093 王女、理性を失い街へ! 怒濤のもふもふパレードと、錬金術店での「禁忌の交渉」
ミノス王国のリリス王女御一行は、王城の最上級の客間に案内された。
「長旅の疲れもあるでしょうから、レン国王との正式な謁見は明日にいたしましょう」というアンナの気遣いにより、その日は部屋で休む手ずはずとなったのだが……。
「――ちょっと爺や、街中を『偵察』しなければいけませんね。ええ、国際情勢を見極めるための高尚な理由ですわ!」
「はぁ……リリス様。建前は結構ですから、今日ばかりは大人しくしていてください」
お目付役の爺やに必死に止められるも、脳内がもふもふへの渇望で埋め尽くされたリリスの行動力は止まらない。
「ほんの短時間だけ、絶対に危険なことはしない」という条件でなんとか爺やを説得。爺やと精鋭の護衛騎士を従え、意気揚々と城下町へ繰り出そうと、城の広大な廊下を歩き出した。
悶絶の城内もふもふパレード
しかし、一歩部屋を出た瞬間から、リリスの理性を削る「もふもふの波状攻撃」が始まった。
上品なクラシカルメイド服を完璧に着こなしたコボルトたちが、ちょこちょこと短い脚で廊下をパタパタと走り、すれ違いざまに「ワン♪」と尻尾を振って一礼していく。
それだけでも卒倒しそうなのに、すれ違うアレス王国の幹部たちが連れているコボルトたちの破壊力は次元が違った。
ガシャガシャと義足を鳴らすロバート将軍。その両脇では、威厳たっぷりな土佐犬風のエルが「わん」と凛々しく、イングリッシュブルドッグ風のブルが「きょとん」と首を傾げて歩いている。
「まあ! あの強面なオジ様、ブサ可愛い極上の子を2匹も連れているわ……!」
続いて、お洒落な私服のプリシラ。その腕には、歩く綿あめのようなポメラニアンのポメちゃん。リリスの視線に気づいたポメちゃんが、前脚を「きゅ〜っ」と縮めてプリシラの胸元に顔を埋める。
「きゃああっ! 可愛い! 尊い! あざと可愛さはあの子が一番じゃないかしら!?」
さらに、何故か城内に居座っているロジーナが、チワワ風のコボルトを抱っこして通りかかる。チワワちゃんは大きなうるうるの瞳で、リリスを不思議そうに見つめながら、小さなお耳をピコピコと動かした。
「ええい、くぅ……っ! またあんなに胸を締め付けるほど可愛い子が……!」
極めつけは、すれ違う騎士たちだ。
エリーの後ろを、大きな尻尾をブワブワと振って嬉しそうについていくゴールデンレトリーバー風のツヴァイ。ダリアの隣で、艶やかな黒毛をなびかせるフラットコーテッドレトリバー風のフィア。
ゲイルと並んで堂々と歩く、オオカミのように格好いいのに目がトロンとして優しいシベリアンハスキー風のフンフ。フェルダーに「ガウ」と甘えた声を出すドーベルマン風のドライ。
「な、なんなのこの国は……。みんな自分だけの最高級のパートナーがいるのね。羨ましすぎるわぁぁーっ!!」
リリスはハンカチをキリキリと噛み締めながら、羨望のあまり身悶えした。
幼児もふもふの甘い罠
ようやく城を出て活気ある街に足を踏み入れたリリスだったが、そこはさらなる天国(沼)だった。
「なに、なにあの子たち……。信じられない、ぬいぐるみが生きて歩いているわ……っ!」
リリスの目に飛び込んできたのは、チベタンマスティフ風のコボルトの子供たちだった。まだお座りもおぼつかないほど小さな子犬姿の子供たちが、短い四肢でコロコロ、ちょこちょことお尻を振りながら歩いている。
一匹が点転ぶと、後ろの子がそこに突っ込んで折り重なって「きゃん♪」と鳴く。その破壊力に、リリスは魂を奪われたように、無意識のうちにふらふらと後ろをついて行ってしまった。
「バフ〜(お家に帰ろうワン)」(コロコロ)
「バフバフ(歩いたらお腹減ったワン)」
「バフ!(僕、大きなお肉食べたいワン!)」
幼児コボルトたちが一生懸命に言葉(犬語)を交わしながら、小さな尻尾を千切れんばかりに振って辿り着いた先は、お洒落な一軒のショップだった。
「いらっしゃい! ――おや、どんな御用かしら?」
出迎えたのは、店主のジュリア。そしてその足元には、チベタンマスティフ風の超巨大で超モフモフな風格漂うコボルト・ツェン(10)が座る、錬金術士のお店だった。
「はっ……! ここはどこかしら?」
ハッと我に返ったリリスが周囲を見渡す。
「ふふ、ここは錬金術のお店ですよ、ミノス王国の王女様」
ジュリアがクスクスと笑う。彼女の背後からは、さらにボーダー・コリー風、プードル風、シェットランドシープドッグ風のコボルトたちが、興味津々で首を「くいっ、くいっ」と左右に傾げながら、リリスを歓迎するように尻尾をブンブンと振っていた。
「なぜ、私が王女だと分かったの?」
「国外からのお客様は初めてですからね、既に街中で大噂ですわ。一目で分かりました。それで、当店に何かお求めの物でも?」
「いや、その……御用というか、あの子たちが、あまりにも可愛くてつい、吸い寄せられるようについてきてしまったの。……それにしても、貴方の隣にいるツェン様? も、出迎えてくれたアインス様に勝るとも劣らないくらい、密度が高くて見事なもふもふね! 素晴らしいわ!」
「まあ、アイちゃんと会ったのですね。アイちゃんと同じくらいと言われると、ツェンの『師匠』としてはちょっと張り合いたくなっちゃいますが、王女様のお褒め言葉ですから大人しく頂戴しておきますわ」
「師匠……? 貴方が、そのコボルトの師匠なのですか?」
「そうです。私がツェンの『錬金術の師匠』なんです」
「な、なんですってーーーっ!? コボルトが錬金術士!? 魔物が高度な魔法科学を操るというのですか!?」
「あら、ご存知なかったのですか? この国の子たちは、私たち人間と全く同じで、何でも学び、何でもできますよ」
リリスの脳裏に、来る途中で見た光景がフラッシュバックする。整然と農地を耕す姿、完璧な陣形でゴブリンを瞬殺した騎士の姿……。
「……ねぇ、ジュリアさん。国外の、それも大国の王女からの真剣な『お願い』があるの」
リリスはゴクリと唾を飲み込み、ツェンの足元でコロコロと転がっている子供たちを見つめて、思い切って交渉に及んだ。
「その可愛いコボルトの子供を一匹、我が国に譲って(売って)貰えないかしら? 金に糸目はつけないわ。国家予算並みの言い値をお支払いする用意がありますわ!!」
大切な隣人
その瞬間、店内の空気が一変した。
ジュリアはそれまでの柔和な笑みを完全に消し、無表情な、底冷えするような冷たい瞳を大国の王女へ真っ直ぐに向けた。
「ハァ……。いくら他国の王女様とはいえ、言って良いことと悪いことがありますわ。――貴方は、自分の『子供や家族』を売ってくれと言われて、笑顔でお金を数え始める親がどこにいると思いますか?」
「あ……」
ジュリアの、静かだが絶対的な拒絶の言葉に、リリスは言葉を失う。
足元では、巨大なツェンが低い声で「ガルル……」と喉を鳴らし、怒りを露わにしてリリスを睨みつけていた。
「これだけは絶対に覚えて帰ってください。この国のコボルトは『テイムされた魔物』ではありません。私たちと同じ、この国の立派な『国民』であり、等しい命を持つ大切な隣人です。この国のすべての人が彼らを愛し、家族として大切に暮らしているんです。……もし貴方が国使の王女でなければ、今この瞬間に塩を撒いて叩き出しているところですよ」
ジュリアの毅然とした態度と、コボルトたちの冷ややかな視線に、リリスは完全に圧倒された。
「あ、ああ……ごめんなさい! 私としたことが、あまりの可愛さに理性を失って……本当に失礼なことを言いましたわ……!」
蛇の王女ともあろう者が、完全に気圧されてペコペコと頭を下げる。
「せ、せめて……お詫びと言ってはなんですが、その、抱っこや、もふもふだけでも……させては頂けないかしら……?」
ジュリアは呆れたように息をつくと、足元の幼児コボルトたちを見下ろした。
「はぁ……。貴方たち、王女様がこう言ってますけど、どうします?」
すると、さっきまであんなに可愛かった子供たちが、一斉にリリスから「ぷいっ!」と顔を背ける。
「バフ(やだワン。あの女、目がギラギラしてて怖いワン)」
「バフバフ(なんかキモいワン。近づくなワン)」
「バフバフ(そんなことよりお腹空いたワン)」
「バフ(ママ、お肉ちょうだいワン)」
と、ジュリアの足元にギュウギュウに固まって隠れてしまった。露骨すぎる拒絶である。
「……お断りだそうです。お店に御用がないのでしたら、お引き取り願えますか? 急ぎの錬金の依頼が入っているので、仕事に戻りたいのです」
「あ、はい……すいませんでした……」
大国の王女リリスは、生まれて初めて「コボルトの幼児にキモがられる」という精神的ブラッディ・クロスを喰らい、すごすごと尻尾を巻いて王城へと引き返すのだった。
しかし、トボトボと歩きながらも、リリスの瞳の奥の「蛇の光」は消えていなかった。
(……ふふ、でも大きな収穫はあったわ。このアレス王国の異常な発展と強さの秘密は、あの知性を持ったコボルトたちそのものにあるのね! ああ、なんて恐ろしくて、……なんて魅力的な国かしら!)
手痛い洗礼を受けつつも、リリスは明日行われる国王レンとの謁見、そしてさらなるもふもふ達との出会いに、密かに胸を熱く焦がすのだった。




