062 愚王子のあっけない最期と、電撃の宣戦布告! 「街を落としにいく」王子の超決断
「門を開けなきゃ押し通るまで! てめえら、まとめて灰になりやがれ! 【ファイアスラッシュ】!!」
完全に頭に血が上ったアキツナは、腰の細剣を激しく引き抜くと、刀身に貧弱な炎を纏わせた。そして、これ見よがしに大声を上げながら、開拓村の巨大な正門へと斬りかかった。
アキツナの脳内イメージでは、魔力を込めた一撃によって頑丈な正門がスパッと真っ二つに斬り払われ、腰を抜かしたレンが恐怖に震え上がるはずだった。
――キンッ。
しかし、現実は非情だった。虚しく響いた金属音と共に、アキツナの剣はあっさりと弾き返され、門には傷一つつかなかった。バーク率いるコボルト職人たちが総力を挙げて鍛え上げ、防衛魔法のルーンまで刻み込んだオリハルコン配合の特製門が、人間一人の生ぬるい魔法剣ごときで破れるはずがなかった。
「な、なんでだあああ! 俺の魔法剣がああああ! てめえ、レン! 何をしやがった! 卑怯な細工をしやがってえええ!」
門の前で地団駄を踏み、幼児のように喚き散らす実の兄。防壁の上からその醜態を冷めきった目で見下ろしていたレンは、一切の躊躇なく、冷徹な決断を下した。
「――ドライ、斬れ」
淡々と放たれた、死の宣告。
「ガウ!(了解だワン)」
「【召喚】」
レンが短く呟いた瞬間、アキツナのすぐ真横の空間がグニャリと歪み、ドーベルマン風のコボルト・ドライが唐突に姿を現した。
「ひぎゃっ!?」
アキツナが驚愕に目を剥いた刹那、ドライは迷うことなく、逆手に握った禍々しいゴブリンジェネラルの剣を真横に一閃した。
ザシュッ、と肉を断つ鈍い音が響き、アキツナの首が宙を舞う。自分が死んだことすら理解していないような間抜けな表情の頭部が地面をごろごろと転がり、その後に崩れ落ちる胴体。宮廷でレンを虐げていた哀れな元王子は、一言の悲鳴すら残せず文字通り「秒殺」された。
「【送還】」
ドライの姿が瞬時にかき消え、防壁の上のレンの横へと戻ってくる。レベルが爆上がりした今のレンは、テイムしている眷属を射程内であれば一瞬で手元に呼び出し、送り返すという「位置替えチート」まで習得していたのだ。
「ご苦労、ドライ」
「ガウガウ(造作もないワン。マスターを侮辱した罰だワン)」
アキツナの無残な死体を前に、500人の辺境兵たちが恐怖で完全に硬直する中、レンは落ち着いた声を響かせ、淡々と隣り街の兵たちに通告した。
「我が領地に明確な攻撃を加えた不届き者は、領主としてその場で成敗した。……だが、今の行為をもって、辺境の街から我が開拓領への『宣戦布告』として正式に受け取らせてもらう」
レンの冷たい視線が兵たちを射抜く。
「フィア、やれ」
「ワオーン!(任せてワン!)」
フラットコーテッドレトリバー風のフィアがレンの指示に応えて前足を高く掲げると、防壁の上にずらりと並んでいたコボルト魔法部隊が一斉に立ち上がり、一糸乱れぬタイミングで呪文を唱えた。
「わんわんわん(【陥没】! ワン!)」
ガガガガン!!!
凄まじい地響きが鳴り響く。
隣街の兵たちが密集して立っていた地面が、広範囲にわたって突如50cmほど綺麗に陥没した。予期せぬ足場の崩落に、兵たちは「うおっと!?」「なんだなんだ!?」と激しく体勢を崩し、ドミノ倒しのように次々と転倒していく。
「大規模な戦略魔法だと!?」
「まさか、これほど広範囲の土魔法が、こんな辺境の地で……」
「しかも人間じゃなく、コボルトが放ったというのか!?」
パニックに陥る兵たちを見下ろし、フィアは掲げていた前足を鋭く振り下ろした。それを合図に、コボルト魔法部隊が一斉に【炎弾】を解き放つ。
一発一発は一般的な威力だが、数十発の炎弾が中央の一点に集中したことで、それは太陽の一片かのような巨大な炎の塊と化し、密集していた兵たちの頭上へと容赦なく降り注いだ。
ドガァァァン!!!
「ぎゃあああああ!!」
「熱いいいいい! 助けてくれえええ!!」
「水だ! 水をくれえええ!」
爆風と激しい炎が辺り一面を包み込み、鎧や衣服に火が燃え広がった兵たちが、狂ったようにのたうち回る。
辛うじて直撃を免れた端の兵たちは、陥没した穴から這い出ると、武器を投げ捨てて一目散に元来た道を逃げ出そうとした。
「逃がすなよ。――【召喚】」
「わんわん(任せてワン!)」
「わんわんわん(一匹も逃がさないワン!)」
レンが防壁の上から手をかざすと、逃走経路の先へ、マチェットを構えた屈強なコボルト騎士たちが次々と転送された。背後からの炎と、前方からのもふもふ一騎当千騎士団。挟み撃ちとなり、重い火傷でまともに走ることすらできない隣街の兵たちは、コボルトたちの電撃的な連携によって瞬く間に討ち取られていった。
あっという間に静まり返った戦場を見つめ、レンは防壁から降りて正門を開けさせると、コボルトたちに遺体の片付けを指示し、隣に立つヘレナを振り返った。
「ヘレナ、悪いけどドラッヘをここに召喚してくれ」
「……え? ちょっと、何処に行く気よ?」
ヘレナが目を見開いてレンの顔を覗き込む。
「隣の街へ行く。まさかアキツナを噛ませ犬に使って、本当に攻めて来るとは思わなかったからね。……このまま、あの街を落として(制圧して)来るよ。主力兵500人を一気に失った今なら、向こうの防備はスカスカだ。簡単に制圧できる。だけど、ここで時間を空けてしまうと、向こうの領主に体制を整えられたり、中央に妙な報告をされて手間がかかるからね。今すぐ動くのが一番確実だ」
「ええっ!? ちょっと待ってよ、まさか一人で行く気!?」
「まさか。道中の足としてはドライたちを連れて行くし、街に着いたら現地で直接、うちのコボルト騎士たちを大量に【召喚】するよ。だから心配いらない。今行かないと手遅れになるんだ」
「だったら私も行くわ!」
「いや、ヘレナはここに残って、村の後片付けと臨戦態勢の維持をお願いする。もしもの時のために、村の防衛の要が居てくれないと困るんだ」
「ん〜……確かにそうだけど、圧倒的に人手が足りないわね。……分かったわ、急ぎたいんでしょ。早く乗って!」
ヘレナは悔しそうにしながらも、領主としてのレンの的確な判断を信じ、パッと手を前に突き出した。
「しょうがないわね、無理だけはしないでよ?」
「無理は承知さ。すべては、この俺たちの村を守るためだからね」
「これだけは絶対に約束して。『命を大事に!』。分かった?」
「そりゃあもちろん守るよ。俺だって死にたくないからね」
「だったら良いわよ。――出でよ、ドラッヘ!」
ヘレナが呪文を唱えると、魔法陣から巨大で雄々しい騎竜ドラッヘが姿を現し、力強く咆哮した。
レンは素早くドラッヘの背へと飛び乗ると、鋭い眼差しで足元の従魔たちを見下ろした。
「ドライ、ノイン、行くぞ! 道中の護衛とおとり役を頼む。残りのみんなは、俺が街に着いたらすぐに現地へ召喚するから、いつでも戦えるように準備をしておけ!」
「ガウ!(了解だワン!)」
「ウォン!(マスター、任せてワン!)」
ドーベルマン風のドライと、ボルゾイ風のノインが頼もしく吠えてドラッヘの左右につく。
ツヴァイやフィアをはじめとする他のコボルトたちは、自分たちも今すぐレンについて行きたくて不満そうに耳を伏せていたが、「現地で呼ばれる」と理解すると、すぐに気合を入れ直して了解の遠吠えを上げるのだった。
「よし、行くぞ! ドラッヘ、全速力だ!」
レンを乗せたドラッヘが力強く地を蹴り、アキツナたちの生首が転がる戦場を後に、急襲の待つ辺境の街へと向かって弾丸のように突き進んでいった。




