007 生活魔法にマジックバッグ! 女たちの無茶振りと、もふもふ薬師の金言
ガタゴトと規則正しく揺れる馬車の車内。
護衛の大人たちに交じってモンスターの死骸処理の手伝いを終えたレンは、席に戻ると、これまでの経緯や自分のスキルについて、車内の同乗者たちへぽつりぽつりと話し始めた。自分がミッキー侯爵家の三男であり、外れスキル『コボルトテイマー』を発現したため、辺境の開拓村へと赴く途中であることなどを、差し障りのない範囲で伝えたのだ。
「へぇ、レンくんはコボルトテイマーだったのね」
膝の上で気持ちよさそうに眠る秋田犬そっくりのコボルトを、愛おしそうに撫で撫で、モフモフしながら老夫婦の婦人が言った。
「あんなに気味悪くて、汚くて、臭いコボルトが、生活魔法一つでこんなに可愛いモフモフになるなんて……。目の前で見たけど、まだ信じられないわ」
「うう、本当にモフモフいいなぁ……」
「私も思いっきりモフモフしたい……。あの柔らかそうな毛並み、たまらないわ……」
馬車に同乗している魔法使いの女、狩人の女、そして商人の使用人の女の三人は、婦人の膝の上で「ふにゃん」と脱力しているアインスを、喉から手が出るほど羨ましそうな目で見つめている。
「コボルトテイマーなんて、今まではどうしようもないハズレスキルだと思ってたけど……ちょっと羨ましくなってきたわね」
狩人の女は、今すぐにでもコボルトに触りたそうに手を伸ばしかける。しかし、さっきまで散々「弱っちい」「何の戦力にもならない」とコボルトの悪口を言っていた手前、気まずそうにそれ以上は手を出せないでいた。
◇◇
「――時に、レン様。お話を聞けば、辺境の開拓村の領主殿、ということでよろしいですか?」
それまで静かに話を聞いていた商人の男が、鋭く商機を感じ取ったのだろう。パッと顔を輝かせ、ニコニコと揉み手をしながらレンに話しかけてきた。
「いやいや、領主なんてとんでもない。ただの小さな村ですから、良くて村長ですよ。その村長だって、自分にまっとうに務まるかどうかも分かりません」
「ははは、ご謙遜を! 腐ってもヨショリ侯爵様の実子であらせられるのだ、侯爵様の後ろ盾さえあれば、辺境の村人ごとき誰も逆らいはしませんて」
「……そうですかねえ?」
実家から事実上の追放をされた身としては、後ろ盾などあってないようなものなのだが、レンは曖昧に苦笑いを返した。
「そうですとも、そうですとも! ……ところでレン様。今後もそのコボルトを従え、行動を共にするおつもりならば、先ほどの『クリーン』の魔法は必須じゃないですか?」
「確かに……毎回あんな風に汚れて臭くなられたら、たまったもんじゃないですね」
「でしょう! そこで、ちょうど良いものがございます。ここに、使えば誰でも『クリーン』の生活魔法が覚えられる魔導のスクロールがございます。レン様にはお安くしておきますよ!」
商人が懐から取り出したのは、一本の古びた巻物だった。
スクロールは、主にダンジョンなどで入手できる、読んだ者に一瞬で魔法を習得させる貴重なアイテムだ。ただし、一回使うと消滅してしまう使い切りである。
その中でも生活魔法のスクロールは、ダンジョンの比較的浅い階層でも頻繁に入手できるため、戦闘用や回復用の高度な魔導書に比べれば、一般人でも手の届くかなり安価な値段で取引されていた。
「そうですね……今後を考えたら絶対に必要だ。買います、お幾らですか?」
商人は、レンが懐にずっしりとした巾着袋(侯爵から渡された多めの金子)を持っていることを見逃さなかった。上客だと確信した商人は、ここぞとばかりに目が¥マークになり、あれやこれやと便利な旅の道具を勧めてくる。
レンは前世のゲーム知識で相場を確認しつつ、商人に足元を見られないように交渉し、取り急ぎ『クリーンのスクロール』と、荷物を大量に収納できる『中型のマジックバッグ』を購入することにした。
これさえあれば、今後の逃亡生活も開拓村での暮らしも格段に楽になるはずだ。
◇◇
「……あのね、レンくん。私は昔、街で薬師をしていたのよ」
商人とレンの取引が一段落して一息ついた頃、アインスを優しく撫で続けていた婦人が、穏やかな声でレンに語りかけてきた。
「そしてね、昔、一匹の犬を飼っていたの。とても賢くて利口な子だったわ。私の仕事をよく見ていてね、特定の薬草の匂いを覚えたら、森の中での薬草採取で大活躍してくれたのよ」
「そうなんですか」
「そうなのよ。犬に似た特徴を持つコボルトなら、きっと同じこと、いえ、それ以上のことができるわ。だから私はね、コボルトテイマーも決して世間で言われるような悪いスキルではないと思うのよ」
「――っ。そう、だと良いのですが」
実家で「恥さらしのゴミスキル」と罵られ続けたレンの胸に、婦人の温かい言葉がじんわりと染み渡る。前世の隠しデータ知識だけでなく、この世界の住人から初めてスキルを肯定されたのだ。
「大丈夫よ。だって、こんなに健気で可愛いんだから。きっと良い子に育つわ」
婦人はコボルトの頭を優しげに見つめ、愛おしそうに何度も撫でている。
「ねえ! もし次にまたコボルトが襲ってきたら、絶対にテイムしなさいよ!」
そのもふもふパラダイスな光景をずっと指をくわえて見ていた狩人の女が、辛抱たまらんといった様子でレンに身を乗り出してきた。
「そうね! 異議なし! 最低でもあと二匹は絶対にテイムしてよね!」
魔法使いの女も、今度こそ自分がコボルトのもふもふを独占して触りたいらしく、目を輝かせて鼻息を荒くする。
「え~、どうせなら三匹テイムしましょうよ! 私だって四六時中もふもふしたいです!」
さっきまで死骸に油をかけて燃やしていた商人の使用人の女まで、我慢の限界とばかりに参戦してきた。馬車の中の女性陣による、凄まじいもふもふ包囲網である。
「ちょっと、勝手なことを……コボルトを連れ歩くのだって、食料代がかかるんですよ?」
レンがもっともな苦言を呈すると、魔法使いの女がドンと自分の胸を叩いた。
「そこは心配いらないわ! 次の大きな街に着くまでのコボルトの食料は、私たちが全額保証してあげるからさ!」
「よし、決定ね! レン、次のコボルトは私たちが索敵して生け捕りにしてあげるから、覚悟しておきなさい!」
狩人の女が満面の笑みで勝手に話を決定してしまった。
(おいおい、俺の意見は無視かよ……)
レンは苦笑しつつも、賑やかになった車内を見渡した。前世でも現世の実家でも、常に冷遇され、居場所のなかった自分。それが今、不格好なハズレスキルのおかげで、こうして人と笑い合っている。
膝の上で「ワフ……」と幸せそうに寝息を立てるアインスの温もりを感じながら、レンは辺境への旅路が、思ったよりも悪くないものになりそうだと確信するのだった。




