004 天国から地獄の次男と、すべてを計算していた嫡男――自滅の狂騒曲
「クソっ! クソがぁぁぁッ!!!」
ドカッ! バキィッ!!!
廃嫡を言い渡され、厳重な警備のもとで軟禁された部屋。一人きりになった次男アキツナは、怒り狂って泣き叫びながら、部屋中の高級な家具や調度品を殴り、蹴飛ばして荒れ狂っていた。
「あの薄汚い使用人も、ゴミ虫のレンも絶対に許さん……! いつか、いつか絶対に目に物を見せてやる、なぶり殺しにしてやるッ!」
床に飛び散った花瓶の破片をさらに踏みつけ、アキツナは息を荒くする。
彼がこれまで庶子たちの生活費を着服し、莫大な不正資金を溜め込んでいたのには、明確な目的があった。その金で、侯爵家の有力な家来たちを次々と買収していたのだ。
それもこれも、すべては熾烈な後継者争いに勝つため。父である侯爵が亡くなった後、正妻の子である嫡男と力ずくで争うために、陰で自分の息がかかった味方を着々と集めていたのである。
だが、それもすべては水の泡となった。
「廃嫡……だと? 俺が、後継者になれない……?」
ガタガタと震えながら、アキツナは己の掌を見つめた。後継者になる目は、完全に、永遠に潰えたのだ。
今まで金で繋ぎ止めていた者たちも、廃嫡された無価値な男からは一瞬で離れていくことは間違いない。しかも、彼らを引き留める追加の資金もなければ、後ろ盾となるはずの母も、その人脈も一晩ですべて失ってしまった。
さらに、最悪の現実がアキツナの脳裏をよぎる。
(まさか……俺がこれまで虫ケラのように虐待してきた、あの汚らわしい庶子どもが……俺より継承順位が上になるのか……!?)
ぞっとするような戦慄が背筋を駆け抜ける。これからは、今までの残虐な報復に怯え、落ちぶれた身で逃げ回る屈辱の人生が待っているのだ。
客観的に見ればあまりにも完璧な自業自得なのだが、傲慢なアキツナに「自分が悪い」などという発想は微塵もない。
「すべては上手くいっていたんだ……! このままいけば、あの出来損ないの兄貴にも勝って、俺が次の侯爵になれたはずだったのに……っ!」
床に膝をつき、血がにじむほど拳を床に叩きつける。まさしく、天国から地獄へと真っ逆さまに叩き落とされた次男であった。
数日後、すべての元凶として件の使用人が見せしめに処刑されることが決定し、アキツナの歪んだ憎悪は、屋敷を去ったレンただ一人へと向けられることになる。
◇◇
「ククク……。あの馬鹿たちが、やっと自滅したのね。本当に傑作だわ」
豪華絢爛な本館の一室。侯爵の正妻である嫡男の母が、運ばれてきた極上のワインを口にしながら、息子からの報告を聞いて妖艶に微笑んだ。
「しかし母上、あの場で次男に使用人を殺させなくて本当に良かったですよ」
嫡男は、あの日執務室で次男の剣を受け止めた瞬間を思い出し、ふっと冷酷な笑みを浮かべた。
「あそこで使用人が死んでいれば、すべての罪を使用人に着せられて、あの馬鹿に逃げられるところだった。次男が焦って口封じをしようとしたおかげで、最高の形で引きずり下ろせました」
「まあ、そうなの。あの子の短気が仇になったのね。その場に居合わせたのは、まさに天の配剤、幸運だったわね」
「ふふふ、これで我が家の継承は確実。こちらから頭を下げずとも、家来たちは黙って俺について来るでしょう」
ワイングラスを弄びながら、嫡男の目はすでにその先を見据えていた。
「今後は外に向かって領地を拡張すると共に、いずれは父上をも、そしてあの無能な王家をも打倒し、この俺が王位をその手に手に入れる!」
一方、勝利の愉悦に浸る嫡男だったが――実は、彼は次男が生活費を着服していた事実を、最初からすべて知った上で意図的に放置していた。
泳がせておけばいずれ発覚し、勝手に後継者候補から脱落するのは火を見るより明らかだと確信していたからだ。
彼の本当の計画は、ここからだった。
(これから、何も知らない哀れな庶子たちを焚き付け、味方に引き入れて次男を徹底的に追い詰める。精神的に極限まで追い込み、絶望させたところで、俺が救いの手を差し伸べるのさ)
そうすれば、戦に優秀な戦闘スキルを持つ次男アキツナは、一生俺に逆らえない忠実な奴隷として、思いのままに扱えるようになる。
(次男が必死に買収していた家来たちも、今後は生き残るために俺に尻尾を振る。これですべてが手に入る。俺の地位は盤石だ)
嫡男は己の完璧なプロットに、声を殺して邪悪に笑うのだった。
◇◇
その後、事態は一気に加速した。
ヨショリ侯爵は、側室サヨと次男アキツナが「実家である公爵家の意向」によって侯爵家の資金を横領していたという大義名分を掲げ、即座にサヨの実家である公爵家に対して宣戦布告。圧倒的な軍事力でその領地をまたたく間に刈り取った。
そう――初めから隣接する公爵家の豊かな領地を手に入れるため、侯爵もまた、次男の着服をある程度知りながら、最高のカードとして使うために見逃していたのだろう。
実家のドス黒い権謀術数によって、図らずも最大の軍資金(多めの金子)を得て旅立ったレン。
そして、身内の裏切りを貪り喰って力を蓄え、打倒王家へと邁進し始めたミッキー侯爵家。
実家が戦争の渦へと巻き込まれていく中、領都を脱出したレンは、前世のゲーム知識を胸に、己の運命を変える辺境の地へとただひたすらに歩みを進めるのだった。




