079 プライド粉砕の将棋倒し! 丘の上からの傲慢な突撃と、フェルダーが仕掛けた「20センチの地獄罠」
「――がははは! 丘の上に陣を敷かないなんて、とんだマヌケですね、あの辺境の軍勢は」
「兵法のイロハも知らん田舎者の集まりのようだな。こちらの丘の上からは、敵の陣容が丸分かりではないか」
領都を望むなだらかな丘の上。コジマ公爵は眼下に広がる平原を見下ろし、側近たちと嘲笑を交わしながら辺境街軍をじっと見詰めていた。
未だに大都市から音沙汰が無いことや、平民の兵が集まらないという致命的な不安は、目の前の「あまりにも無防備な敵陣」を見ていると全く結びつかない。
むしろ、これほどのマヌケを相手に、なぜ自領がここまで追い詰められたのか、不思議でしょうがないといった様子だった。
「陣形すら知らぬ田舎者め。ただ横に一列に並んでいるだけだ。戦術も何もない。がははは!」
「その様にございますな。あれでは我が軍の突撃を受ければ一たまりもありません」
「……ん? 待て、あの一列に並んでいるのは何だ? 人間にしては妙に小柄な、犬の様な小人が大勢いるぞ」
「は、恐らくはコボルトでしょう。反逆者レンは『コボルトテイマー』であると報告が入っております」
「コボルトぉ!? ――がははははははははは! コボルト、コボルトだと! あの野生のクソ弱いコボルトか! 何匹集めようがコボルトはコボルト。我が精鋭の騎馬と重装兵の前に、羽虫の如く蹴散らさせてくれよう!」
「御尤もです。閣下自ら手を下すまでもございませんな」
「良し、我が軍の必勝の陣――『鋒矢の陣』を敷け! 矢の如く突き進み、真ん中にふんぞり返っている大将の首を一気に討ち取ってやる!」
「しかし閣下、先ほど放った斥候が未だに一人も戻って来ておりませんが……?」
「な〜に、相手はコボルトと臨時の傭兵だ。物の数ではあるまい。そんな小細工など関係ない、まとめて正面から吹き飛ばしてくれよう!」
必勝の陣と、絶対の自信
「どうやら、コジマ将軍は『鋒矢の陣』で来るようですね」
「ほう、やはりお前は詳しいな。参謀に任命して正解だったな」
平原の陣中で、クイントンが引き締まった表情でフェルダーに話し掛ける。
「中央突破に特化した、攻撃に極めて優れた陣形です。こちらの横一文字の薄い陣形を見て、一気に真っ直ぐ突撃し、大将であるフェルダー様を討ち取るつもり満々ですね」
クイントンは、顎に手を当てながら「本当にこのままで大丈夫ですか?」という大いなる不安をその表情に浮かべてフェルダーを見る。何せ、こちらは防御用の盾も柵も一切配置していないのだ。
「ははは! 大丈夫、大丈夫。何も心配するな。――な! ドライ!」
「ガウガウ!(問題無いワン。あんな一本調子の突撃、我が牙の餌食だワン)」
フェルダーの傍らに控える、漆黒の毛並みを持つドーベルマン風のコボルト・ドライ(3)は、鋭い牙を覗かせながら自信満々な表情を浮かべた。
20センチの落とし穴地獄
ドゴゴゴゴゴ……!
コジマ公爵の軍勢は、丘の上からの傾斜を利用し、物凄い勢いと地響きのような足音を立てて突撃してきた。大剣を掲げ、砂煙を上げて迫り来る千の精鋭。
その圧倒的な迫力を至近距離で目の当たりにして、新参の傭兵たちは「おい、本当に持ち堪えられるのか……!?」と完全に気後れして縮こまる。しかし、その横に並ぶコボルト騎士たちは、一歩も引かずに余裕の表情を浮かべていた。
そして――コジマ公爵軍が、平原の中央、辺境街軍まであと半分という距離まで近付いた、その瞬間だった。
「うわぁっ!?」
「ぐふっ!?」
先頭を猛スピードで駆けていた兵士や騎馬たちが、何もないはずの地面で突然派手に転倒した。
それこそが、ゼクスたち工兵部隊が爆速で仕掛けた「落とし穴の罠」だった。巧妙にカモフラージュされたその穴の深さは、わずか20cm程度。
しかし、丘の上から最大加速で駆け下りてきた人間や馬にとって、そのわずかな段差は致命的だった。足元をすくわれた兵士たちは、勢い良く前へとのめり込み、地面に叩きつけられる。
最悪なのは、勢いをつけて後方から狂ったように押し寄せていた後続の兵士たちだ。前が転んだからといって、その速度では絶対に止まる事が出来ない。
ドカッ! ズサァッ!
「止まれ! 前が転んで――ぶふぅっ!?」
「押すな! 踏むなァーッ!」
後は、将棋倒しの悪夢が公爵軍の兵士たちを容赦なく襲う。先頭が壁となり、後ろから走ってきた者が次々と重なり合い、鋒矢の陣の鋭い「矢の先端」は、激突する前に自滅の塊へと変わってしまった。
「――今だ! 弓隊、撃てえええ!」
待ってましたとばかりに響く、フェルダーのドスの利いた大号令。
エリーとツヴァイが率いる弓兵部隊が一斉に弦を放ち、黒い矢の豪雨が、身動きの取れなくなったコジマ公爵軍の頭上へ無慈悲に降り注ぐ。
「クソッ、盾だ! 盾で矢を防げええええ!」
混乱の渦に呑まれたコジマ公爵軍の隊長たちが、必死に声を張り上げて命令するが、折り重なった兵士たちはまともに身動きすら取れない。
「よし、魔法隊! 続けて放て!」
フェルダーは、後方に控えていたコボルト魔法隊に容赦のない命令を下す。
「任せて! ガツンとやるよ、フィア!」
最前線で大鎌を構えたダリアが応えて呪文を唱えると⋯⋯。
「ワォン!(すべて灰にするワン!)」
フラットコーテッドレトリバー風のコボルト・フィア(4)が凛々しく吠えて呪文を詠唱。同時に、周りを取り囲む何百匹もの魔法コボルトたちも一斉に呪文を唱え始めた。
キィィィィン……!
辺境街軍の頭上に、まばゆい紅蓮の魔法陣が数百も浮かび上がる。それを見た公爵軍の兵士たちは、今度こそ完全に恐怖で竦み上がった。コボルトが、あり得ない規模の集団大魔法を展開していたからだ。
「行けえええええ!」
ドッババババババン!!!
数百の魔法陣から一斉に放たれた炎弾が、弾幕となってコジマ公爵軍に降り注ぐ。
しかも、彼らが足止めされているその場所の土の下には、ゼクスたちによって巧妙に「油袋」がいたる所に埋め込まれていた。降り注いだ炎弾がそれらに引火した瞬間、爆炎と共に、真っ赤な炎が兵士たちの足元からも一気に燃え上がった。
まさに、逃げ場のない生体火葬場――地獄絵図であった。
「弓隊! 手を緩めるな、再度矢を放て!」
さらに容赦なく大量の矢が放たれ、足元からの猛烈な熱さで頭上に盾をかざすことすら出来なくなった公爵軍の兵士たちに、次々と突き刺さっていく。
こうなれば、もう軍としての隊列を保つ事など不可能だ。てんでバラバラに、狂ったように前に進む者、泣き叫びながら後ろへ逃げる者が続出するが、パニックに陥った彼らの足元には、さらに周囲に配置されていた無数の落とし穴が口を開けて待っていた。穴に嵌っては炎に焼かれ、矢に射抜かれていく。
「……ふっ、頃合いだな」
敵陣の完全な崩壊を確認し、ニヤリと不敵に笑ったフェルダーは、身の丈ほどもある大剣を豪快に引き抜き、空に向かって高く突き立てて叫んだ。
「――野郎ども、突撃いいいいいいいい!!!」
「おおおおおーーーっ!!」
さっきまで怯えていた傭兵たちが、一転して勝ち戦の歓声をあげて武器を掲げる。ドライを筆頭とするコボルト重装歩兵部隊が、炎に包まれる公爵軍に向けて、牙を剥いて一斉に牙を剥き出しにして駆け出した。




