047 豚ギルマスの完全崩壊! 王子の正体と、冷徹なる領主のトドメ
「ふむ……。確かに薬草はこの街にとっても喉から手が出るほど欲しいが……」
領主は冷ややかな笑みを浮かべ、デスクの上で両手の指を組んだ。
「ギルマスよ。甚大な被害をもたらす災害級のAランク魔物ノズチを討伐し、大陸中が喘ぐほどの大量の薬草を持ち、辺境に一瞬で強固な砦を築き、挙句の果てには50人もの武装した冒険者を一瞬で塵殺できるほどの戦力を従える者が……ただの身寄りのないFランク冒険者であるわけが無かろう。なぜ、その裏にある強大な『後ろ盾』の存在に思い至らなかったのだ?」
その言葉を聞いた瞬間、ギルマスの脳内に最悪の警鐘が鳴り響いた。背中を嫌な汗が伝い、滝のように流れ落ちる。
「ま、まさか……っ!? いや、しかし、あいつはただのコボルトテイマーの、薄汚い最底辺冒険者ですよ!? そんな……う、うう……。そう言えば、今思えば色々と、おかしかった、か……?」
「はぁ……。普段はずる賢いお前が、とんだ大ポカをやらかしたものだな」
領主は心底呆れ果てたように深くため息をついた。
「り、領主様……! 一体、あのレンとかいう糞ガキの背後に、誰がいるというのですか!? まさか……領主様、あなたではない、……ですよね!?」
ギルマスは怯えきった目で領主に縋り付く。
「ふん、儂なわけがなかろう。……なんだ、本当につい先ほどまで、何も知らずにあの御方に手を出していたのか? 何の調べもなしに、ただ欲に目が眩んで襲撃したと?」
「は、はい……っ」
ガチガチと歯の根が合わなくなるギルマス。
(なんだ……? 一体何なんだ!? あのガキの背後に、ただのFランクが砦を築けるほどの恐ろしい後ろ盾がいるっていうのか!? 嘘だろ、頼むから大したことない貴族だと言ってくれ……!)
パニックに陥るギルマスへ、領主は残酷なまでの真実を、極上の冷徹さをもって告げた。
「――レン様は、この新国家の『王子』だ。後ろ盾は言わずもがな、時の国王陛下その人。……すなわち、お前が喧嘩を売った相手は『国家そのもの』だよ」
「へっ……???? ぶ、ぶははは! 領主様、騙されていますよ! あんな、あんな生意気なクソガキが王子の訳がないじゃないですか! 冗談はよしにしてください!」
ギルマスの顔がみるみる土気色に変わっていく。
(王子!? 嘘だろ、嘘だと言ってくれ! もしあいつが本物の王子だったら、俺がやったことは……仲間を率いて王族を殺害しようとした、一族郎党皆殺しレベルの『国家反逆罪』になっちまうじゃないか!!)
「おいおい、いくら儂でも、我が寄親である新国王陛下のご子息を見間違えるはずがなかろう。小さい頃の王都での拝謁でもお会いしているし、何より、ついこの間、この辺境の開拓村の領主に就任されることを国から直々に知らせに来られて、儂はここできちんと面会したばかりだぞ?」
「はぁ……っ!?」
ギルマスの口から、魂の抜けたような間抜けな声が漏れた。
「つまり、こういうことだ。お前は、まだ幼い王子が、偶然手に入れた高価な素材や大量の薬草を持っているのを知り、それを力任せに横領しようとした」
「うっ、そ、それは……っ!」
「ところが、実際にお前は『一国の王子を盗人呼ばわり』し、さらに自分のギルドに監禁して拷問しようとした。しかし返り討ちに遭い、それを逆恨みして私兵50人を集め、王子の公式な所領に対して武装襲撃を仕掛けた――。……ただの欲深くて、救いようのない、大馬鹿な盗賊の親分だな、お前は」
「し、知らなかったのです! 悪気はなかったのです! 知らなかったんだぁぁぁ!」
「お前が己の強欲さゆえに、情報を独り占めしようとして、王子を公式に『盗賊の指名手配』にしなかったことだけは、この街にとって唯一の救いだったよ。もし、何の証拠もなく一国の王子を国家の犯罪者として手配などしてみろ。お前一人の命どころか、この街も、そして儂の首も一瞬で飛んでいた。……まあ、利益を独占したかったお前は、そんなこと最初からする気もなかったのだろうがな」
「そんなぁぁ! レンが王子だなんて、冗談ですよね……っ!?」
「儂がお前の口車に乗って、あの開拓村に領軍を派遣していたらどうなっていたと思う?」
領主は立ち上がり、ギルマスの胸ぐらを掴みかねない勢いで凄まじい眼光を向けた。
「勝っても負けても地獄だ! 負ければコボルト軍団に食い殺され、万が一勝って王子を殺害などしてみろ、翌週には激怒した国王陛下直属の『国軍数万』がこの街を包囲し、儂もお前も生きたまま皮を剥がれて処刑されるわ!!」
「う、嘘……嘘だ……ひぃっ!!」
「もういいだろう。お前にはこれまで随分と裏で美味い汁を吸わせて貰ったが……流石に、国を相手に心中する趣味は儂にはない」
「知らなかったのです! どうか、どうか今回だけは見逃してください! 領主様ぁ!」
「おいおい、王子に対してここまでの大逆罪を犯しておいて、儂が独断で見逃せると思うのか? 国王陛下になんと申し開きをするのだ。……いい加減に諦めろ。往生際が悪いぞ、豚が」
「うわあああああああ!!!」
精神が完全に崩壊したギルマスは、泡を吹いて叫びながら、脱兎の如く執務室の扉へと向かって走り出した。
しかし――ガチャン!!
扉が開くよりも早く、外で待機していた領主直属の重装騎士たちが立ちはだかる。
「ぶへぇっ!?」
肉の壁に激突し、無様に床へと転がったギルマスは、瞬時に数人の騎士たちによって床に組み伏せられ、ガチガチに拘束された状態で領主の前に引き立てられた。
「ギルマス、お前の沙汰は国王陛下にすべての報告を入れた後に決まる。……安心しろ、簡単に死ねるなどと思うなよ。今回の件は、儂とて監督責任を問われかねん大危機なのだ。……これから儂は、レン王子のもとへ自らお詫びに伺わねばならん。お前の全財産を没収したところで、到底足りぬほどの賠償と、極上の誠意を携えてな」
地獄の宣告を受け、白目を剥いて失禁するギルマス。
こうして、強欲と驕慢に塗れたこの街の冒険者ギルドは、一日にして上位陣とトップを同時に失い『完全崩壊』。事実上の、無期限一時休業へと追い込まれるのだった。
――もふもふたちの楽園に手を出した代償は、あまりにも、あまりにも重すぎた。




