088 食料危機? いいえ、昆虫食パラダイス! Aランク暗殺者の意外すぎる特技とコボルトたちの胃袋
レンが建国した新国家は、怒涛の勢いで戦争の傷跡から立ち直りつつあった。いわゆる「人海戦術」……いや、彼らの場合は「犬海戦術」と言うべきか。圧倒的な数のコボルトたちが団結し、農場や牧場が瞬く間に造成されていく。
しかし、畑を耕しても作物が実るには時間がかかる。牧場に動物を放しても、いきなり肉が増えるわけではない。当面の食料をどう確保するかは、建国直後のレンにとって最大の懸案事項だった。
「……食料の量産体制が整うまでが勝負だ。せめて穀物や野菜の代わりになるものを確保しないと。アンナさん、この辺りで食べられる野草や植物の知識は豊富だよね?」
レンが問いかけると、元薬師ギルドのギルマスであるアンナが、膝の上でくつろぐ秋田犬風コボルトのアインスの子供を愛おしそうに撫でながら答えた。
「知っているわよ。でもそれはあくまで『人間が』食べられるものよ。コボルトの胃袋でも大丈夫かどうかまでは……ねぇ、アイちゃん?」
「ワフワフ!(知らないワン!)」
「ワフー♪(アンナさん、もっと撫でてワン!)」
「ワフー♪(ぼくもーワン!)」
「ワフワフ(腹減ったー!)」
アインスの子供たちは、そんなお構いなしでアンナに甘え、食欲をアピールしている。
「まあ、コボルトたちは野菜より肉食だしな。……そうだろ、アハト、ノイン」
「ガフガフ(当たり前だワン! やっぱり肉に限るワン!)」
「ウォン(葉っぱなんておやつにもならないワン)」
レンの傍らに控えるアハトとノインが、即答で肉食主義を主張する。
「問題は、その肉をどう確保するかだ。ツヴァイ、周辺から飯を求めてコボルトたちが続々と入国しているそうじゃないか。このままだと食料が足りなくなるんじゃないか?」
レンは心配して食いしん坊のアハトに尋ねた。
「ガフガフ(ん? 全然困ってないワン)」
「……狩りだけで、この増え続ける口を賄えるのか?」
「ガフ?(え、狩り? 何を食ってるか知らないワン?)」
その言葉に、部屋にいたコボルトたちが一斉に自身の食生活を報告し始めた。
「ガウガウ(ゴブリンを焼いて食うワン!)」(ドーベルマン・ドライ)
「ワォン(兎を追いかけて捕まえるワン!)」(フラットコーテッドレトリバー・フィア)
「バウ(鹿も美味いワン!)」(ハスキー・フンフ)
「アフアフ(猪の丸焼きは最高ワン!)」(アイリッシュウルフハウンド・ゼクス)
「ウワン(虫……虫ワン!)」(グレートデン・ズィベン)
「……虫?」
(……そういえば、前世の地球でも食料危機の切り札として昆虫食が注目されていたっけ)
「食べても大丈夫なのか? 毒とかないの?」
レンが不安げに聞くと、土佐犬風のエルと、イングリッシュブルドッグ風のブル(愛称)が尻尾を振って答える。
「わんわん(大丈夫ワン! クリーン魔法で毒抜きして……)」
「わんわん(焼けばどんな虫でも美味しくなるワン!)」
「虫かぁ。……この辺にそんなに虫がいるのか?」
「あ~、そういえば虫の魔物が多いかもしれませんね」
ポメラニアンのポメをモフりながらプリシラが相槌を打つ。
「この近辺は虫型の魔物が多いわよ。まさか彼らがそれを『主食』にしているとは思わなかったけれど」
斥候の第四騎士団長エリーが感心したように頷く。
「虫は美味いわよ。特にワーム系なんて、焼くと中からクリームみたいに濃厚なエキスが出てきて絶品なの。……一つ、食べてみる?」
ロジーナが何のためらいもなく、マジックバッグから香ばしく焼けた芋虫を取り出した。
「あ~、俺は遠慮しておくよ」
「わんわん(貰うワン!)」
ジャーマンシェパードのドライツェンが躊躇なく焼いた芋虫をひったくって口へ運ぶ。
「わんわん(俺にもよこせワン!)」
セントバーナードのツヴェルフが大きく口を開けてロジーナにねだる。ロジーナは慣れた手つきで、もう一匹の焼いた芋虫を投げ入れた。
……食料問題。特に気にしなくても、彼らは自分たちで美味しく解決していたらしい。
「……よかった。心配して損したよ」
レンは心底ホッとした表情で、満足そうに虫を食べているコボルトたちを見守った。新国家の食料危機は、まさかの「昆虫食」によって、あっさりと幕を閉じたのだった。




