056 ドライの神速一閃! そして、もふもふダンジョンブートキャンプ開校へ!?
「パワーのアハト、スピードのノインってとこかな?」
レンが感心したように呟いた言葉の通り、部屋の両翼では二匹のコボルトが凄まじい大立ち回りを演じていた。
大きな体躯を活かし、豪快な力任せの横一文字でゴブリンたちをまとめて叩き斬っていくワイマラナー風のアハト。対するボルゾイ風のノインは、その美しい細身からは想像もつかないしなやかな跳躍で、ゴブリンたちの死角から急所だけを的確にハイスピードで切り裂いていく。
そんな二匹が作り出した完璧な突破口を縫うようにして、本陣のゴブリンジェネラルを目指し、ドーベルマン風のドライが一直線に駆け抜けた。
ゴブリンジェネラルは、迫り来るドライを視界に捉えると、醜悪な顔に不敵な笑みを浮かべた。そして、手にした黒く禍々しい大剣をゆっくりと引き抜き、迎え撃つ構えをとる。
大剣が放つプレッシャーはなかなかのものだったが、ドライの加速はさらにその上をいっていた。
アハトとノインが一般ゴブリンどもを蹂躙している中央を突き抜けた瞬間、ドライは爆発的な急加速を見せる。ジェネラルが防衛の一振りを繰り出すよりも早く、まるでそこに敵など最初から存在しなかったかのように、ドライの影がジェネラルの横をすり抜けた。
キィィン、と一瞬遅れて硬質な音が響く。
直後、ゴブリンジェネラルは武器ごと綺麗に真っ二つに両断され、汚い悲鳴を上げる暇すらなく吹き飛んで絶命した。
ドライはマチェットの血を鋭く払い、ふぅと息を吐いて振り返る。
「ガウガウ(ふん、これしきの雑魚、楽勝だワン)」
「おおお、一瞬で蹴りがついたな! これ、もしかしてドライ一匹だけでも余裕でクリアできそうじゃないか?」
レンが目を丸くして拍手を送ると、前衛の三匹は揃って誇らしげに胸を張った。
「ガウガウ(当然だワン、俺一人でも余裕だワン)」
「ガフガフ(俺だって一人で全部叩き潰せるワン!)」
「ウォンウォン(スピード勝負なら負けないワン、問題ないワン)」
ドライ、アハト、ノインは息一つ乱さず、まだまだ戦い足りないとばかりに余裕の表情を浮かべている。
「そっかぁ。それだけ強いなら、ちょっと良い案を思いついたなぁ」
レンはニヤリと悪巧みのような笑みを浮かべ、呟きながらボス部屋のさらに奥へと歩いていく。
「お! やっぱりあった、宝箱だ!」
部屋の最奥に鎮座する立派な宝箱を見つけ、レンが嬉々として走り寄る。
「ちょっとレン! またそうやって警戒もなしに危ないことをしようとして! 宝箱を開けるのは私の仕事だって言ってるでしょ、待ちなさいよ!」
ヘレナがぷんぷんと怒りながら追いかけてきて、手慣れた様子でパッと黒ネズミを召喚した。
ネズミの従魔が「チュチュッ」と器用に尻尾を鍵穴に差し込み、カチャリと宝箱を開ける。中に入っていたのは、ジェネラルが持っていた大剣のミニチュア版のような、どこか禍々しい波刃の片手剣だった。
「何だこれ? さっきのゴブリンジェネラルが持っていた剣にそっくりだな」
「そうね、でもちょっと小さめというか、人間サイズね」
「なるほどね。俺たちの村の中に、あんな巨大な大剣を振り回せる体格のヤツがいないから、ダンジョンのルールで通常の剣の大きさにアジャストされたのかね。……よし、これはドライ、お前が使え」
「ガウガウ!?(えっ、マスター、俺が貰ってもいいの?ワン?)」
ドライが嬉しそうにお耳をピクピクさせる。
「良いとも! 今回のボス戦で、一番最高に格好いい功労者はドライだからな」
これには、後ろで見守っていた後衛組が黙っていなかった。
「ワンワンワンワン!(えええーっ! それはズルいワン!)」
「ワォンワォン(ドライばっかりいつも狡いワン! 私だって魔法で一撃だったワン!)」
ツヴァイとフィアが、お耳をペタンと寝かせて不満そうにワンワンと大合唱を始める。
レンは二匹を宥めるように笑った。
「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。欲しいなら、後でまた取りに来ればいいさ」
「ワン?(後で?ワン)」
「ワォン?(取りに来るって、どういうことだワン?)」
「いやさ、このダンジョン、最後までゴブリンしか出ない洞窟だし、魔物のレア素材で一攫千金!って感じの儲け方はできなさそうだからな。……だったら、ここをコボルトたちの『実戦訓練場』として使い回せば良いなと思ってさ」
「ワンワン(なるほど、そういうことかワン!)」
「ただし、絶対無理はしないこと。これが大前提だぞ」
レンが真面目な顔で言い含めると、コボルトたちは「分かったワン」と賢く頷いた。
レンはヘレナを振り返り、名案を披露するように尋ねる。
「なぁヘレナ。例えば、この地下5階まで『一匹だけで最後までクリアできれば合格』みたいな、コボルトたちの昇格試験の試練にするのはどう?」
「……合格したらどうするのよ?」
ヘレナは呆れたように片眉を上げた。
「え? いや、そこまでは考えてないけど……まぁ、何かあるだろう。ご褒美とか、特別な役職とかさ」
「あるかなぁ? 相変わらず見切り発車なんだから……。それより、コボルトたちだけで回らせるなら、宝箱の罠はどうするのさ。せっかくお宝を見つけても、爆発されたらたまらないわよ?」
「あ、確かに……。どうしよう。何か良いアイデアない?」
「はぁ、本当にいつも最後は他人任せなんだから。……仕方ないわね、私のネズミちゃんを数匹、ダンジョンの入り口で貸し出し用として常駐させてあげるわ。コボルトたちにはそのネズミと一緒にダンジョンを回ってもらって、ついでに罠の解除方法も覚えてもらいましょ。そのうち、賢いコボルトたちのことだから、自分たちだけで宝箱を開けられるようになるでしょうよ。ネズミたちには、コボルトたちが無茶をしないように見張るお目付け役も兼ねさせるわ」
「おお! 完璧じゃん、それで行こう! あ、ただ、宝箱の中身で『初めて出た謎のレアアイテム』とかがあったら、一度は俺に見せて欲しいな」
レンがお願いすると、コボルトたちが一斉に誇らしげに吠えた。
「ワンワン(万事このツヴァイに任せてワン!)」
「ウォンウォン(俺が責任を持って、初出しのお宝をマスターに届けるワン!)」
ツヴァイとノインが非常にやる気を見せているので、これなら訓練場運営を任せても大丈夫そうだとレンが安心したのも束の間。
「ワォンワォン(とりあえず、私が一番最初にソロクリアを達成して、マスターの一番になるワン!)」
「ガフガフ(いや、俺が一番に決まってるワン! 筋肉の格が違うワン!)」
フィアとアハトは、完全に『レンに一番に褒められたい選手権』という意味で、バチバチと火花を散らしてやる気を見せていた。もふもふたちの競争心は、どうやら別の方向へ向かっているらしい。
「……ところでヘレナ。ここがこのダンジョンの最下層なんだよね?」
レンは部屋の隅々を見渡しながら尋ねる。
「うん、そうね。魔力の流れを見ても、もうこれ以上下にいく階段も隠し通路もないわよ」
「そっかぁ。……なぁ、ダンジョンってさ、よく物語にあるような『ダンジョンマスター』が統治してたり、部屋の真ん中に浮いてる『ダンジョンコア』があったりしないのかな?」
「……何ソレ? そんなの聞いたこともないわよ。ダンジョンはただ魔力が溜まって穴から魔物が湧き出る場所、っていうのがこの世界の常識よ?」
ヘレナは本気で「何を言っているの?」という顔でレンを見ている。
(はぁ……やっぱりこの世界には、ダンジョンマスターもダンジョンコアも存在しないらしい。ダンジョンコアを吸収してチート能力発動!みたいなファンタジー展開は起きないのかぁ……。残念……)
せっかくの初ダンジョンで、テンプレなファンタジーロマンを期待していたレンは、心の中で盛大にがっかりと肩を落とした。
しかし、そんな主人の落胆など露知らず、新調された黒い剣を嬉しそうに何度も眺めるドライと、次の「ソロ試練」に向けてお互いを威嚇し合うもふもふナンバーズたちの賑やかな声が、静かになったボス部屋にいつまでも響き渡るのだった。




