085 Aランク冒険者の潜入! 殺意を溶かす「究極のモフモフ」と、届かぬギルドの執念
ヒダ王国王都にある冒険者ギルド総本部。そこには、レンの巨大な指名手配書が貼り出されていた。
表向きの理由は「戦争中に冒険者ギルドを襲撃・壊滅させ、所属冒険者を強制徴兵した」というもの。
しかし、実際にはギルド側からレンの村を先制攻撃し、返り討ちにあったという事実は完全に隠蔽されていた。
冒険者ギルド総ギルドマスターを王城に呼び出したヒダ国の宰相は、眉間に深い皺を刻んで告げた。
「……ギルド長、いい加減にしろ。今から友好条約を締結しようという国の国王に対し、指名手配書とは一体どういう了見だ?」
「いや、手配書を出したのが先ですからね。まさかレンが建国し、我が国が戦わない方向に舵を切るなど、誰が予想できたでしょうか」
「前置きは無用だ。直ちに指名手配を取り下げろ」
「お断りします。むしろ、近々レンの国を攻める時は、ギルドとして全面的に協力しますので、是非とも進軍していただきたい」
宰相は絶句した。国の存亡がかかっているというのに、この男は何を言っているのか。
「……貴様、国が滅べばギルドも存在できなくなるぞ!」
「もう遅いですよ。レン暗殺を請け負ったAランク冒険者が、既に彼の国へ向かっています。中立であるはずのギルドが攻撃された以上、今更後には引けません」
議論は平行線をたどり、解決の糸口すら見つからないまま、会談は物別れに終わった。
◇◇
アレス王国は現在、ヒダ王国との通商・人の移動を完全に遮断していた。正規の関所は封鎖され、山越えや森といった獣道しかルートはない。
普通の人間であれば魔物の巣窟である森を突破することは不可能だが、腕に覚えのある者たちは、その防衛網を潜り抜けて侵入を試みる。
その一人、Aランク冒険者のロジーナは、自身の隠密能力に絶対の自信を持っていた。
「ふふ〜ん。百戦錬磨の私にとって、こんな森の中なんて庭を散歩するようなものだわ」
気配を完全に殺し、草木を揺らさぬ足運びで進む彼女を捉えられる野生の魔物は存在しない。しかし、彼女が踏み入った領域は、アレス王国が誇る最強の感知網――コボルトたちの庭だった。
ザザッ……!
微かな音と共に、背後から疾風のような影が襲いかかる。
「……甘い!」
ロジーナは背後に目があるかのような反射神経で振り返り、ビーグル犬種のコボルトが放ったマチェットを紙一重で回避。そのまま勢いを乗せた蹴りを放つ。
「えっ……!?」
蹴りを放った瞬間、彼女は自分の目を疑った。目の前にいたのは、恐ろしい魔物などではない。
「……なに、これ。可愛い……! ……初めて見た。こんなの……モフモフじゃん!」
殺気は一瞬で霧散した。
ロジーナはビーグルコボルトが放った追撃を優雅に回避すると、そのまま間合いを詰め、迷いなく後頭部に柔らかい手刀を叩き込んだ。気絶したコボルトを抱きしめ、彼女は顔を埋める。
「やだー! ……こんな可愛すぎる生き物、殺せるわけないじゃない!」
数分間の至福のモフモフタイムを堪能した後、彼女は我に返った。
「……いけない、ダメだわ。こんなところでいつまでも……。これは完全に『罠』ね。甘い誘惑に負けてたら、任務が達成できない」
後ろ髪を引かれる思いで、彼女は気絶したコボルトを優しく茂みに寝かせると、再び真剣な眼差しで王都へと向けて駆け出した。
この甘美な罠が、これから彼女の人生をどう変えていくのかを知る由もなく――。




