020 老夫婦への旅立ちの挨拶と、孤独な元宮廷錬金術士との新たな絆
カミラのいる商会をあとにしたレンたちは、次にアンナとバークの家へと向かった。
今度は、秋田犬風コボルトのアインスが鼻を「クンクン」と鳴らし、自慢の嗅覚で先導する。
「ワフワフ!」(こっちだワン! おばあちゃんの匂いがするワン!)
大通りから少し外れた静かな住宅街を進むと、白壁の、こじんまりとした可愛らしい家の前に辿り着いた。
「ワフー!」(アンナさん、アインスが来たワン!)
レンが門をノックするより早く、嬉しさが爆発したアインスは軽い身のこなしで木製の門をぴょんっと飛び越えて庭へと侵入してしまった。
「あ! こらアインス! ――はは、まあ良いか」
レンは苦笑いしながら、門に据え付けられた鉄製のノッカーをコンコンと鳴らした。
すると、門の向こうの庭側から、すぐに楽しげな声が響いてくる。
「あら! まあ、アイちゃんじゃないの! よく来たわねぇ」
「ワフワフ! ク〜ン(会いたかったワン!)」
アンナとアインスの、種族を超えた心温まる会話(?)が聞こえてくる。
「あなたー! レンくんたちが来てくれたみたいよ。ちょっと門を開けて出迎えて貰えないかしら?」
アンナの弾んだ声が聞こえた直後、ガチャリと鍵が外され、木製の門が大きく開いた。
「おう、よく来たなレン殿。まあ、狭いところだが中に入ってくれ」
顔を出したのは、頑固そうだが優しく目を細めた大工のバークだ。
「お邪魔します。……外観も綺麗で、すごく素敵な家ですね」
レンが中を見回しながらお世辞を言うと、バークはがははと豪快に笑って頭を振った。
「がははは! おいおい、そんな見え透いたお世辞は止めてくれ。ここはただの借家だよ、借家。本当は元大工の血が騒いで、あちこち俺好みに劇的に改築したいんだが、人の持ち物だからなぁ。腕がコンクリートみたいになまっちまいそうだ」
引退しても職人気質が抜けないバークに案内され、レンたちが日当たりの良い庭へとまわると、そこには木製の椅子に座るアンナと、その隣にもう一人の上品な老齢の女性が座っていた。
アインスはすでにアンナの膝の上にちょこんと大きな頭を乗せて、気持ち良さそうに目を細めてなでなてされている。
「初めまして、レンと申します。突発の訪問で失礼します」
「あら、まあ。とっても礼儀がしっかりできているのね。真面目そうで賢そうな坊やだわ。私はアンナの幼馴染のジュリアよ。よろしくね」
ジュリアと呼ばれた老婦人は、優しく上品な微笑みをレンに向けた。
「アンナさんには、道中でアインスが薬草採取などを教えていただき、本当に大変お世話になったのですよ。アンナさん、これはイアンさんの商会で見つけた、街でいま大流行している上品な甘さの饅頭らしいです。旅の御礼に、どうぞ皆さんで召し上がりください」
レンが手土産の菓子折りの箱を差し出すと、アンナは嬉しそうに両手を頬に当てた。
「あらあら、そんなに気を使わなくても良いのに、まあ、でも流行りの品だなんてとっても嬉しいわぁ。せっかくだからお茶を入れるから、レンくんもそこに腰掛けなさいな」
アンナはアルコールランプの様な魔道具に火を点けてポットの水を温めると、手際よくハーブティーを入れて饅頭の箱を開けた。甘い、香ばしい香りがふわりと庭に広がる。
「さあ、みんなで食べましょうね」
その言葉に、アンナの膝でとろけていたアインスが、ハッと耳を立てて顔を上げた。
「ワフ?(……おばあちゃん、それ、とっても美味しそうな食べ物ワン?)」
「あらあら、アイちゃんもこのお饅頭がほしいのかしら?」
「ワフー!」(食べたいワン! おねだりワン!)
「はいはい、どうぞ召し上がれ。――あら、もしかして、後ろにいる貴方たちも食べたいのかしら?」
アンナが目を向けると、レンの後ろに控えていたツヴァイ、ドライ、フィア、フンフの四匹が、一斉に目を輝かせて尻尾をブンブンとプロペラのように振り始めた。
「ワン!」「バウ!」「ガウ!」「ワオン!」
((((めちゃくちゃ食べたいワン!!!))))
「ふふふ、本当に素直で可愛いわねぇ。はい、みんなの分もあるからね」
アンナは微笑みながら、コボルトたちにも一つずつ丁寧に饅頭を回して手渡してくれた。両手で大事そうに饅頭を受け取り、ハフハフと美味しそうに口を動かすコボルトたち。
その光景を見届けたあと、レンはお茶を一口すすり、本題を切り出した。
「実は、これからあの辺境の開拓村へ向かうことになりまして。しばらくはこの街に戻れず、アンナさんたちにも会えなくなると思うので、出発の挨拶に寄らせていただいたんです」
「あらあら、それはご丁寧にわざわざ有難うね。出発前にまたアイちゃんの可愛いお顔が見れて、本当に良かったわ」
アンナが目を細める。しかし、隣に座るジュリアがハッと表情を強張らせた。
「えっ!? 開拓村ですって? 坊や、あそこは確か3日前にゴブリンの大きな群れに襲撃されて、壊滅したってギルドの噂で聞いたけれど……本当に大丈夫なのかしら?」
「ふふ、ジュリア、心配いらないわよ。この子たちはね、こう見えてももの凄く強いんだから。旅の間にあのBランクパーティの『朝焼けの光』の皆さんに直々に訓練されていたから、戦闘の実力はなかなか確かなのよ。ね! アイちゃん」
「ワフー!」(めちゃくちゃ強いワン! ゴブリンなんか一撃だワン!)
アインスが胸を張るように前脚をピンと伸ばす。
「へぇ、それは頼もしいわねぇ。それにしても、本当に綺麗で愛らしい子たちだわ。アンナから話には聞いていたけれど、想像以上だわ……。こんなに健気に甘えてくるなんて、私も何か彼らに教えてあげたくなっちゃうわね」
ジュリアも、饅頭を美味しそうに食べるコボルトたちの姿に、完全にハートを射抜かれたようで、興味津々に身を乗り出してきた。
すると、アンナがポンと手を叩いて名案を思いついたように笑った。
「あら、それはとっても良い考えね! レンくん、ジュリアはね、こう見えて昔は領都で大活躍していた凄腕の『錬金術士』なのよ。ジュリアが何か技術を教えてくれれば、きっとアイちゃんたちのこれからの大きな役に立つわよ!」
「えっ、錬金術ですか!? ……でも、ワンちゃん型魔物のコボルトが、そんな高等な錬金術なんて覚えられますかね?」
レンは驚きつつも、前世のゲームのようなハードルの高さを考えて、少し不安そうに尋ねた。
「大丈夫よ! アイちゃんはね、私と旅したほんの数日間の間に、薬草の高度な採取方法や、簡単な回復薬の調合まであっさりとマスターしちゃったのよ? 素直で真面目な彼らなら、ジュリアの知識だってきっとスポンジみたいに吸収して出来るようになるわよ!」
「そうなのね……。ふふ、実はね、私の子供も孫も、みんな領都に行ったきり全然こっちに帰ってこなくてねぇ。この歳になって、一人で寂しく暮らしていたのよ。こんなに可愛くて賢い子たちと一緒に何かを研究できるなら、残りの人生も毎日退屈せずに楽しくやれそうだわ」
ジュリアはそう言って、足元にやってきたフィアの頭を愛おしそうに撫でるのだった。
思いがけない大物錬金術士とのコネクションの発生に、レンは「開拓村が落ち着いたら、絶対に定期的にジュリアさんの元へポーションの勉強に通わせよう」と、未来の『もふもふ錬金術師育成計画』を心に誓うのだった。




