042 側室志願と観光都市計画!? もふもふと築く奇跡の村!
「レンくんって王子なの! なら私、側室でもいいかなぁ!?」
カミラが目を輝かせ、突拍子もないことを口にした。
その瞬間、背後で控えていたシベリアンハスキー風のフンフが「バウッ!?」と驚いたように短く吠え、高もふもふな首を傾げてカミラを見つめる。
「カ・ミ・ラ!」
イアンから地を這うような低い声が飛んだ。その鋭い眼光に、カミラは一瞬で背筋を凍りつかせる。
「うへえっ、冗談、冗談ですってば! 冗談でも言っちゃいけなかったです、すいません! 不敬でしたぁ!」
カミラは頭を抱えてソファーに縮こまった。そんな彼女の様子を見て、トイプードル風のメイドコボルトが、短い前足でカミラの頭を優しく「ポンポン」と叩いてなだめている。その健気で愛らしいもふもふの仕草に、カミラはすぐに表情を緩ませてデレデレとし始めた。
「いやいや、俺自身まったく王子の自覚なんてないですし。不敬罪になんてしませんよ。今まで通り、普通のレンとして接してください」
俺が苦笑いしながら手を振ると、カミラはホッとしたように胸をなでおろした。
「そう言って貰うと気が楽になるわ。私はお堅い敬語って苦手だしね。……ところでイアンさん、さっきの『目算がある』って話の続き、まだあるんでしょ?」
イアンは小さく頷き、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。その瞳には、すでにこの土地の未来予想図がはっきりと映っているようだった。
「私はね、まずこの領地に『人』を集めたいと思っています。しかし、通常であればこんな最果ての辺境に人を集めるのは至難の業だ。だが、この村にいる錚々たるメンバーが力を貸してくれれば、それも可能になるのだよ。……それに、世の中のコボルト好きの女性たちにとっても、ここは堪らない聖地になるだろう?」
「聖地、ねぇ?」
ヘレナが面白そうに耳を傾ける。
「ええ。バークさんの類稀なる建築技術と、この愛らしくも働き者なコボルトたちを上手く絡めることができれば、いずれこの地は『もふもふと美しい街並みが融合した一大観光都市』として栄えることも夢ではないのですよ」
「なるほど〜! もふもふ観光都市かぁ、確かに私が旅の途中なら絶対に立ち寄るわ!」
カミラが大きく頷くと、膝の上のトイプードル風コボルトが嬉しそうに「ワンッ!」と鳴き、フワフワの尻尾をプロペラのように激しく回転させた。その愛くるしさに、応接室の空気が一気になごむ。
「それから、レン様。この村には薬草が沢山所持されているのですよね? 先日、錬金術ギルドに誰かが大量の薬草を売りに来たけれど、ギルドの予算が足りなくて泣く泣く買い取りを断ったと言っていました」
「はい。理由はなぜかよく知らないんですけど、倉庫から溢れるくらい沢山ありますよ」
俺が素直に答えると、カミラがソファーから飛び上がった。
「えええっ!? 薬草が沢山あるの!? 売って! 私に全部売ってえええ!」
「カミラ、少しは落ち着きなさい」
イアンがすかさずカミラの手を掴んで制止し、再び俺の方へと向き直る。
「当面は、その潤沢な薬草をアンナさんの手で回復薬に加工していただき、周りの領地に売りに出しましょう。そして、その利益でこの村に必要な物資や道具を購入するのです」
「周りの領地に、ですか?」
「ええ、ここいら一帯の領地は、今なぜか『災害級の薬草不足』に陥っていますからね。実を言うと、私がその貴重な薬草を隣の領地に大量に卸したからこそ、そこの大商会から『ぜひこの村へ直接行商に行きたい』と懇願されたのですよ」
「へぇ、そうだったんだ……」
俺は感心して頷いた。
◇◇
――当然ながら、コボルトたちに「辺境の街の冒険者ギルドの管轄区域」などという人間の勝手な縄張りが分かるわけがない。
レンから薬草採取を命じられた300匹超のコボルトたちは、「大好きなレン様のため!」と大張り切りで、街の周辺だけでなく、地続きになっている隣の領地まで遠征し、そこいら一帯の薬草を文字通り『根こそぎ』採取してしまっていたのである。その結果が、この未曾有の薬草危機(大商機)であった。
◇◇
「そして、物資の流通と並行して、まずはこの村への移住者を募ります」
イアンは淀みなく計画を語っていく。
「アンナさんたち村人の皆様にも、かつての伝手を使って腕の確かな職人や信頼できる者を呼び集めてもらいましょう。レン様も、これから国に税を納めるにあたって、実際に納税し、領地を支えてくれる村人が必要でしょう?」
「そうだね。今まで防壁を作るのに手一杯で、税のことはあまり考えてなかったよ。……あ、それなら、これからコボルトたちに田畑を作らせようと思っているんだ。だから、農業ができて、なおかつコボルトたちに農業のやり方を優しく教えられるような人が来てくれると嬉しいなぁ」
俺がそう希望を口にすると、アインスやドライ、フンフたちが一斉に「ワフ!」「ガウ!」「バウ!」と、やる気満々で前足を上げてアピールし始めた。
「僕たち、お野菜育てるの頑張るよ!」
と言いたげな輝く瞳で見つめられ、胸がキュンとする。
「分かりました。農業をはじめ、様々な職業の人間を募りましょう。それから、レン様……これは提案なのですが、身寄りのない孤児院の子供たちや、行き場を失った難民を受け入れて村人にする、という手もありますよ。彼らなら、このもふもふした環境にもすぐに馴染むでしょう」
「ふむ、それはすごくいいかもね。子供たちならコボルトたちともすぐに仲良くなれそうだし、みんなで大家族みたいになれたら楽しそうだ」
俺が笑顔で賛成すると、イアンは満足そうに頷き、最後にカミラをジロリと見やった。
「……ということだ、カミラ。これほどの大規模な領地開拓と流通の仕組み、お前一人で仕切れそうかい? 私の手を借りずにやれるというなら、今すぐ引くがね。私なら、我が商会から優秀な部下を何人か引っ張ってこれるし、すぐにでもこの村に紹介できる確かな専門職の当てがあるが?」
「うううう……分かりました! 分かりましたとも! 今しばらくはイアンさんの下で、この村に住んで、じっくり商売を学ばせていただきます! あはは……」
カミラは完全に降参し、フンフのふかふかな首元に顔を埋めて「ふえぇ……」と情けない声を上げた。フンフはそんなカミラを慰めるように、大きな肉球で彼女の背中を「ぽすん、ぽすん」と叩いている。
イアンはそんなカミラを見て苦笑すると、ソファーから立ち上がり、俺に向かって右手を差し出した。
「レン様。というわけで、私も全財産と商会を率いてこの村に住みたいと思います。どうか、よろしくお願いいたします」
(うん、カミラさんよりイアンさんの方が圧倒的にしっかりしてるし、大人の交渉ができるからなぁ。これは百万人力だぞ!)
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、差し出されたその手をしっかりと握り返した。
「承知しました。こちらこそ、これからよろしくお願いします、イアンさん!」
固い握手を交わした一同。その後、イアンとカミラは本格的な移住と商会の引っ越しの準備を整えるため、フンフに見送りされながら、一度住み慣れた街へと戻っていくのだった。




