059 蠢く陰謀と怨嗟の火種――廃嫡された兄アキツナ、辺境の富を狙い動き出す!
「隣の芝生は青く見える」とはよく言ったものだが、それが「青く見える」どころか「急激に黄金色へと変わり、猛烈な勢いで発展している」となれば話は別だ。
すぐ隣にそんな異常な急成長を遂げる領地があれば、心中穏やかでいられず、激しい嫉妬と妬みを募らせる領主など、この世界のどこにでもいる。
レンの開拓村に隣接する辺境の街を治める領主も、御多分に漏れず、そんな陰険な領主の一人であった。
本来であれば、今すぐにでも兵を動かしてその富を奪い取りたいところだが、いかんせん相手は「王子」が統治する領地である。いくら辺境に追いやられた身とはいえ、王族相手に迂闊に手を出せるはずもない。
しかも、この隣領の領主には、どうしても面白くない事情があった。
少し前、自分の街を拠点としていた冒険者ギルドのギルドマスターが、開拓村を襲撃するという大不祥事をやらかしたのだ。
その際、領主である自分に他意(反逆の意思)がないことを証明するため、なけなしの領地予算から「少なくない賠償金」をレン側へ支払う羽目になっていた。ただでさえカツカツな辺境の領地経営が、そのせいでさらに厳しくなっており、毎日が忌々しくて仕方がなかったのだ。
自分の領地に属し、しかも役職が上の者が他領を襲撃したのだ。監督不行き届きによる責任は免れず、下手をすれば領地間の全面戦争に発展してもおかしくない大案件である。
もし、相手がただの「開拓村」だけなら、戦争になっても何の問題もなかった。数に任せて蹂躙すれば良いだけだ。村の人数なんて高が知れている。
だが、やはり「領主が王子であること」が最大の障壁だった。仮に村を蹂躙してレンを殺害したとしても、その後、王家がその肥沃な土地を直轄地にするため、中央から本気の討伐軍を派遣してくるに決まっている。
いくら国中から「役立たずのコボルトテイマー」と見限られ、当てにされずに辺境へ飛ばされた庶子の王子だとはいえ、実の息子を殺されれば、王家にとっては完璧な『大義名分』となる。むしろ、息子を殺されて何も動かないなど、王家の権威を著しく損なうため、国王としても軍を出さないわけにはいかないのだ。
(……ん? 待てよ……?)
そこまで思考を巡らせたところで、隣領の領主は、ある決定的な違和感に引っ掛かった。
(もしも……『王家が軍を派遣するだけの大義名分』が、最初から無かったとしたらどうだ……? 現在、我が国は他の国と小競り合いを続けている。そんな現状で、大義名分もなしにわざわざ貴重な中央軍を辺境に派遣する余裕など、あの国王にあるはずがない。……うん、絶対にないぞ!)
領主の濁った瞳に、にやりと邪悪な光が灯る。彼はそこに、喉から手が出るほど欲しかった「隣の村を合法的に攻略する鍵」を見出したのだ。
急発展しているあの豊かな村を、どうしても自分の領地に組み込み、賠償金以上の富を搾り取りたいと常々考えていた男の執念だった。
現在の国王は元侯爵であり、この領主にとってはかつての寄親(後ろ盾)にあたる。だからこそ、王家のお家事情や国王の冷徹な性格は、痛いほど熟知していた。
コボルトテイマーという最弱のハズレスキルを発現したことで、辺境の村へと実質追放された庶子の王子、レン。
領主は、国王が庶子のレンを辺境へと飛ばす引き金となった、あの決定的な宮廷事件の顛末を思い出す。
――王家の次男であるアキツナが、レンの放った一言がきっかけで不敬と無能を晒し、一瞬で廃嫡へと追い込まれたあの事件だ。
(これだ……! これを使わん手はない!)
領主は暗い部屋の奥で、じわじわと陰謀の網を広げ始めた。王家の内紛を利用し、あらゆる手管を使って開拓村を合法的に陥れるための謀略を――。
◇◇
それからしばらくして。
実しやかに囁かれる「ある妙な噂」が、風に乗って国王の耳へと届き、王都の貴族街でもにわかに話題になり始めていた。
曰く――辺境のあの開拓村には、他領には出回らないはずの貴重な回復薬が、倉庫から溢れるほど大量に隠し持たれている。
曰く――辺境のあの開拓村では、人間ではないコボルトの労働力を悪用し、不当に国への人頭税を逃れて暴利を貪っている。
まあ、イアンとレンがやっていることなので「すべて完全に事実」なのだが、急成長を見せる開拓村の噂は、当然ながら国王の関心も引いていた。
国王はすぐに実情を探らせようと、王家直属の隠密・諜報部隊を極秘裏に派遣したのだが……どういうわけか、村に近づいた密偵たちは誰一人として有力な情報を持ち帰れず、内情を全く入手することができなかった。
(※クリーン魔法で匂いを消し、ゲイルたちにシゴかれた一騎当千のコボルト衛兵たちが完璧に村の境界を警備しているためである)。
「……フン、捨てたはずの出来損ないの子が、泥水をすすって少しは這い上がってきたか」
実の父親である国王は、報告書を前にその程度の冷淡な感想しか持っていなかった。利用価値が出るならいずれ回収すればいい、その程度の認識だ。
――だが、レンを激しく逆恨みしている元王子の次男・アキツナは、全く別だった。
アキツナは、自分が輝かしい王位継承権を失い、廃嫡されて日陰者に落とされたのは、すべて「あの忌々しいレンのせいだ」と本気で思い込んでいる。
いくら辺境の僻地とはいえ、自分の地位を奪った元凶であるレンが、何やらコボルトを使って大成功を収め、豊かに暮らしているという噂を耳にするたびに、怒りで腸が煮えくり返りそうになっていた。
そんなアキツナの元へ、件の隣領の領主から息の掛かった使者が密かに接触する。
「どうですか、アキツナ様? あの生意気なレンの辺境の村を、あなたの手で合法的に取り上げてしまいましょう。あの莫大な富を王家に献上すれば、国王様もあなたの忠義を認め、再び継承権を取り戻す道が開けるかもしれませんよ?」
一度公式に廃嫡された身であれば、二度と王位継承権を取り戻すことなどできない。それがこの国の絶対的な常識であることを、アキツナとて頭では分かっていた。だが、
(……いや、本当に絶対に無理なのか? もし、あの冷徹な父上が『アキツナを戻す』と一言さえ言えば、すべての常識は覆るんじゃないか? 辺境のあの莫大な利益があれば、それが可能になるかもしれない……!)
焦りと怨嗟に狂ったアキツナの脳内は、すでに自分に都合の良い妄想で埋め尽くされていた。
仮に最悪、継承権そのものは取り戻せなかったとしても、あの生意気な弟を奈落の底へ突き落とし、その富を奪い取れば、今の日陰者の地位よりは遥かに高い地位へと返り咲くことができるはずだ。
「ククク……待っていろよ、レン。お前がその薄汚い魔物どもと築き上げたおままごとの楽園ごと、すべて俺が奪い尽くしてやる……!」
歪んだ野心と復讐心を燃え上がらせ、アキツナは隣領の領主が仕掛けた甘い罠に乗り、不気味に開拓村へとその魔の手を伸ばし始めるのだった。




