082 玉座に響く戦慄の宣告! 届いた公爵の首と、冷や汗が止まらぬ国王の「国解体」宣言
「――陛下ッ!!」
ヒダ国領都にある王城の執務室。顔面を完全に蒼白に染め上げた近臣が、ノックも忘れて部屋に飛び込んできた。
「どうした? ……随分と酷い顔色だが、具合でも悪いか?」
執務室では、国王ヨショリが執事長と嫡男ヨリツナを伴い、何やら重要そうな書類を検分していた。三人は、血相を変えて現れた近臣を心配そうに見つめる。
「コ、コジマ公爵が……コジマ公爵が、反逆者レンとの戦に敗れ……死亡いたしましたッ!!」
静寂。
「……は?」
あまりの衝撃に、国王も、嫡男も、執事長も、全員が意味を理解できず呆然と立ち尽くす。
「待て待て、何の冗談だ? いくら俺だって、温厚なこの俺でも今の冗談は笑えんぞ」
「冗談ではありません! ……コジマ公爵領は、完全にレンの手に落ちました……!」
国王の震える声に、近臣は涙ながらに事実を突きつける。
「来月には、コジマ公爵から『レン討伐完了』の報告が届くと信じていたのだが……」
「コジマ公爵に討伐令を出してから、まだひと月も経っておらん。兵だってろくに集まらないはずだ。いくら辺境とはいえ、いくら何でも早過ぎるだろう……!」
嫡男ヨリツナと執事長が絶句したまま呟くが、誰一人として答えを持ち合わせていない。執務室は、死の如き静寂に包まれた。
「……詳細を話せ」
国王ヨショリが、乾いた喉を鳴らして問いかける。
「詳細までは……しかし、この手紙とともに……コジマ公爵の『首』が、先ほど城門に届けられました」
「首だと!?」
「…………っ!!」
嫡男は顔を覆い、執事長はその場にへたりと座り込んだ。
「どれ……見せてみろ」
ヨショリが震える手で差し出すと、近臣は震える手で、返り血で汚れた巻物を渡した。
◇◇
『ヒダ国国王ヨショリ殿
次男アキツナを使い、理由もなく我が村の接収を図り、その上国使による街の接収、更にはコジマ公爵に侵攻の命を下した事で、貴殿の意思を確認するに至った。これら一連の行動から、我が領地への明らかな宣戦布告を確かに受け取った。
我が領地に対する数々の侮蔑行為と武力による侵攻に、断固として立ち向かう用意がある。
ここに国を起こす事を宣言する。この書をもって、我が国はヒダ国と戦争状態に入る事を宣言する。
アレス王国国王レン』
◇◇
「くっ……レンの奴……! まさか、国を起こしてまで、このヒダ国に歯向かうというのか……!」
書状を読み終えた嫡男ヨリツナは、怒りを通り越した震えと共に、紙を机に叩きつけた。
暫くの間、無言で考えを巡らせていたヨショリ国王が、重い口を開く。
「……ヨリツナ、執事。今から、レンの国を『国家』として公式に認める。そして、ただちに友好条約……いや、休戦条約締結に向けた交渉を始めよ」
「は……? 陛下、今何とおっしゃいましたか? 国を認めると……? しかも友好条約とは、何とも……!」
近臣は驚愕し、思わず国王の言葉を遮ってしまった。通常であれば不敬罪で打首の行為だが、長年仕えた近臣ゆえ、国王も咎めなかった。
「……理解できぬのも無理はない。だが、よく聞け。今までは背後をコジマ公爵という強固な防壁に守られていたからこそ、敵国エマと全力で戦えていたのだ。だが、その背後に今や公爵に匹敵する……いや、それ以上の『敵国』が現れたのだぞ」
国王は執務室の地図を指さす。
「前後を敵国に挟まれる。しかもレンとエマが手を結べば……この国の存亡は、一ヶ月持たぬ。今この瞬間から、我が国の最大級の危機なのだ」
「な、なるほど……」
嫡男ヨリツナは納得したが、その瞳の奥には、(あの力もなく、頭の悪いレンが……?)という、かつて軽蔑していた頃のレンの姿がチラつき、どうしても割り切れない感情が渦巻いていた。
「ヨリツナ、レンは英雄コジマ公爵を倒した。……その事実は、コジマ公爵以上であることを示している。しかもその実力は未知数だ。エマよりも、遥かに厄介な強敵かもしれぬ」
「そうすると……交渉役には、それなりの人物を派遣せねばなりませんね」
「うむ。少なくとも、レンを幼少期に虐めていたような……そんな底の浅い奴には任せられん。レンの気持ちを逆撫でするだけで、国を滅ぼすことになろう」
ヨショリ国王は、室内にいる側近たちを順番に見回した。しかし――。
「……この城にいる者では、誰一人として適任者がおりませんね」
嫡男ヨリツナは、全てを悟ったかのように、深いため息と共にそう呟くしかなかった。
かつて自分が蔑んでいた少年の背中が、今や国家の命運を握る巨大な影として、ヒダ国の上空に覆い被さろうとしていた。




