072 冒険者ギルドの攻防! もふもふを愛する女騎士の覚醒と、非情なる一斉掃討
その後、レンの軍勢は街に残る他の傭兵団の拠点をすべて、流れるような手際で制圧していった。衛兵の詰所と同様、有能な交渉人カルマンによる理路整然とした「詰みの説明」が完全に功を奏した形だ。
「これで……残るは冒険者ギルドだけだな」
「そうなりますね、領主様」
レンの呟きに、今や完全に忠実な案内役となった元傭兵団長のラバンが深く同意の声を漏らす。
「よし、サクッと終わらせに行こうか」
「ガフガフ!(腕が鳴るワン!)」
「ウォン!(了解だワン)」
レンの両脇を、最側近のワイマラナー風アハトとボルゾイ風ノインが堂々たる歩調で進む。その少し後ろからは、ラバン、元騎士団長マディソン、衛兵隊長ネイサンという街の旧・幹部陣、そして数百匹の重装コボルト騎士団が、主人の覇気に引っ張られるように無言で後に続いていた。
すると、がらんとした大通りの向こうから、トコトコと短い足でこちらへ走ってくる影があった。
「わんわん!(あ!マスター、ワン!)」
「わんわん!(マスター!ワン!)」
それは、レンが街の路地裏や隠密捜索用に巡回させていた、ミニチュアダックスフンド風とシーズー風の小型コボルトたちだった。一生懸命に短い脚を動かしてレンの足元へ擦り寄ってくる。
「どうした? 何かあったかい?」
「わんわん!(冒険者ギルドの前が大変だワン!)」
「わんわん(激戦になってるワン!)」
「ふむ、そうか……。ちなみに、お前たちもその戦いに参戦するのか?」
レンは、フカフカで小さく、お世辞にも戦闘向きには見えない二匹の愛らしい姿を見つめながら、(見た感じ弱そうだし、怪我でもしたら寝覚めが悪いから、行くなら止めさせよう)と内心で判断しかけた。
だが、小さなコボルトたちは賢くも首を横に振った。
「わんわん!(とんでもない、俺たちじゃ無理だワン!)」
「わんわんわん!(すでに土佐犬の親分が行ったから大丈夫だワン!)」
「なるほど、それは賢明な判断だ。引き続き、街の巡回と警戒を頼むぞ」
レンが微笑んで二匹の頭を撫でてやると、彼らは嬉しそうに尻尾をちぎれんばかりに振った。
その時、後ろから「あの……っ」と熱のこもった、しかし恐る恐る不自然に上ずった声が上がった。
「ん?」
振り返ると、副団長だった女性騎士オリビアが、頬を赤らめてレンを上目遣いで見つめていた。
「あの……その、巡回中のその可愛い子を、ちょっとだけ抱っこしても良いかしら……!?」
「いや、今は任務の巡回中だからダメだよ。……まぁ、すべての戦争が終わって、本人たちが嫌がらずに良いって言うなら、後でいくらでもモフっていいけどね」
「――ッ!! 早く、一刻も早くこの戦争を終わらせなきゃ……!!」
凄まじい使命感と決意の表情を浮かべ、拳を固く握り締めるオリビア。
コボルトの魅力に完全に魂を奪われた女性騎士が、ここにまた一人誕生した瞬間であった。
冒険者ギルド前の不協和音
やがてレンたちが冒険者ギルドの正面広場に到着すると、そこには数人の冒険者と、数匹のコボルトの遺体が転がっていた。
「すいません、レン様……。他の組織は色好く応じたのですが、冒険者たちだけはプライドが邪魔をしたのか、私の説得に応じてくれませんでした」
先に交渉に入っていたカルマンが、悔しそうに駆け寄ってきてレンに深く頭を下げた。
「良いよカルマン、気にするな。仕方のないことさ。言葉で従わない奴らには、実力行使あるのみだからね」
「わん! わんわんわん!(マスター!お疲れワン!)」
「わんわん!(マスター!ご無沙汰ワン!)」
ずんぐりとした強靭な肉体を誇る土佐犬風のコボルトと、強面のイングリッシュブルドッグ風のコボルトが、それまで腕を組んでギルドの建物を厳しく睨みつけていたが、レンの気配を察知するや否や、一転して嬉しそうに駆け寄ってきた。
周囲を包囲していた他のコボルトたちも、一斉にレンの元へと集まってくる。
「激戦だったらしいな。怪我は無いか?」
「わんわん!(俺が応援に来たからもう大丈夫だワン!)」
「わんわん!(絶対に負けないワン!)」
「良くやった。それで、生き残った冒険者たちは今どうしてる?」
「わんわん!(ギルドの中にワン!)」
「わんわん(全員で立て籠もってるワン!)」
レンは状況を把握すると、ドラッヘをさらに一歩前に進ませ、ギルドの頑丈な建物に向かって声を張り上げた。
「おい! 中に籠城している冒険者ども、聞こえるか! 俺は辺境街の領主、レンだ! この大都市は、お前たち冒険者ギルドを除いて完全に制圧した! 今すぐ俺の配下になることを誓うなら、命までは取らないでやる! 今すぐ武器を捨てて、武装解除して表に出て来い!」
レンの容赦のない最後通牒が響き渡る。すると、ギルドの重い扉がすっと開き、数人の女性冒険者たちが両手を高く挙げながら、そそくさと外に出てきた。
「え! なに、なんだか新しく、すっごく可愛いモフモフのワンちゃんたちがいっぱい来たわよ!?」
「本当だ……! もう降伏しちゃおう。どのみち勝てる見込みなんて万に一つも無いしね」
これには、ギルドの窓から顔を半分出して様子を窺っていた男の冒険者たちが、激昂して身を乗り出した。
「おい! お前ら裏切る気かよ!?」
「目を覚ませ、敵は凶悪な魔物なんだぞ!」
しかし、両手を挙げたままレンの陣営へとたどり着いた女性冒険者たちは、冷ややかな目で男たちを振り返り、痛烈に言い放った。
「はあ!? あんた達ねぇ! 私たちが『あんなに気高くて可愛い魔物を無闇に襲うのは止めて!』って何度も止めたのに、聞かなかったのはどっちよ!」
「そうよ! 『珍しくて高く売れそうな魔物だから捕まえて剥ぎ取る』なんて言って色気出して、返り討ちに遭って死にそうになった癖に何言ってんのよ!」
「それに、日頃からあんた達にセクハラされた恨みは忘れてないわ。初めからあんた達なんか味方でも何でもないのよ、自業自得よ!」
辛辣極まる正論をぶつけられ、ぐうの音も出ない男の冒険者たち。しかし、彼らは目敏くレンの側に、大都市の騎士団長マディソンと、副団長オリビアが並んでいるのを見つけた。
「ク、クソッ……あ! おい見ろ、騎士団の幹部共がいるじゃねえか!」
「おい、マディソン団長! 助けてくれよ!」
「市民(俺たち)が魔物に襲われてんだぞ! 騎士なら魔物を切り伏せて俺たちを護れよ!」
都合の良い時だけ騎士を頼ろうと、身勝手に騒ぎ立てる男たち。
その瞬間、限界を迎えたのは、コボルトとの「戦後のモフモフタイム」を何よりの楽しみに決意したばかりの副団長オリビアだった。
「――あんたらねぇ……いい加減にしなさいよッ!!」
オリビアは怒髪天を突く勢いで叫ぶと、近くにいたマルチーズ風のコボルト騎士から「あ、ちょっと弓矢借りるわね!」と強引に強弓を引ったくり、男たちに向けて一転の迷いもなく引き絞った。
ドシュッ!!
放たれた鋭い矢が、男の冒険者の顔のすぐ横の窓枠に深々と突き刺さる。
「ひぃっ!? ひ、ひどい! 騎士のくせに魔物の味方をして、人間に矢を向けるのかよ!?」
「うるさいわね! この子たちの敵は、私の敵よ!!」
オリビアの凄まじい剣幕と、完全にコボルト側に寝返った(堕ちた)姿に、マディソン団長はそっと視線を逸らして天を仰いだ。
レンは冷え切った目で窓辺の男たちを見据え、言い放った。
「おい、お前たち、何か勘違いしているようだけど……これは【戦争】だぞ。おままごとの遊びじゃないんだ。言っておくけど、ここにいるコボルトたちは、全員が俺の正規の『騎士たち』だ。我が騎士に不当に抵抗し、この俺の指示に従わないような不届き者は、俺の領地には一人としていらない。――説得は、これでおしまいだ」
レンは男たちに引導を渡すと、ギルドを完全に包囲しているコボルト魔道部隊の方へと振り返り、静かに、しかし冷酷に手を振り下ろした。
「――まとめて、燃やせ」
「ガウッ!!(灰になれワン!)」
レンの非情な一言と共に、何十匹ものコボルトたちの杖から放たれた極大の【炎弾】が一斉に冒険者ギルドへと着弾し、難攻不落と思われた建物は瞬く間に激しい爆炎の渦へと呑み込まれていくのだった。




