078 公爵、絶望の出陣! 泥縄の千人軍勢と、見晴らし良すぎるフェルダーの「謎の布陣」
レンが三大都市を瞬く間に制圧し、各個撃破のゲリラ作戦が完了した頃。別動隊を率いるフェルダー、ゲイル、ダリア、ヘレナの面々は、降伏させた傭兵団を自軍に組み込み、破竹の勢いで中規模の都市や街の制圧に乗り出していた。
さらに、全域に潜伏するコボルト騎士たちは、各村から公爵の徴兵に応じて領都へ向かおうとする不届きな兵士の卵たちを、慈悲なく「処分」し続けていた。
その結果、コジマ公爵の元には、目も当てられない絶望的な報告が届くこととなる。
◇◇
「――コジマ卿! 各地からの徴兵が、全く集まりません!」
領主城の執務室。冷や汗をダラダラと流す側近の悲痛な叫びに、玉座のコジマ公爵は眉間を激しく割った。
「全くと言ってもゼロではないであろう! 辺境の田舎者どもが、少し魔物を手懐けた程度で調子に乗りおって。現在、どれほどの数が集まっている!」
「は、はい……。領主城に命からがら辿り着いたのは、全部合わせても数百人ぐらいであります……」
「数百!? 数百だとおぉッ!?」
コジマ公爵は思わず机を叩いて立ち上がった。
「万の軍勢を集めて、辺境の地のコボルトどもを物量でまとめて蹴散らそうという時に、桁が二つも違うではないか! ……チッ、やはりあの忌々しい噂は、単なる流言飛語ではなく本当だったか!」
「はい。徴兵に応じて領都や各主要都市へ移動する道中、黒い鎧を着た魔物の小隊に奇襲され、全滅しているという噂は本当だったようです。……その噂がまたたく間に領内に広がり、それを恐れて徴兵に応じる平民が極端に少なくなりました。兵として正式に採用された後なら戦死しても遺族に報酬が出ますが、採用前に道中で襲われて死んでも、国からは何の補償も出ませんから……」
「むむむ、何と卑怯な……! 正々堂々と正面から戦う事が出来んのか、あの辺境の泥臭い田舎者どもは! ……ええい、ならば傭兵は、傭兵共はどうした!? 金で動くあのハイエナどもなら、大戦の気配を嗅ぎつけて真っ先に馳せ参じるはずであろう!」
「その傭兵たちも……応じる者が極端に少なく。それどころか、奴らが『徴兵に応じる前の傭兵団の拠点』を直接襲撃し、根こそぎ制圧しておりまして……」
「な、何だと!? くっ……! ならば、中継地点であるはずの『三大大都市』からの常備兵はどうした! 何故、一向に領都へ来ない!」
「それが……大都市からは、丸一日以上音沙汰が全くありません。状況を探りに行かせた斥候の早馬も、誰一人として戻って来ないのです。しかも、さらに悪い報告が……」
「……まだあるのか!? 申してみよ!」
「傭兵団を力ずくで下した辺境街の軍勢が、その傭兵たちを前衛に率いて各街を次々と制圧。驚くべき速度で、この領都に向かってまっすぐ進軍しております!」
「数は! 敵の総数は如何程だ!」
「……大凡、千名かと」
「千! ――ふっ、良し、良いだろう!」
コジマ公爵は、どこか自嘲気味に、しかし英雄としてのプライドを無理やり奮い立たせるように不敵に笑った。
「我が領都にいる軍も、現在ちょうど千程度だ。同数ならば、この俺が率いる精鋭軍が負けるはずがない。籠城などせず、打って出て敵を正面から迎え撃ってやろうじゃないか!」
「し、しかし閣下! 徴兵で集まったわずかな平民たちの訓練は未だ不完全で、陣形すらまともに――」
「ええい、黙れ、煩い! 出陣だ! 敵の生意気な本隊を野戦で一気に蹴散らし、そのまま大都市の救援に向かうぞ!」
コジマ公爵は、胸の奥底から湧き上がる「得も言えぬ底知れぬ恐れ」を強引に振り払うように大声を張り上げ、領軍千人を率いて迎撃のため出陣することを決意した。
一人でも戦況を完全に覆すことのできる「Sランク相当の英雄」故の傲慢さなのか、それとも自分の治める領地をこれ以上蹂躙させないための決死の覚悟なのか――。
皮肉にも、この見栄と焦りに満ちた出陣が、コジマ公爵の輝かしい人生の「最後の花道」となることを、本人はまだ知る由もなかった。
フェルダー軍の奇妙な足踏み
一方その頃。領都へと続く街道を、驚くほど緩やかな、まるでピクニックでもしているかのような速度で進軍するフェルダー軍の姿があった。
「大将、いくら何でもこんなにゆっくりとした進軍で良いのかい? 敵に準備の気を持たせるだけだと思うんだが……」
あまりの緊張感の無さに、新たに軍に加わった元傭兵団の団長の一人が、不安そうに総大将フェルダーへ尋ねる。
「良いんだよ。これにはちゃあんと、レン様から仰せつかった作戦があるんだ」
「作戦、ですか?」
「ま、現段階で詳細をペラペラとは話せんがな」
フェルダーは不敵に笑いながら、自慢の騎竜の背に揺られ、のんびりと周囲の地形を眺めていた。やがて、街道の脇にある広大な平原へと差し掛かったところで、パッと手を挙げた。
「よし、ここらで良いか。全員止まれ! ――ここに陣を張るぞ!」
「えっ……ここですか!?」
傭兵団長は驚きを隠せない。フェルダーが指し示したのは、遮蔽物も何もない、ただただ平坦でだだっ広い平原のど真ん中だった。
「せめて、あそこに見える丘の上の方に陣を張った方が良く無いですか? 戦術の基本として、高いところに居たほうが視野も広く、突撃の際も圧倒的に有利ですよ」
「ほう。お前、なかなか戦術に詳しそうじゃないか」
「ええ、まぁ。こう見えてもコジマ将軍(公爵)について、過去に大きな戦争には何度か参戦してますからねぇ。地形の利の重要性は嫌というほど知っています」
「良いじゃないか。気に入ったぞ、お前。名は、何と言う?」
「クイントンです」
「良し、クイントン! 今この瞬間から、お前を俺の臨時の『参謀』に任命する!」
「えっ、俺が参謀!? いや、それなら尚更、こんな見晴らしの良い平地に陣を張るなんて――」
「ははは! まぁ固いことを言うな、クイントン。今回は大人しく俺の命令に従っておけ。これから、お前に最高に面白いモノを見せてやるからな」
「は、はあ……」
新参謀のクイントンは、この辺境の将は何を考えているんだと、深い不安を抱えて頭を抱えるしかなかった。
工兵と斥候、もふもふスペシャリストの始動
「――ゼクス、ズィベン! 頼んだぞ、例のアレ、爆速で頼む!」
フェルダーが声をかける。大都市でのコボルト宿舎建設(超一級リフォーム)を爆速で終わらせた、アイリッシュウルフハウンド風のゼクス(6)とグレートデン風のズィベン(7)が、今回はフェルダー軍の「工兵部隊の長」として同行していたのだ。
伝説の建築家バークの愛弟子である二匹は、ノコギリやスコップを担いだ大工・土木コボルトたちを率い、「アフ!」「ウワン!」と元気よく返事をする。
彼らが何もない平原で、不穏な建築・土木作業を始めるのを、人間の傭兵たちは唖然と見つめていた。
「エリー、ツヴァイ! 周囲の警戒と情報収集は任せたぞ!」
「はいよ! 任せときな! ――ツヴァイ、行くよ!」
「ワンワン!(偵察班、マスターの嫁について行くワン!)」
フェルダーのパーティメンバーであり弓の名手であるエリーと、その相棒であるゴールデンレトリーバー風のツヴァイ(2)率いるコボルト弓術・諜報部隊が、一斉に動き出した。
彼らは敵の斥候や前衛の目を確実に潰すため、草むらや木々の影へと音もなく融けるように散っていく。
何もない平原に布陣したフェルダー軍。そして、己の武勇を信じて突き進むコジマ公爵の千の軍勢。
両者が激突する運命の戦場に、ゼクスたちのハンマーの音が、トントンと不気味に響き渡るのだった。




