045 容赦なきもふもふの雨! 命を分けた決断と、逃亡豚ギルマスのあがき
「じゃあ、戦闘を放棄してギルドを抜けた人は、向かって右側に退いてください」
ヘレナの冷静な指示に従い、持っていた武器を収めてぞろぞろと移動を始める冒険者たち。その数は、全体の半数を超える約30人にものぼった。
その移動を上空から冷徹に見届け、ヘレナは一切の躊躇なく、非情なる排除の命令を下した。
「はい、説得はここまでです。……残った者たちは、我が主の領地に対して明確な盗賊・侵略行為を行ったとみなし、これより強制排除します。――総員、準備! ………放て!」
「準備!」の掛け声と同時に、防壁の上に100匹を超えるコボルト軍団が一斉に姿を現し、強弓をギチギチと引き絞った。
「えっ!?」「な、なんだあの数は!」「まさか、コボルトが弓を……!?」
「ま、待ってくれ! 撃たないでくれ!」
「俺も抜ける! 今すぐ抜けるってばぁぁぁ!」
残された者たちがパニックに陥り、泣き叫びながら武器を放り出そうとしたが、すでに遅すぎた。
「放て!」の合図とともに、漆黒の矢羽が空を埋め尽くす。それはまるで、意思を持った土砂降りの黒い雨だった。
ドスッ! ドスドスドスッ!!
凄まじい風切り音と共に降り注いだ矢が、容赦なく強欲な冒険者たちの肉体を貫いていく。コボルトたちの練度は人間の並の兵士を遥かに凌駕している。さらに彼らは「止め」の号令がかかるまで、冷徹な機械のごとく、二の矢、三の矢を正確に番えて放ち続けた。
「そこまで、止め!」
ヘレナの鋭い号令が響き渡る。ぴたりと矢を射るのをやめ、しかし次弾を番えたまま、鋭い眼光で眼下の敵をジロリと睨みつけるもふもふコボルトたち。その圧倒的な威圧感の前に、生存者たちは身動き一つ取れなかった。
死屍累々となった門前を見下ろして、ヘレナはふと眉をひそめた。
「あれ……? ギルマスの姿がないわね。あいつ、部下を盾にして一人で逃げ出したのね。本当にどこまでも救えないクズだわ」
◇◇
直後、重厚な音を立てて巨大な城門がゆっくりと開いた。
そこから現れたのは、領主であるレンと、彼を護衛する頼もしいコボルトたちだ。レンは、矢が突き刺さって悶絶している冒険者たちのうち、まだ息がある者をコボルトたちに介抱させるよう指示を出すと、真っ直ぐに戦いを放棄した元冒険者たちの元へと歩み寄った。
レンの左右には、アインス、ツヴァイ、ドライ、フィア、そしてフンフがぴたりと付き従っている。ドライたちは鋭利なマチェットを逆手に構え、いつでも主のために飛び出す万全の構えだ。
その凄まじい覇気と、もふもふした見た目からは想像もつかない戦闘オーラに圧倒され、元冒険者たちは冷や汗を流しながら思わず後退りする。
そんな彼らに向かって、レンは威圧感を消し、とても優しく語りかけた。
「元冒険者の皆さん。貴方たちはギルマスの脅しに屈せず、真実に気づいて戦いを回避した。俺は、貴方たちを『勇気があり、正しい心の持ち主』であると判断します。ヘレナが言った通り、この村の専属ハンターとして、皆さんを心から歓迎しますよ」
ついさっきまで同僚だった者たちが横で倒れている光景を前に、彼らはまだ気持ちの整理がついていなかった。しかし、自分たちの命が確実に救われ、この優しき少年領主に受け入れられたのだということだけは理解できた。皆、一様にホッとした表情を浮かべ、深く頭を下げてレンの後ろについていくのだった。
その後、戦場となった門の前では、コボルトたちが手際よく後始末を進めていた。生き残った者からは素早く矢を抜いて上質なポーションで治療を行い、命を落とした者の遺体も丁寧に回収していく。
今回の、愚かな冒険者ギルドによる襲撃の結果は以下の通りである。
死亡した冒険者:15人
重傷(致命傷を免れ、介抱された者):5人
戦闘を回避し、冒険者を辞めてハンターとなった者:30人
敵前逃亡した者:1人
◇◇
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なァァァ!!」
その頃、ギルマスは近くの茂みに隠しておいた馬の背にしがみつき、一心不乱に街へと逃げ帰っていた。
私欲にまみれた無能ではあったが、戦況を察知する逃げ足の早さだけは一級品だったのだ。
ヘレナが「準備!」と合図し、防壁の上に一斉にコボルトが現れた瞬間、彼は本能で「負け」を悟っていた。そして「放て!」の号令が下るのとほぼ同時に、唖然として動けない部下たちの背中を突き飛ばして肉の盾にしながら、自分だけはいち早く戦場を離脱していたのである。
「コボルトテイマーの分際で、あんな化け物じみた砦を築きやがって……! あれは明らかに、一個小隊……いや、一国の軍隊に相当する兵力だぞ! 冒険者ごときでどうこう出来る相手じゃない、こうなれば、領主様に泣きついて領軍を派遣して貰うしかない!」
恐怖で顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ギルマスは自らの保身とレンへの逆恨みを果たすため、辺境の街の領主の元へと馬を猛進させるのだった。しかし、彼が次に挑もうとしている相手が「新国家の王子」であることを、この哀れな男はまだ何も知らない。




