003 横領発覚で実家が大炎上? 無能と蔑まれた俺、軍資金を奪い取って実家を捨てる
ヨショリ侯爵の冷徹な声が響き、鋭い剣先が使用人の喉元に深く突き付けられた。
「ひぃ、お、お許しを、お許しください…………!」
使用人は完全に腰を抜かし、涙目で床を這いながら後退る。
「俺がレンに渡すはずだった生活費は、一体どこへ消えた? 嘘はつくなよ。貴様が吐かなくとも、帳簿を調べればすぐに分かることだ」
侯爵は凄まじい覇気を放ち、逃げ場をなくした使用人を睨みつける。
「そ、それは、その…………」
使用人は恐怖にガタガタと震えながら、縋るように次男アキツナへと視線を向けた。
(喋ったらタダじゃおかねえぞ。ぶち殺してやる)
次男は鬼の形相で、口封じの圧力をかけるように使用人を激しく睨みつけている。
「――なるほどな。そういうことか」
侯爵は使用人の視線の先を悠然と追い、目を細めて次男をじっと見据えた。
「くっ……!」
次男は苦々しい顔をしてチッと舌打ちし、侯爵の鋭い眼光から目を背けた。
「いつからだ?」
静かな、しかし有無を言わせぬ侯爵の問い。
使用人はなおも助けを求めるように次男を見るが、次男は「俺は知らない」とばかりに完全に素知らぬ顔を決め込んでいる。
「……いつからだ、と聞いている」
侯爵が剣先にわずかに力を込めると、鋭い刃が使用人の首の皮一枚をぷつりと刺し、赤い血がたらりと伝った。
「ひぃっ!!」
死の恐怖に直面した使用人は、後退りながらついに重い口を開いた。
「は、初めから……初めからでございます……!」
これ以上庇っても自分が消されるだけだと、使用人は涙ながらに観念して白状した。
「ほう。そうすると、レンの母子には今まで一銭も与えていなかった、ということだな。……まさか、他の庶子からも生活費をくすねていたわけではないだろうな?」
「それは……」
使用人はぎゅっと目を閉じ、必死に頭を回転させた。
(次男様は、もう絶対に自分を助けることはない。それは、ついさっき、体裁のために自分を剣で切り殺そうとしたことでも分かっている……!)
ここで次男を道連れにしなければ、すべての罪を自分が被せられて極刑になる。
「……は、はい! 他の庶子の方々の生活費も、すべてアキツナ殿下の元に集まっております!」
その言葉が落ちた瞬間、侯爵の目が絶対的な氷の冷たさへと変わった。
「アキツナ! 貴様を今この瞬間をもって廃嫡とする。しばらく謹慎だ。着服した額の全額を吐き出すまで、金は一銭も渡さんからそのつもりでいろ」
「な、な、なんで、そんな……!? 父上、使用人が保身のために嘘をついているに決まっているではないですか! それに、私の母が、母の実家だって黙っていませんよ!」
己の破滅を前に、次男が顔を真っ赤にして叫ぶ。実家の公爵家の権威を盾にすれば、父親も日和るだろうという浅はかな計算だった。
しかし、侯爵の怒りはそんなものでは収まらない。
「俺は、お前に発言の許可を出してないぞ」
ドカッ!!!
容赦のない鈍い衝撃音が響いた。
侯爵はためらいもなく剣の腹を振るい、次男の顔面を強烈に叩き飛ばした。
「がはっ……!?」
次男は床を無様に転がり、執務室の壁に激突してようやく止まる。
「これほど馬鹿だとは思っていなかったぞ。俺が何のために多くの妾を囲い、庶子たちの生活の面倒を見ていると思っている。優秀な駒を育てるためだ。貴様の強欲のせいで、我が家の未来が台無しだ」
「くっ……、うう……」
床に倒れ込み、口から血を流しながら、次男は信じられないものを見る目で侯爵を見上げる。
「ああ、それから。貴様が物心つく前からこんなことが行われていたらしいからな。貴様の母、サヨは着服を主導した罪で処刑する。――実家もグルか? ちょうどいい、詰問状を送って戦だな。まとめて滅ぼしてくれよう」
次男の母である側室サヨの実家は公爵家であり、王家の親族でもあった。しかし、今の時代は実力至上主義の戦国乱世。落ちぶれた名ばかりの公爵家など、軍事力を誇るミッキー侯爵家にとっては屁でもなかったのだ。
「え、あ、……そんな……」
実家の後ろ盾すら失い、次男は絶望に顔を白く染める。
「ジョセフ。逃げ出す前にサヨを捕まえ、即座に牢に入れておけ」
「御意に」
侯爵が冷徹に命じると、控えていた執事は音もなく一礼し、側室を捕縛するために素早く執務室を後にした。
◇◇
無様に床に這いつくばる次男を冷たく見下ろしたまま、ヨショリ侯爵は懐からずっしりと重い巾着袋を取り出した。
そして、跪いているレンの足元へ無造作に投げた。
「レン、辺境の開拓村にはこれで行け。本来お前たち母子が受け取るべきだった分からすれば少ないが、多めに入っている。少しは役に立つだろう」
「……有り難き幸せ」
レンは床に落ちた巾着袋を拾い上げると、恭しく一礼して懐へと収めた。
手に入れたのは、これからの逃亡と新生活に必要なまとまった軍資金だ。
「下がって良いぞ」
「失礼いたします」
侯爵の言葉に、レンは立ち上がった。床で歯を血に染めながら、憎悪に満ちた目で自分を睨みつけてくる次男を横目で冷ややかに見下ろし、足早に執務室を出る。
(――ざまぁみろ。自業自得だ。だけど、のんびりしている暇はないな)
レンは前世のゲーム知識と、これまでの経験からすぐに最悪のケースを想定した。
(廃嫡されて狂った次男の手の者が、ヤケクソになって追っ手を放ってくるかもしれない。実家が処刑や戦争で混乱する前に、一刻も早くこの都市を出た方がいい)
レンは足早に、自分が今まで住んでいた薄暗い離れへと戻った。
未練など一欠片もない部屋から、旅に必要な最低限の荷物を手早くまとめると、背負い袋に入れる。
不気味な静寂に包まれた侯爵家の屋敷をすり抜け、レンは夜闇に紛れて正面門を潜り抜けた。
振り返ることなく、生まれ育った忌々しい領都をあとにする。
目指すは遥か辺境の開拓村。そこにはまだ見ぬ、自分を待っているはずの最弱にして最高の仲間たちがいる――。




