043 哀れなピエロの大演説! 勘違いの50人と、もふもふ城塞都市の余裕
辺境の街の冒険者ギルド――その建屋の前には、街中の冒険者たちが不穏な空気の中で集められていた。
お立ち台の上に立ったギルドマスターは、顔を真っ赤に染め、血管を浮き上がらせて大声で拳を振り上げている。
「みんな、聞いてくれ! 君たちの勇敢な仲間であるCランクパーティ『漆黒の翼』は、あろうことかこの冒険者ギルドの神聖なる建屋内で、嘘つきで盗人のコボルトマスターが操るコボルトどもに、冒険者生命を無残に奪われたのだ! 我々はこの蛮行を断じて許しておくわけにはいかない! 冒険者の名誉とギルドの威信を賭け、全勢力をもってあの悪徳コボルトテイマーに正義の鉄槌を下すのだ!」
ギルマスの鼻息荒い大演説に、集まった冒険者たちは顔を見合わせ、ひそひそと私語を交わし始める。
「これは、ギルドからの最優先『強制依頼』だ! 拒否は一切認めん! もし強制依頼を拒否する者がいれば、即座に冒険者資格を剥奪し、この街から追放処分とする!」
「ええええっ!? 強制依頼かよ。しかも拒否権無しってどういうことだ?」
「おいおい、相手はただのコボルトテイマーだろ? なんでそこまで……」
「そこ! 無駄話をするな!」
ギルマスが台を激しく叩いて一喝する。
「いいか、あのコボルトテイマーに味方する者は、たとえ人間であっても全て冒険者ギルドの敵だ! 潜んでいるコボルトも一匹残らず皆殺しにしろ!」
しかし、命じられた冒険者たちのモチベーションは驚くほど低かった。小声での噂話は止まらない。
「コボルト、コボルトって……『漆黒の翼』はそんな最弱の魔物にボコボコにされたのか? どんだけ弱っちいんだよ」
「しかも、噂じゃたった二匹のコボルトに瞬殺されたらしいぜ?」
「うわ、逆にそのコボルト、めちゃくちゃ怖くねぇか……?」
「要するに、Cランクパーティを返り討ちにした化物コボルトが二匹いるから、ギルマスはビビって俺たち50人全員を集めて数で圧殺しようって魂胆なんだな。かっこ悪ぃ……」
冒険者たちの冷ややかな視線にも気づかず、ギルマスは下卑た笑みを浮かべていた。
独自の調査で、レンが辺境の「廃墟となった開拓村」に潜伏していることをようやく突き止めたのだ。しかも、少し前に錬金術ギルドへ大量の薬草を持ち込み、ギルドの予算不足で断られていたという極秘情報まで掴んでいる。
(ふははは! あのガキとコボルトどもをぶち殺せば、倉庫に眠る大量の薬草が手に入る! 上手くいけば、あの時取り損ねたお宝『ノズチの胃袋と食道』だって俺の物だ……!)
そんな強欲な皮算用で頭がいっぱいのギルマスは、すっかり勝利を確信していた。
いくら『漆黒の翼』を倒した二匹のコボルトが脅威とはいえ、こちらは完全武装した冒険者50人の大軍勢だ。辺境の寂れた廃村に引きこもるコボルトテイマーなど、一揉みにして圧殺できる――そう信じて疑わなかった。
「よし、出発だ! 正義は我らにあり!」
ギルマスの号令のもと、何も知らない冒険者50人は馬車と馬に分乗し、意気揚々と辺境の村へ向かって進軍を開始したのだった。
◇◇
――しかし、そのマヌケな進軍計画は、開始される前から完全に筒抜けだった。
街の商人ギルドを電撃脱退したイアンとカミラ、そして彼らの呼びかけに応じて村への移住を決意した総勢数十人の職人やその家族たちは、数日前にすべての荷物をまとめ、すでに辺境の村への移住を完了させていた。もちろん、ギルドの不穏な動きという「お土産話」を携えて。
「へぇ。あの無能な冒険者ギルドのギルマスは、たった50人ポッチの戦力で、この村をどうこう出来ると思っているのかしら。本当におめでたい頭をしてるわねぇ」
領主の館のテラスで、ヘレナがふくよかな紅茶の香りを楽しみながら、くすくすと上品に笑っている。
「バウバウ!」(全くだワン!)
その足元で、シベリアンハスキー風のコボルト・フンフが、高もふもふな尻尾を床に「トントン」と打ち付けながら、激しく同意するように吠えた。ヘレナに顎の下を撫でられると、嬉しそうに目を細めて「ふにゃう……」と可愛い声を漏らしている。
「本当に全くだわ。ドラゴンに向かって、ドヤ顔で竹槍を持って戦いを挑みに行くようなものでしょ。だから道中、不安がってたみんなに言ったのよ。『心配するだけ時間の無駄だから、安心してついてきなさい』ってね」
カミラは、まだ少し緊張を残していた移住希望者たちに向かって、胸を張って言い放った。
「バウバウ!」(そうだワン!)
フンフが再びカミラの足元に駆け寄り、その太ももに前足を「ぽすっ」と乗せて、もふもふの顔をすり寄せる。その愛くるしい援護射撃に、移住者たちの緊張の糸が完全に切れた。
それもそのはずだった。
この最果ての地へとやってきた移住希望者たちが目にしたのは、廃村などという代物では断じてなかった。
バークさんの大工技術によって美しく強固にそびえ立つ三重の巨大防壁。そして、何よりも圧倒的だったのは、そこに暮らす300匹を超えるコボルトたちの姿だ。
あるコボルトはアインスの指導のもとで真剣に薬草を調合し、あるコボルトはツヴァイと共に一糸乱れぬ弓の訓練を行い、またあるコボルトはドライの号令で凄まじい速度の剣術の型を披露していた。皆一様に毛並みはツヤツヤで健康そのもの、それでいて軍隊並みの練度を誇る最強の「もふもふ軍団」である。
この光景を見せつけられては、カミラたちの言葉に納得せざるを得ない。
「……なぁ、ぶっちゃけていいか? 冒険者ギルドのギルマスって、ただの救えない馬鹿なのか?」
移住者の一人である屈強な鍛冶職人が、呆れ果てたように呟いた。
「本当ですよ。他人の領地に、武装した私兵を率いて領主を殺しに来るなんて……これ、完全に『クーデター(反逆罪)』ですよね?」
「しかも、レン様って新国家の王子様なんでしょう? 完全にヒダ国に対する宣戦布告じゃない。国を相手に喧嘩を売ってるよね」
「もし、仮に万が一、億が一にも彼らの襲撃が成功したとしてもさ……。あの厳格だって噂の新国王が、国の威信を賭けて大軍を派遣して、街ごと消し去る運命よねぇ」
「まあ、そもそも絶対に成功しないんだけどね!」
移住者たちは、お互いに思い思いのツッコミを入れ合い、すっかりスッキリした様子で笑い合って解散していった。襲撃予告を聞いた時はあれほど怯えていたのが嘘のように、ちっとも怖くないし、心配すら消え去っていた。
彼ら職人の目から見ても、この「もふもふ城塞都市」を本気で攻略しようと思えば、最低でも数千人の正規兵が必要だと直感している。もし籠城されたら、数千人をもってしても落とすのに数ヶ月、あるいは数年はかかるだろう。
それが、たったの50人。しかも連携も取れていない烏合の衆だ。
「本当に、何を心配していたんだろうな、俺たちは」
「それより、あの可愛いコボルトたちに早く美味しいご飯の作り方を教えてあげようぜ!」
移住者たちは、早くも村のあちこちでコボルトたちと「なでなで」や「もふもふ」を通じた交流を深め、仲良く楽しげに暮らし始めるのだった。一方、哀れな50人の生贄たちが、その絶対防壁へと一歩ずつ近づいていることなど、この平和な楽園にとっては何の脅威でもなかった。




