086 Aランク暗殺者、ケーキ屋で真実を知る! ポメちゃんの塩対応と、モフモフへの果てなき渇望
「わんわん!(マスター! 一大事だワン!)」
「わんわん!(失礼しますワン、緊急報告ですワン!)」
新しくアレス王国の王都となった領主城の執務室。バセットハウンド風のコボルトとラブラドールレトリバー風のコボルトの二匹が、タタタッと慌ただしく駆け込んできた。
「ん、どうした? そんなに慌てて」
玉座に座るレンが書類から顔を上げる。彼の両脇には、今日も今日とて最強戦力の一角であるワイマラナー風のアハト(8)と、ボルゾイ風のノイン(9)が、威風堂々とした佇まいで近衛護衛を務めていた。
「わんわん!(国境の森を隠密スキルで抜けて、この王都に……)」
「わんわん!(不法侵入した不審者がいるワン!)」
「ガフゥ!?(何だとぉ! 俺たちの警戒網を抜ける奴がいるとは、生意気なワン!)」
「ウォン(確実に手練れの侵入者ワンね)」
アハトが鋭く吠え、ノインが冷静に分析する。
「……なるほど。それで、何故侵入されたと分かったんだ?」
「わんわん(さっき、外縁を巡回していたビーグルのコボルトが……)」
「わんわん(背後から一撃で気絶させられたワン!)」
「気絶?」
レンは少し驚いた。コボルトたちの身体能力や警戒心は並の人間を遥かに凌駕する。それを仕留めきらずに「気絶」で済ませるなど、ただ事ではない。
「わんわんわん(たった今、目を覚ましたビーグルが言うにはワン……)」
「わんわんわんわんわん(凄まじい身のこなしの、人間の女性冒険者にやられたと言っていますワン!)」
「ふむぅ……。我が国の巡回を的確に気絶させて潜り込むとは、なかなかの腕前だね」
「ウォン(かなりの凄腕ワン。油断ならんワン)」
「ガフガフ!(面白そうワン! 俺が直接噛みちぎりに行っていいワン!?)」
ノインがフムと感心する傍らで、アハトが尻尾をブンブンと振りながら興味津々に身を乗り出す。
「あ〜、ダメだよアハト。お前は俺の絶対護衛なんだから、ここを離れちゃいけない」
「ガフ……?(俺はいけないのワン? つまらんワン……)」
「ウォン(当たり前ワン。マスターに万が一があったらどうするワン)」
ノインに窘められ、アハトは耳をパタつかせてシュンと丸くなった。
「よし、その侵入者を捕らえよう。――二人とも、すぐに第四騎士団長のツヴァイに報告して、網を張って捕縛するように伝えてくれ。俺からの直接の指示だと言えば、ツヴァイもすぐに動くはずだ」
「わんわん!(了解だワン、すぐに伝えるワン!)」
「わんわん!(ツヴァイ姉さんに任せれば一発だワン!)」
バセットハウンドとラブラドールレトリバーのコボルトは、賢く一礼すると、風のように執務室を後にした。
イッツ・ア・ファンタスティック・ワールド
「――な、何よ、何なのこの街は……!? イッツ・ア・ファンタスティック・ワールドだわ! まさに夢の国じゃないの……!」
一方、網を抜けて王都の市街地へと潜入を果たしたAランク冒険者のロジーナは、完全に任務を忘れて狂喜乱舞していた。
通りを見渡せば、ピシッと制服を着こなした可愛いコボルトたちが、人間の騎士や住民と仲良く談笑しながら街を巡回している。その光景に、ロジーナは両手をワキワキとさせながら、目を輝かせてキョロキョロと不審者のように不審な動きを繰り返していた。
「あの子たちが『コボルト』だなんて、絶対に信じられないわ! ギルドの依頼に出てくる、あの汚い、臭い、狂ってるの『3K魔物』と同じ種族だなんて……。そうね、この子たちは……綺麗、可愛い、……あとは何かしら、そう、毛並みが極上のモフモフ!!」
致命的に語彙力が足りないロジーナは、脳内で「新3K(綺麗・可愛い・毛がモフモフ)」を勝手に制定しながら、至福の表情で歩を進めていた。
「――おや? あら、ロジーナさんじゃない。お久しぶりねぇ」
突如、背後から上品な声を掛けられ、ロジーナは心臓が跳び跳ねるほど驚いて勢いよく振り返った。
そこに立っていたのは、元大都市の有名冒険者であり、現在はレンの近臣となっているプリシラだった。
プリシラは、これまた目に入れても痛くないほど愛らしい、ポメラニアン風の小型コボルトを連れて、お洒落に買い出しをしている最中だった。
「ひ、ヒダ王国の王都にいるとばかり思っていたけれど、まさかこの新生アレス王国の王都にいたのかしら? ……あの激しい街の襲撃から、一般の冒険者であるあなたが無傷で身を隠せるなんて、流石はロジーナさんですわね」
プリシラは、ロジーナがギルドの裏工作(暗殺任務)で来ているとは露知らず、純粋に無事を喜んでいる。
「プ、プリシラ……! ――って、ちょっと待って、その腕の中にいる天使みたいな子は、一体誰なの!?」
「あら、この子はポメちゃんですわ。愛称ですけれどね。可愛いでしょ?」
「可愛い……! 可愛いすぎるわァーッ!!」
ロジーナは悶絶した。
「森で見た巡回の子たちも相当可愛いと思ったけれど、その子はなんていうか、次元が違う特別枠だわ……! ねぇ、ちょっと、怪しい者じゃないから、詳しいお話を聞かせてもらっても良いかしら!?」
「ええ、構いませんわよ。ちょうどお茶にしようと思っていましたの」
プリシラは快諾し、ロジーナとポメラニアンコボルトを伴って、最近領内にオープンしたばかりの、お洒落なケーキ屋さんへと入っていった。
ポメちゃんの塩対応
運ばれてきた甘いイチゴのショートケーキを前に、プリシラから事の真相を聞かされたロジーナは、フォークを握りしめたままガタガタと震えていた。
「ええっ……!? じゃあ、何、すべてはあの意地汚いヒダ国の冒険者の野郎どもが、この可愛いコボルトちゃんたちを無理やり捕まえて売り飛ばそうとしたのが原因なのね!? レン様が汚いコボルトを使って、スタンピードのように無差別に街を破壊したわけじゃなくて……!?」
「そうよ。戦争ですもの、戦いそのものは仕方のないことですわ。でも、アレス王国のコボルトたちは、無抵抗の住民には一切手を出していないの。すべては冒険者ギルドの乱暴者たちが発端よ。あんな虐待野郎ども、同じ人間として許せませんわ」
プリシラはそう憤慨しながら、腕の中のポメラニアンコボルトのふわふわな毛並みを、優しくモフモフと撫で回している。
その光景を目の前で見せつけられ、ロジーナはもう居ても立っても居られなくなった。鼻息を荒くし、意を決してプリシラに両手を差し出す。
「プリシラさん……! お願い、一生のお願い!! そのポメちゃんを、私にもちょっとだけモフらせてもらえないかしら……!?」
「あら、私にお願いされても困るわ。この子が『良い』と言ったら構わないのですけれど……。ポメちゃん、どうかしら?」
プリシラが腕の中を見下ろすと、ポメラニアンのコボルトは、ロジーナのギラギラした肉食獣のような目をじっと見つめ、
「わんわん(初対面でそんな変態みたいな目をしてる人はヤダワン。お断りだワン)」
ぷいっ、と露骨に顔を背けて、プリシラの胸元に深く潜り込んでしまった。
「な、なんて言ってるの!? 今、なんて鳴いたの!?」
「ふふ、具体的に彼らの言葉を翻訳できるのは国王であるレン様だけですわ。でも……あまり乗り気ではないことくらいは、私でも分かりますわね」
「そんなぁぁーっ! 完全に拒絶されたわ……!」
ロジーナはガックリと机に突っ伏し、絶望に打ちひしがれた。しかし、すぐに這い上がるように顔を上げ、プリシラの手をギュッと握り締める。
「ねぇねぇ、プリシラ! あなたはどうやって、その可愛い子たちとそんなに仲良くなれたの!? お願い、その秘訣を教えて!!」
完全にレン暗殺の依頼を脳内からデリートし、モフモフの奴隷と化したAランク冒険者。
しかし、そんな彼女の背後には、レンの命令を受けた第四騎士団長・ツヴァイの鋭い影が、刻一刻と近付いているのだった――。




