041 裏切りの経済制裁!? 隠された「人間関係」と、まさかの新王子誕生!
「えー! レンくんに騙された!」
カミラは頭を抱え、応接室のふかふかのソファーの上で完全にのけ反っていた。
三重の巨大な防壁、立派な城門、それから磨き上げられた領主の館。そんな超一等地の景観を見せつけられて、まさか人間の住民が片手で数えるほどしかいないなど、夢にも思わなかったのだろう。
その様子を見て、カミラの隣に腰掛けていたイアンが苦笑交じりに口を開いた。
「おいおい、領主様に向かって人聞きの悪い事は言ってはいけないよ。もしもここが悪い領主様の治める土地なら、不敬罪で打ち首にされても文句は言えないんだからね。それにレン様は嘘は一切言ってないよ。これまでの会話を、もう一度良く思い返してみなさい」
「う……、そ、そう……、かもね……」
カミラはぐうの音も出ないといった様子で、がっくりと肩を落とした。
お茶を運んできてくれたトイプードル風のメイドコボルトが、心配そうに「クゥン……」と鼻を鳴らし、短い前足でカミラの膝をトントンと叩いて慰めている。
その圧倒的なもふもふ感と愛らしい仕草に、カミラは無意識にその頭をなでなでと撫で回していた。
イアンは小さくため息をつき、しかしその瞳には深い優しさを湛えて、実の娘を諭すようにカミラを見つめた。
「はぁ。それで、本当にやっていけそうかい? カミラに明確なビジョンがあって、どんな困難も遣り切れて、尚且つ、レン様に一切の迷惑を掛けないという自信があるなら、私はこの件から綺麗に手を引くよ」
カミラは撫でていたトイプードル風コボルトをぎゅっと抱きしめながら、少し頬を膨らませてイアンに尋ねた。
「……じゃあ、イアンさんは、その、明確なビジョンがあるんですか!?」
「明確ではないけれどね。ただ、現時点である程度の目算は立てたよ。後はレン様と詳細を詰めれば十分にイケる、そう確信したからこそ、私はさっき商人として手を挙げたんだ」
イアンは自信に満ちた表情で微笑む。
「どんなビジョンよ。出し惜しみしないで教えてよ」
悔しそうに身を乗り出すカミラ。
イアンは一度姿勢を正すと、ソファーの対面に座る俺に向かって丁寧に頭を下げた。
「レン様、すいません。これからの話はこの村の発展の為にも絶対に必要になると思いますので、今しばらく私とカミラの無礼な会話にお付き合い下さい」
「あ、はい。全然構いませんよ」
俺が深く頷くのを確認すると、イアンは再びカミラの方を向いた。その顔は、完全に百戦錬磨の老練な商人のそれへと変わっていた。
「カミラ、君はこの村に住んでる人達の事をどこまで知っているのかい?」
「え? ええと……アンナさんとヘレナさん、あとはジュリアさん……でしょ?」
「じゃあ、その人たちがそれぞれどんな人か、正確に知っているかい?」
「どんな人って……みんな、優しくて良い人たちよ」
カミラが当然のように答える。
「それがどう商売に繋がる?」
イアンの鋭い追及が飛ぶ。
「えっ……そ、それは……私が行商に来たら、生活品とか色々な品物を買ってくれる、とか?」
カミラの声がどんどん小さくなっていく。
「いいかい、商売において最も大切なのは『情報』なんだ。それを良く覚えておきなさい。……まず、アンナさんだ。彼女はただの優しいお婆さんじゃない。かつて領都の薬師ギルドで頂点に君臨していた、元総ギルドマスターその人だ。コボルトたちが集めてきた薬草を、そのまま素材として売らずに、彼女の技術で最高品質の回復薬にしてから売ればどうなる? それだけで売上は倍増、いや数十倍にまで跳ね上がるよ」
「ええええ! そうなの!?」
カミラが素っ頓狂な声を上げて驚愕した。
(えええええ! そうなの!? アンナさん、確かにお金はいっぱい持ってる雰囲気だったけど……そんなにめちゃくちゃ偉い人だったんだ……!)
実は、俺も内心でカミラと同じくらい、いやそれ以上に驚き倒していた。 しかし、ここで領主である俺が狼狽えるわけにはいかない。俺は全力でポーカーフェイスを装い、知ってましたと言わんばかりに深くお茶をすすった。
カミラの背後では、アンナの弟子である秋田犬風コボルトのアインスが、誇らしげに胸を張り「ワフッ!」と短く鳴いた。その赤毛のもふもふな尻尾が、嬉しそうに左右へブンブンと振られている。
イアンの解説はまだ止まらない。
「さらに、その旦那様であるバークさんだ。私がこの村を『ミニ領都』と言っていたのを覚えているかい?」
「ええ、覚えているわ。それが何の関係があるのよ」
「あの巨大な領都の正門を作ったのこそ、現役時代のバークさんなんだよ。バークさんは国中にその名を知られた、伝説的な建築家でもある。この防壁の構造を見れば、彼が関わっているのは一目瞭然さ」
「うっそー!? あの寡黙なおじいちゃんが!?」
カミラは完全に顎が外れそうなほど驚いている。
「そしてジュリアさんは、おそらくカミラも名前くらいは聞いたことがあるはずだ。あの辺境の街の錬金術ギルドで、少し前まで元総ギルドマスターを務めていた傑物だよ。彼女の手があれば、材料さえ揃えばどんな高度な魔道具だって作って貰える。……さらにヘレナさんだ。彼女はテイマーズギルドの優秀なサブギルドマスターだが……」
「だけど……何なのよ?」
カミラはもう、イアンから飛び出す衝撃の事実に耐えるため、ソファーのクッションをぎゅっと握りしめていた。
「ヘレナさんのお祖父様は、国から『プロフェッサー』と称えられる世界最高峰の魔物博士であり、同時にテイマーズギルドの本部総ギルドマスターだ。当然、国から叙爵されていて、現在は高貴なる伯爵さ。……ヘレナさん、そのプロフェッサーには、すでにこの村へテイマーズギルドの支部を移転させるお話を通されていますよね? ということは、国家からの莫大なテイマーズギルド補助金が、この村に直接降りてくるはずですが」
隣に座っていたヘレナは、当然のように涼しい顔で頷いた。
「ええ、その通りよ。おじいちゃんの承諾を正式に貰って、すでに移転の手続きは全て済ませておいたわ。来期からは、国からの補助金も全部この村の口座に振り込まれるはずよ」
「え! 移転したの?」
俺は思わず立ち上がりそうになりながら、ヘレナに尋ねた。 そんな国家規模の手続き、俺は一言も聞いていないぞ。
ヘレナはいたずらっぽくクスリと笑うと、俺の隣でマチェットを抱えて座っていたドライの頭を優しく撫でた。
「この前、レンが街の冒険者ギルドであのバカなギルマスたちに問題を起こされたでしょう? あの報告をおじいちゃんに手紙で送った時に、一気に進めさせてもらったわ。あんな腐敗した街に私たちのギルドの予算を落とすなんて、税金の無駄遣いだもの」
撫でられている低モフモフなドーベルマン風のドライは、嬉しそうに「ガウ、ガウ」と喉を鳴らし、ヘレナの手に自らの頭をすり寄せている。
イアンは満足そうに頷くと、最後にカミラへ向かって決定打を放った。
「カミラ、どうだい。この村にいるのは、ただの数人じゃない。全員がそれぞれの業界の頂点に立つ、錚々たるメンバーじゃないか。この村には確かなお金の出処があり、最高品質のモノを作る技術がある。……そして極めつけは、目の前にいらっしゃる領主、レン様だ。レンさんは、この国の王子だ。継承権も失っていない」
「「「え! 王子!?」」」
応接室の中に、三つの驚叫が綺麗にハモった。
叫んだのはカミラ、ヘレナ、そして順当にいけば王位なんて無縁なはずの――当事者である俺だ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいイアンさん! 俺、確かにあの人の血を引いていますけど、王族ではないです。しかも庶子だからってこんな辺境に追い出されたんですよ!? 」
俺が慌てて身を乗り出すと、イアンは静かに首を振った。
「いいえ、レン様。情報が更新されたのですよ。……先日、王都にてミッキー侯爵によるクーデターが完全に成功いたしました。今は国王の姓を名乗り、ヒダ国のアネガコージ国王となったのです」
「それ、本当?」
俺は完全に言葉を失い、喉が乾くのを感じた。
「本当ですよ、レン王子。確かに正当な嫡男である第一王子殿下は別においでになりますし、新国王となったお父上は、相変わらず情に流されない非常に厳しいお方です。しかし、だからこそ『能力のある血統』を無駄にはしない。厳格極まるあの国王は、貴方様の『王位継承権』を剥奪せず、あえてそのまま残されたのです。甘さではなく、純粋な戦力、あるいは予備の布石としてね」
「はぁ、そうなったか………」
俺はソファーにもたれかかり、天井を見上げて深い溜め息を吐いた。
あの徹底的に厳しく、容赦のない父親が国をひっくり返して新国王になった。 妥協を許さないあの人が、辺境に追いやった庶子の俺に継承権を残したということは――それだけ俺を「利用価値のある駒」、あるいは「アネガコージの血を引く一人の男」として、冷徹に見定めている証拠だ。
◇◇
応接室の中は、しばしの間、静寂に包まれた。
誰もがこの開拓村――いや、この『城塞都市』が内包する、あまりにも規格外な真実に圧倒されていた。
カミラは完全にキャパシティをオーバーしたようで、目をぐるぐると回しながらソファーの上でぶるぶると震えている。
「な、なよそれ……。元ギルドマスターが3人に、国家の補助金、おまけに新国家の継承権を持つ王子……? なによその超弩級のチート村……! 意味が分からないわよ……!」
イアンはそんなカミラを見てフッと笑うと、俺に向かって再び深く一礼した。
「というわけで、レン王子。カミラにはまだ、これほど巨大な国家規模の利権が絡む領地ビジネスを動かす器量も経験もありません。ぜひ、この村の専属御用達商会を興すお許しを、私イアンにいただきたい。街の商人ギルドなど、こちらから今すぐに脱退届を叩きつけて、全財産をこの村へ移転させてみせます!」
「あー、もう、イアンさんにお任せします……。あ、でもカミラさんも一緒にここに住むんですよね? フンフと一緒に」
俺が尋ねると、カミラはハッと我に返り、隣にいたシベリアンハスキー風のフンフにしがみついた。
「も、もちろんよ! 私、商会の副代表としてイアンさんを支えつつ、フンフちゃんとこの村で一生暮らすわ!」
フンフは「バウバウ!」と嬉しそうに吠え、カミラの顔を大きな舌で激しくレロレロと舐め回し始めた。高モフモフな毛並みがカミラの顔を包み込み、カミラは「ひゃはは、くすぐったい!」と声を上げて笑っている。
「よし、これで商業ルートも完全に確保できたな」
ヘレナが満足そうに微笑む。
「よし! イアンさん、カミラさん、これから末永くよろしく頼みます。みんなの家と、商会の特大の店舗兼倉庫を、うちの優秀なコボルトたちに命令して速攻で建築させますからね!」
「ははは、さすがは王子、恐ろしいほどの行動力と決断力ですね。その期待に、我が全力を賭してお応えしましょう!」
イアンは力強く応じた。
◇◇
街の冒険者ギルドや商人ギルドの悪党どもは、レンを「身寄りのない、騙しやすいひよっこFランク冒険者」だと侮り、街全体から締め出して孤立させようと画策していた。
まさか自分たちが締め出したのが、【大陸最高峰の薬師・大工・錬金術師】、【国家予算の補助金】、そして【厳格なる新国王がその血筋を認めた王子そのもの】だったとは、夢にも思っていないだろう。
さらに言えば、街の周辺の薬草がすべて消え去った原因が、レンの何気ない呟きを真に受けた300匹超のコボルト軍団による「根こそぎ回収」であることも、レン自身は未だに全く気づいていない。
街のギルドは今頃、納品ゼロの大赤字で大パニックに陥っているはずだ。
これこそ、完全なる自業自得のセルフ経済制裁。彼らがこの恐ろしい真実に気づいた時、一体どんな絶望の表情を浮かべるのだろうか。
人間の人口はわずか7人(イアンとカミラが加入)でありながら、大陸最高峰の頭脳と冷徹な国家権力、そして300匹を超える最強のもふもふコボルト軍団を擁する狂気の「ミニ領都」は、街の愚か者たちを遥か眼下に見下ろしながら、さらなる規格外の大発展へと突き進んでいくのだった。




