067 軍隊(一万)になる前に間引け! 常識をドブに捨てる「超・非正規ゲリラ戦」が始動する
王都の玉座の間には、信じがたい報告がもたらされ、重苦しくも激しい怒りの炎が渦巻いていた。
「陛下! 辺境の開拓村……いえ、いまや隣街を制圧したレン様から、使者ジャックの首が箱に詰められて送られてまいりました……っ!」
「何だとおぉぉ!? あの出来損ないのハズレスキルめ、完全に王家に牙を剥き、仇をなすというのか! 許せん……絶対に許せんぞ! ……しかし、今は隣国エマとの全面戦争中。中央の国軍を辺境に回す余裕はない。……よし、我が派閥の重鎮、コジマ公爵に出陣を命じよ! あの生意気な小僧の首を即座に撥ねて持って来いとな!」
◇◇
「――という事になったらしいわよ、レン」
辺境の街の領主館。ヘレナが自らのテイム能力で操る隠密の「間諜ネズミ」の毛並みを優しく撫でながら、王都の動向をレンに伝えた。
「コジマ公爵かぁ。やっぱり思った通りだね。我が領地に一番近くて、武力も高くて確実。まさに辺境の抑えの切り札たる将軍だからね」
「本当に大丈夫なの? 私でも名前を聞いた事があるくらいの有名人よ。相当強いんでしょ?」
「うん、まともに戦ったらね。コジマ公爵領の最大動員数は優に一万を超える。今のうちの戦力で、正面から平原でぶつかったらまず勝てないよ」
「えええええ! 駄目じゃん! 負けちゃうじゃない!」
ヘレナが声を裏返して机を叩く。
「ははは、だから『まともに戦わない』から大丈夫さ。ね、フェルダー?」
レンは、隣で腕を組んで報告を聞いていた総大将フェルダーに、にやりと不敵な笑みを向けて同意を求めた。
「はぁ……初戦からとんでもなく責任重大だな、領主様。だが、事前にレン様と決めていた通りの作戦なら、確かに勝機はある。やってみるよ」
フェルダーは少し自信なさげに頭を掻きつつも、その瞳の奥には元Aランク冒険者としての鋭い闘志を宿らせていた。
「大丈夫だって。この世界の退屈な『戦争のルール』に、わざわざうちが付き合ってあげる必要はどこにもないんだから。卑怯上等、勝てば官軍だよ」
「この世界って……レン様は一体どこの世界の人なんだか」
ヘレナが呆れたようにため息をつく。
「それはトップシークレットです」
レンは悪戯っぽくウインクしてみせた。
レン流・悪魔の各個撃破戦略
通常、この異世界において街の常備兵(プロの兵士)は、多くても精々500人程度だ。ではなぜ、コジマ公爵が一万人という大軍を動員できるのか。
理由は単純で、領地内の各村や街で暮らす一般の農民や市民を徴兵し、さらに金で動く傭兵たちをかき集めるからだ。
当然、彼らを集めた後は、軍隊として機能させるための「簡単な集団訓練」を施す必要がある。
【兵を募集・徴兵する】 →【領都に集まる】 →【集団訓練をする】
この一連の工程が必要となるため、動員数が多ければ多いほど、軍が完成するまでには数週間から数ヶ月という長い「準備期間」が発生する。
普通の戦争なら、敵国側も同じように時間をかけて軍を整え、お互いに「準備万端」になってからドカンとぶつかり合うのが暗黙の了解(常識)だった。
しかし、一万人もの大軍にひとたび陣形を組まれてしまえば、いくら一騎当千のコボルト騎士が揃っていようとも、数で押し潰されるのは明白。
なら、どうするか?
「軍隊(一万人)」になる前に、すべて個別に叩き潰せば良い。
敵の軍隊が出来上がるのを、こちらが悠長に待ってあげる利点など皆無なのだ。
モフモフ・ゲリラ部隊の隠密浸透
ここで大いに活きるのが、我がコボルト騎士たちの圧倒的な「機動力」、そして人道を外れたレベルの「嗅覚と聴覚」だった。彼らは人間の気配を事前に察知し、人を完璧に避けながら道なき道を進むことができる。
コジマ公爵領は広大だが、関所を通らなくても、険しい山道や深い森といった「道なき道」を行けば、誰にも気づかれずに領内へ侵入することが可能だった。
現在、開拓村で動員できるコボルト騎士の数は1,500匹以上。彼らは誰一人として人間に目撃されることなく、あちこちの境界から一斉にコジマ公爵領内へと忍び込んでいた。
各村から徴兵の募集に応じて、少人数で移動を開始する「兵になる前の一般人」を狩るなど、訓練されたコボルト騎士にとっては赤子の手をひねるより容易い。
しかも、彼らは一目で「徴兵に応じた人間だ」と判別できた。
公爵領といえど、一万人分の武器や防具を領都で一から支給する余裕などない。そのため、徴兵される者たちは皆、自宅から錆びた剣や使い古した皮鎧を引っ張り出し、予めそれを装備して意気揚々と領都を目指して歩いているのだ。
そんな、数人単位でトボトボと道を歩く無防備なマヌケたちを、コボルトたちは物陰から奇襲し、確実に間引いていった。
コボルト騎士たちは、軍隊としての集団行動の訓練はしていない。しかし、冒険者の訓練、つまり「少数のパーティーで戦うこと」に関してはプロフェッショナルだった。
基本は4〜5匹のパーティーを一組とし、それが二組または三組で連携を取りながら、コジマ公爵領内を縦横無尽に駆け巡り、敵に姿を見せることなく徴兵の網をズタズタに引き裂いていく。
傭兵団の同時並行制圧作戦
一方、ある程度まとまった戦力であり、街から離れた砦や集落に拠点を持つ「傭兵団」に対しては、人間の幹部たちが動いた。
総大将フェルダー、槍術士ゲイル、魔道士ダリア、弓術士エリーの4人が、それぞれ200匹ずつのコボルト騎士を率い、あちこちに点在する傭兵団の拠点を「同時に、並行して」急襲する作戦に出たのだ。
まとまった傭兵団と言っても、一つの拠点にいるのはせいぜい50〜80人程度。
そこに、最新のフルプレートアーマーを装備し、徹底的に訓練された200匹のコボルト騎士が奇襲を仕掛けるのだ。まともに戦えば一溜まりもない。
ただし、レンは一つだけルールを決めていた。
「まだ徴兵に応じるかどうかも分からない傭兵たちを、問答無用で皆殺しにするのはさすがに可哀想だからね。まずは一声かけて『我が軍門に下るか?』と聞いてあげて。大人しく降伏するなら良し、反抗する場合は徹底的に叩き潰す。攻撃の途中でも、負けを認めて降伏したら許してあげてね」
200匹のコボルトが一斉に集団で領地に入れば流石に目立つため、彼らは5匹ずつの隠密チームに分かれて公爵領へ侵入し、事前の偵察で割り出していた「傭兵団アジト付近の集合場所」へと寸分の狂いもなく集結していった。
フェルダーたち人間幹部は、コボルトたちの異常な移動速度に合わせるため、単独で自慢の騎竜に跨り、堂々と街道から公爵領へと侵入した。
彼らの表の身分は、今なお自由なギルド資格を持つ「凄腕の冒険者」である。国が戦争中だろうが、ただの移動であれば怪しまれることなく、自由に領地を行き来できるという盲点を突いた完璧な隠密行軍であった。
コジマ公爵が一万の大軍を編成しようと悦に浸っている裏で、その手足となるはずの戦力は、レンの張り巡らせたモフモフの網によって、音もなく確実に消し去られていくのだった。




