090 蛇の王女の先触れと、Aランク暗殺者が城に居座る不純すぎる動機
「――ミノス王国の王女が、国使としてこの国に来たいんだって」
新アレス王国の国王執務室。ヘレナが開口一番にそう言いながら入ってきた。
「国使? ……一体、誰からそんな話を耳にしたんだい?」
デスクの書類から顔を上げたレンが不思議そうに首を傾げる。
「ん〜、先触れが来たのよ」
ヘレナが肩をすくめると、彼女の肩口からひょっこりと小さなネズミが顔を出した。
ヘレナの眷属であるネズミの魔物たちだ。現在、彼らはアレス王国の情報収集および諜報部隊として、大陸中に潜り込んで縦横無尽に暗躍している。
「へぇ……。ミノス王国っていうと南の国だよね。面会するなら、やっぱり僕たちのいた辺境の村辺りになるのかな?」
「ん〜、それがね。ヒダ王国との国境付近に先触れが来たから、面会場所はここ(王都の城)よ。そもそも、あの辺境村に外国の要人を正式に迎え入れるような立派な施設なんて無いでしょ?」
現在、レンたちは奪い取ったコジマ公爵領の旧領都をそのまま『王都』として機能させており、この立派な城に主要メンバーが全員集まって生活していた。
レン自身は生まれ育った辺境村のほうが落ち着くのでどこでも良かったのだが、「やっぱり一国の王様が城に住まないでどうするの!」とヘレナに強く押し切られ、しぶしぶこの玉座に収まっていた経緯がある。
「確かに、村には元領主の館くらいしかないか。じゃあ、彼女たちはヒダ王国側から直接こちらに来るんだね」
「そう。ミノス王国は南にあるとは言え、かなり広大な領土を持っているから、ヒダ王国とも広く国境を接しているの。おそらく、ヒダ王国に寄ったついでに足を延ばしてきたんだと思うわよ」
「隣国の王族だし、これからのアレス王国の国際的な立ち位置を考えても、面会を断るつもりはないけれど……国使なんて言って、わざわざ何をしに来るんだろう?」
「『今後の友好的な関係を築くための、前段階的な挨拶』っていうのが、送られてきた書状の建前ね」
「建前?」
「そう、建前。……本音は十中八九、この国の『情報収集』でしょうね」
「ああ、なるほどね。他国の間者や密偵がこれ以上中に入り込めないように、僕たちが徹底的に国境のガードを固めているからか」
「ええ。現状、どこの国とも正式な交流がないから、この国は実質『鎖国状態』だもの。外から見れば、不気味なことこの上ないわよ」
「確かにそうだなぁ……」
「とりま、国使の申し入れは『受け入れる』ってことで返事を出していいかしら?」
「うん、お願い。一度会って話をしてみよう」
「ふふ、ちなみに風の噂だと、その王女様、かなりの絶世の美女らしいわよ〜?」
ヘレナが少しからかうような視線をレンに向ける。
「あはは、勘弁してよ。そんな大国の王女様と、元・田舎の村人の僕じゃ、そもそも釣り合うわけがないよ」
「なーに言ってるのよ、あんたはもう立派な一国の国王じゃない! ……とは言ってもねぇ、正直レンとその王女様がくっつくようなピンク色のイメージが、私には一ミリも湧かないわ。……本当に、湧かないわよ?」
「あらぁ? そこははっきり言っちゃったらどうなの? 『レン様には、私のほうがお似合いよ〜』って」
「――ッ!?」
突如、執務室のソファの影から、気だるげで妖艶な声が響いた。
見れば、いつの間にかソファに深く腰掛けたロジーナが、レンのメイドであるチワワ風の超小型コボルトを優しく腕に抱っこして、贅沢にモフモフを堪能していた。
「あ、あんたねぇ!! 気配を完全に消して、国王の執務室で何をしてるのよおおお!!」
ヘレナが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ん〜? 聞き捨てならないなぁ。私はこれでも『陛下のお付き(近侍)』だからねぇ。ねー、いい子いい子。今日もふわふわで最高に可愛いわねぇ」
ロジーナはヘレナの怒声を柳に風と受け流し、チワワコボルトの顎の下を器用に撫で回している。チワワコボルトも「うっとりワン……」と気持ちよさそうに目を細めていた。
「この城の護衛なら、アハトとノインの二匹だけで十分に足りているのよ! あんたも腐っても元Aランク冒険者なんだから、サボってないで騎士団の一つでも受け持って前線に行きなさいよ!」
「ガフガフ(そうだワン! 任せてワン!)」
「ウォン(俺たちだけで充分ワン)」
玉座の両脇に控えるワイマラナーのアハトとボルゾイのノインが、誇らしげに胸を張る。
「いやいや、人にはねぇ、得手不得手ってものがあるのよ。個人で隠密して戦うなら誰にも負ける気はしないけれど、集団を指揮して戦争するなんて、私には絶対に無理。向いてないのよね〜」
「確かに、あんたは昔から自分勝手で我儘の手本みたいな性格だったわね」
「ちょっと、そんなにはっきり言わないでよ傷つくわぁ」
はぁ、とヘレナは深いため息をついた。
「でも、あの高名な『ロジーナ』が、こんなところで油を売っているなんて、戦力的に勿体ないのよね……。本当にどこかの部隊に配属させようかしら」
「嫌よぉ! 変な前線に行かせないでよね! 私はここで陛下をお守りするの!」
「……じゃあ、エリーとツヴァイたちのところに混ざって、斥候部隊の指導でもさせようかしら?」
「あ〜、それも必要ないわね。あの子たちの索敵網は既に超一流よ。この私が気配を完璧に殺して潜入して、まさか事前に気付かれるなんて、ここ数年の隠密生活で初めての屈辱だったんだから。……しいて言えば、あの子たちの問題は基礎戦闘力ね。でもそれだって、そこらの辺な国の隠密・諜報部隊よりは遥かに上でしょ」
「あら。随分とアレス王国のコボルトたちを持ち上げるじゃない」
「お世辞探しの天才じゃないもの、本当のことを言ったまでよ。他国の間者が一人もこの国に入り込めないのが、何よりの証拠じゃない。――それよりも、今一番心配なのは『国王(レン様)の暗殺』でしょ? レン様が万が一にでも死んだら、この国は一瞬で終わりなんだから。……だから、私がこうして一番近くに居れば安心ってわけ。ね? だからここに居させてぇ〜!」
ロジーナは上目遣いでレンに懇願する。だが、ヘレナの目は誤魔化せなかった。ジト目をロジーナに向ける。
「……で? そのもっともらしい大義名分の裏にある、本当の『心(目的)』は?」
「えへへ……。だって、レン様の身の回りを執務室でお世話してるメイドコボルトちゃんたちって、信じられないくらいレベルが高いんだもの。みんな信じられないくらい可愛くて、街を巡回しているコボルト騎士たちより数段上が揃ってるんだわ……!」
「――やっぱりそれが目的かコノヤロウ……!!」
ヘレナのツッコミが響き渡る中、レンは苦笑しながら国際情勢の書類に目を落とした。
ミノス王国の妖艶なる蛇の王女。彼女がこの「もふもふに支配された規格外の国家」に足を踏み入れたとき、一体どんな反応を示すのか。レンは今から少しだけ、その対面が楽しみになっていた。




