国との外交問題までもが、コボルトたちの「もふもふパワー」によって、レンの予期せぬ方向へと猛スピードで転がり始めていた。




