071 有能すぎる交渉人の誕生! 10歳王子の電撃「無血開城」ロードと、もふもふに呑まれる詰所
「ああ、そこの傭兵の皆さん。おたくらのリーダー……団長かな? は、どこに居ますか? もしかしたら、さっきの爆撃でもう死んじゃいました?」
レンがドラッヘの背の上から無造作に問いかけると、生き残った傭兵たちが、まるで示し合わせたかのように一斉に一人の屈強な男へと視線を向けた。
「あ、ああ……俺が、その団長だ。……です」
完全に気圧され、無理やり語尾に「です」をつけた男に対し、レンは満足そうに微笑んだ。
「なるほど、生きていて何より。じゃあ、これからの道案内は団長さんに代わってもらいましょうか。――使用人の君、君はもう役目を果たしたから、領主館に戻って休んでいいよ」
レンは、恐怖で膝がガクガクと震え、今にも泡を吹いて倒れそうになっていた館の使用人に優しく声をかけた。
「近くにいる君、この方を安全に館まで送ってあげて」
レンが近くに控えていた柴犬風のコボルト騎士に念話で指示を出すと、「ワン!(任せるワン!)」と短く吠えて使用人の肩に優しく前足を添えた。
魔物と歩く恐怖はあるものの、前線から解放された安堵で涙を流しながら去っていく使用人を見送った後、レンは傭兵団長の顔をまっすぐ見据えた。
「さて、ここから一番近い『まだ潰していない傭兵団の拠点』か『冒険者ギルド』、あるいは『衛兵の詰所』へ案内してください」
「わ、分かった……。一番近いのは、衛兵の詰所だな」
滝のような冷や汗をかきながら、傭兵団長はごくりと唾を飲み込んで答えた。
「あ、そうだ。またいきなり攻撃して死人が出ても寝覚めが悪いし、誰か先走って詰所に向かわせ、我々に余計な抵抗はしないように事前に伝えてもらいましょうか。……誰か適任の人選をよろしく」
レンの冷徹極まる「提案」に、団長は生き残った傭兵たちを素早く見回し、一人の男を指差した。
「カルマン! 交渉が得意なお前が行ってこい。……いいか、できるだけ奴らに抵抗させないように、全力で説得するんだぞ」
「はい。畏まりました」
カルマンと呼ばれた男は、緊迫した状況を察してすぐさま全速力で衛兵の詰所へと走り出した。
「ウォンウォンウォンウォン(マスター、あの人が一人で街を歩いたら、さっきの命令のせいで他のコボルトに『家から出た反逆者』として瞬殺されるワン)」
レンのすぐ横に立つボルゾイ風のノインが、賢くも重要な懸念を指摘してきた。
「あ、確かにそうだね。うっかり処刑しちゃうところだったよ。ノイン、教えてくれてありがとう。――誰か足の速い子、あの人に同行して、他のコボルトたちに事情を説明してあげて」
「わんわん!(任せてワン!)」
レンの指示に、流線型の美しい体躯を持つグレーハウンド風のコボルト騎士が小気味よく返事をし、脱兎の如き速度でカルマンの後を追って行った。
そんな「魔物と人間の言葉で普通に意思疎通している10歳児」の異常な光景を、傭兵たちは狐につままれたような表情で不思議そうに見つめていた。
レンはドラッヘを進めながら、並走する団長に気さくに話しかけた。
「改めて。私は辺境街の領主、レンです。団長さん、貴方の名前も聞いておきましょうか」
「あ、ああ……。俺はラバンだ。……です。宜しくた……いや、お願いします、領主様」
「ふふ、そんなに畏まらなくても、普段通りの口調でいいですよ」
「あ、ああ……感謝する」
ラバンはそう言いつつも、レンの背後に従う数百匹の黒鉄のモフモフ軍団を見て、とてもタメ口など叩けないと心の中で戦慄していた。
その後、レンたちの大軍勢が衛兵の詰所に到着すると、驚くべきことに、そこにいた衛兵たちは全員が武器を床に置き、大人しく整列して待っていた。
「おや、カルマンさん。説得が完璧に上手くいったようですね。随分と優秀な交渉人だ」
レンが感心したように声をかけると、先回りしていたカルマンが恭しく一礼した。
「いえ、当然の結果です。既に街の領主は殺害され、最大戦力だった騎士団も一瞬で壊滅。街中には見たこともない重装の魔物が溢れ返り、抵抗する者を片っ端から処刑している……。そんな凄惨な死体が転がる現状を目の当たりにすれば、これ以上の抵抗がどれほど無駄か、バカでも分かります。後は、犬死にしないために大人しく従うしかないでしょう」
「冷静な判断ですね。てっきり、街の騎士や衛兵といった『公的な組織』は、最後までプライドを捨てずに抵抗してくるものだと思っていましたよ。……よし、カルマンさん。貴方はその高い交渉力を活かして、このまま残りの傭兵団の拠点と、冒険者ギルドにも先回りして同様に説得を行ってください。条件は『抵抗せず俺の配下に入るなら、建物の前に武器を持たずに整列していること』。良いですね?」
「分かりました。不本意ながら、私もこの大都市には長年の愛着があります。これ以上、知り合いや無駄な命が殺されないよう、全力で説得してまいります」
「宜しい。それでは、お願いしますね」
レンは、カルマンと護衛のグレーハウンド風コボルトが、再び街の奥へと疾走していく背中を静かに見送った。
カルマンの姿が見えなくなると、レンは詰所に残された傭兵の生き残りと、怯える衛兵たちの方へと向き直った。
「この中に、衛兵の隊長さんは居ますか?」
「……私が、隊長のネイサンです」
一歩前に出た、髭面のガッシリとした男が緊張した面持ちで名乗り出た。
「ネイサンさんは、街の構造に詳しそうなのでそのまま俺の後ろについて来て下さい。――その他の衛兵の皆さんは、武器を持たずに、今すぐ街中に散らばっている『先ほどの戦闘の死体』を綺麗に片付けてください。もちろん、作業中は街を巡回しているコボルトたちに、絶対に不審な動きや抵抗を見せないこと」
「承知……いたしました」
ネイサンが苦渋に満ちた声で答える後ろでは、残された衛兵たちが、周囲を包囲するコボルト騎士たちを凝視してガタガタと震えていた。
「コ、コボルト……!? 嘘だろ、本当にコボルトなのか? あの最弱の、茶色い泥臭い魔物が……なんでこんな、騎士みたいな格好をして……」
「信じられん……あの禍々しいオーラ、俺たちより遥かに強いぞ……」
驚愕と困惑を隠せない衛兵たち。レンは彼らの様子を見ながら、念話で周囲の眷属たちに告げた。
「巡回中の他のコボルトが、彼らを『違反者』として誤殺しないように、この衛兵たちに何匹か同行して、作業の目印になってあげて」
「わんわん!(了解だワン!)」
数匹のコボルト騎士たちが嬉しそうに尻尾を振りながら、衛兵たちの先導役として歩き出す。こうして、カルマンという優秀な手駒を得たレンの「無血開城作戦」は、大都市の全ての組織をモフモフの支配下へと呑み込んでいくのだった。




