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【ブラッシュアップ版】史上最弱のコボルトテイマーが異世界を征服するらしいっす〜最弱スキルの犬たちは、最強の軍勢になりました〜  作者: ボルトコボルト


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002 横領された生活費。限界突破した無能(?)の静かなる反撃の始まり

 首をくくり、意識が遠のいていくその瞬間、レンの脳裏を過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。

 

 思い出したくもない、この館で受け続けた凄惨なイジメの記憶。その暗闇の中で唯一の救いだった、生前の温かな母の思い出と手の温もり。

 

 ――だが、過去の記憶をさらに深く、深く遡っていったその時、頭の中で何かが弾けた。

 

 突如として、「もう一つの首を縊る記憶」が鮮明に蘇ったのだ。場所は四角い薄暗い部屋。天井から吊るされているのは縄ではなく、白くて不格好な電源タップの延長コード――。

 

「あ……、ガハッ……!?」

 

 次の瞬間、レンは転生前の記憶を完全に一歩違わず取り戻した。

 と同時に、ギチギチと軋んでいた首の縄が、自重に耐えかねてブツンと勢いよく千切れる。

 

 ドサリ、と床に叩きつけられ、レンは激しく咳き込んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ!……ゴホッ……! 俺は、転生していたのか……。ははは……、前世でもイジメられて首を縊って、転生した後も同じ目にあって首を縊るなんて……。全く、クソみたいな話だ……」

 

 涙と涎で汚れた床に両手をつき、ノロノロと這い上がろうとした、その時だった。

 

 バンッ!!!

 

 前触れもなく、部屋の扉が乱暴に蹴り開けられた。

 入ってきたのは、いつもレンを無能と嘲笑っている下級の使用人だった。

 

「おい役立たず! 侯爵様がお呼びだ。今すぐ直ぐに執務室に来い!」

 

 首に縄の跡をつけ、床を這うレンの姿を見ても、使用人は心配するどころか不快げに鼻を鳴らし、有無を言わさず大声で告げた。

 

(ノックも無しかよ……。本当に、この家の奴らは誰も彼も……)

 

 レンは前世の記憶を噛み締めながら、ヨロヨロと力を振り絞って使用人の方へと進む。

 

「何モタモタしてるんだ! サッサとしろ、この呪われスキル持ちが!」

 

 ガシィッ!と、使用人はレンの細い襟首を乱暴に掴み上げ、引きずるようにして廊下へと連行していく。

 

(いつか見てろよ……。俺を虫ケラみたいに扱ったこと、絶対に後悔させてやる……!)

 

 今のレンには、掴まれた襟首の痛みに耐えながら、心の中で恨めしげに呪詛を吐くことしか出来なかった。

  ◇◇

 レンが連れて来られたのは、重厚な造りをした侯爵の執務室だった。

 部屋の中にいたのは、絶対的な権力者である父親のヨショリ侯爵。そして、レンをゴミのように見下している嫡男と次男、さらに冷徹な目を向ける執事の四人。

 

「侯爵様、連れて参りました」

 

 使用人は報告すると同時に、レンの背中を強く押し出した。

 足元がもつれ、床に派手に転がされるレン。しかし、すぐに歯を食いしばって立ち上がると、素早くその場に跪き、なんとか臣下としての体裁を整えた。

 

「随分と荒っぽく連れて来たな。……まあ、良い」

 

 ヨショリ侯爵は使用人の無礼を咎める風でもなく、冷淡な視線を跪くレンへと向けた。

 

「レン。お前には辺境の開拓村を任せることにした。そこへ行き、せいぜい這い上がって来い」

 

 事実上の追放宣告だった。

 魔物が跋扈し、まともな作物も育たない辺境の地。戦闘スキルを持たないレンに行けというのは、「そこで野垂れ死ね」と言っているに等しい。

 

 しかし、レンに拒否権など最初から存在しなかった。

 

「……有り難き幸せ。はい、過分のお気遣い、感謝申し上げます」

 

 レンは深く頭を垂れ、跪いた姿勢のまま平伏した。

 侯爵の命令に「否」は無い。逆らえばその場で首を撥ねられる。今のレンにできるのは、従順な無能を演じることだけだった。

 

 目の前にいる侯爵は、レンにとって生物学上の「父親」ではある。だが、これまでの人生で滅多に顔を合わせることもなく、父親らしい温もりを感じたことなど一度としてない。父というよりは、いつ命を奪ってくるか分からない絶対的な「主」に近い存在だった。

 

「書類だ。受け取れ」

 

 侯爵から書類を託された執事が、これ見よがしにレンの前にそれを放り投げた。

 レンはそれを拾い上げ、ザッと内容に目を通す。――そこにあったのは、領主としての権利は名前ばかりで、支援は一切行わないというあまりにも冷酷な条件だった。

 

 レンは静かに書類を伏せると、意を決して侯爵を見上げた。

 

「侯爵様、一つ発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか」

 

「ん? 良いぞ。苦しゅうない、申してみよ」

 

 許可が出た瞬間、傍らにいた嫡男と次男が「無能の分際で何を言うか」と訝しげな視線をレンに突き刺す。

 

「有り難き幸せ。……実は、その辺境の村へと赴くための、旅費としての『金子きんす』が手元にございませぬ。せめて、現地に辿り着けるだけの最低限の金子をいただけないでしょうか」

 

 レンは心の内で毒づいていた。

(当たり前だろ。金も持たせずにどうやって遠くの村まで行けってんだよ。ただでさえ無理ゲーなのに、スタートすらさせない気か?)

 

 すると、侯爵は不快そうに眉を顰めてレンを睨みつけた。

 

「何を言うか。お前たち庶子には、毎月少なくない金子を生活費として渡しているはずだ。それが全く残っていないというのか?」

 

「っ……!」

 その言葉を聞いた瞬間、レンの後ろに控えていた使用人が、小さく顔を青ざめさせた。

 

 レンは淡々と、しかし部屋中に響く明瞭な声で告げた。

 

「今まで、私は一銭足りとも、そのような生活費を受け取ったことはございませぬ」

 

 一瞬の静寂。

 それを遮るように、突然、後ろの使用人が金切り声をあげた。

 

「う、嘘を言うな! どうせこの役立たずが、遊興にでも使い果たして――!」

 

「黙れッ!!! 貴様に話す許可など出していないぞ!!!」

 

 地響きのような怒号が執務室を揺るがした。

 侯爵が凄まじい威圧感を放ちながら使用人を睨みつける。

 

「ひぃっ……!?」

 使用人はあまりの迫力に、その場でガタガタと腰を抜かして狼狽えた。

 

「――父上に対して不敬である! 嘘つきの分際で!」

 

 これ幸いと、しめたと言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべたのは次男だった。彼は手柄を焦るように腰の剣を抜き放ち、口封じと言わんばかりに使用人を斬り殺そうと一歩踏み出す。

 

 カキィィン!!!

 

 甲高い金属音が室内に響き渡る。

 

「貴様も無礼であろう、弟よ。父上の神聖なる執務室を、そのような下卑た血で汚すつもりか」

 

 次男の凶刃を受け止めたのは、嫡男の抜いた剣だった。

 

「くっ……!」

 力比べで押し込まれた次男は顔を顰め、忌々しげに剣を鞘へと納めた。

 

「お前たち! 下がっておれ!」

 

 刹那、ヨショリ侯爵が動いた。

 彼が執務室の巨大な机に片手をついたかと思うと、軽々とジャンプしてそれを飛び越える。

 着地した時には、いつの間にかその手に抜き放たれた鋭利な剣が握られていた。

 

 ピタリ、と冷たい剣先が使用人の喉元に突きつけられる。

 

「おい。衣服の予算、食事の予算、そしてレンに渡るべき生活費。……一体誰が懐に入れた? 詳しく話せ。嘘は一切許さん」

 

 冷酷な声音で問い詰める侯爵。

 

 (これまでのイジメや横領のツケが、まずはこの使用人から回り始める――)

 跪いたままのレンは、髪の隙間からその光景を冷ややかに見つめ、静かに反撃の好機をうかがうのだった。

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