156 軍神の狂乱円舞! 六天魔王を蹂躙するアレスの牙と、モフモフなる死の舞踏
ミノスの防衛は、将軍ロバートと軍師サンディという盤石の二人に託された。
彼らと、護衛に残したエル、そして超モフモフなツヴェルフの頼もしい姿を見届け、レンは小さく頷いた。
「ここは任せた。僕たちは、敵の心臓を直接抉りに行く」
そう言い残し、レン、大将軍ヴァイシュラ、フェルダー、エリー、ダリア、ゲイルの六人は、ロジーナの先導で戦場を離脱した。目指すは、魔王軍の主魁が鎮座する六天魔王の居城。敵がミノスの国境に全軍を差し向けている今こそが、城の守りが手薄になる唯一の隙だった。
ロジーナの忍びの技は、まさに神業だった。
彼女は風の音にすら溶け込み、敵の監視網を紙一重の距離で次々と躱していく。彼女の完璧な先導により、一行は誰一人として血を流すことなく、魔城の地下水路から内部へと侵入を果たした。
やがて、重厚な扉の前に辿り着く。扉の奥からは、禍々しくも強大な魔力の鼓動が漏れ出していた。玉座の間だ。
「ここから先は敵のど真ん中だ。……みんな、準備はいいな?」
レンが静かに問うと、フェルダーたちはそれぞれの武器を強く握り直し、力強く頷いた。
レンは両手を広げ、魔力を一気に解放する。
「顕現せよ、僕の愛すべき戦士たち! 召喚!」
眩い光が弾け、静まり返っていた城の回廊が、一瞬にしてモフモフの獣たちで埋め尽くされた。
コボルトたちはレンとだけ繋がる心の声で言葉を交わすが、レン以外の者にはその声は届かない。彼らは仕草や鳴き声で意思を伝え、主を守る騎士としてその場に整列した。
「ワフッ!」
アインスが秋田犬特有の豊かな赤毛を揺らし、レンの足元でぴょんぴょんと跳ねる。
(マスター、お呼びワフ? 怪我はないワフか?)
という心の声を、レンだけが優しく受け取る。
アインスが柔らかそうな額をレンの手のひらに擦り付ける仕草に、フェルダーは「相変わらず癒やされる奴だな」と目を細めた。
「ワン!」
ツヴァイが長いゴールドの毛を輝かせ、エリーに向かって尻尾を激しく振る。
(エリーお姉ちゃん! 僕の弓が活躍する番だねワン!)
という心の声はレンにしか届かないが、エリーはツヴァイが鼻先を自分の手に押し付けてくる仕草から「やる気満々ね」と笑い、そのふかふかの首筋を撫で回した。
「ガウ」
ドライが鋭い眼光で前方を睨む。
(フェルダー、俺のマチェットが血を求めて疼くガウ)
とレンに告げる。その短い尾が待ちきれないようにピコピコと揺れる様子を見て、フェルダーは「お前も気がはやってるようだな」と相棒の頭をガシガシと撫でた。
「ワォン」
フィアが艶やかな黒毛をなびかせ、ダリアのローブの裾に寄り添う。
(ダリア様、新しい魔法のスクロール、準備は完璧ワォン)
とレンに報告する。ダリアはフィアが何度も自分の足元をくるくると回る様子に「準備万端みたいね」と嬉しそうに背中を梳いた。
「バウ!」
フンフが真っ白な胸毛を誇らしげに膨らませ、ゲイルの足元で軽く跳ねる。
(ゲイル兄貴! カミラさんがいない分、俺たちが大暴れするバウ!)
という心の声を聞いたレンが微笑む。ゲイルは「その気合、頼もしいぜ!」とフンフの背中を叩いた。
その後方では、巨躯のゼクスとズィベンが頼もしく吠え、ノインが優雅に毛並みを揺らし、ツェンが重低音で応える。レンの両脇では、ドライツェンが精悍な表情で直立不動の姿勢をとり、アハトが油断なく周囲を警戒していた。
フィルツェンが深い皺を寄せ、鼻をひくつかせる。(魔王の嫌な臭いが、扉の奥からぷんぷんするバウ……)。
ヴァイシュラはその様子を見て「今日もなんてブサ可愛いのかしら」と愛おしげに頬を撫でる。
ドライツェンは誇らしげに自分の毛並みを掻き上げるような仕草を見せ、レンだけがそのナルシストな心の声を聞いて苦笑した。
◇◇
レンが扉を蹴り開けると、玉座には異形の六天魔王が待ち構えていた。
「ほう、小賢しいネズミどもめ。だが、絶望の玉座でその愛玩動物たちが何になる!」
魔王の嘲笑に対し、レンは冷たく言い放つ。
「愛玩動物? 笑わせるな」
――次の瞬間。
ヴァイシュラが流星刀を抜き放った瞬間、玉座の間の空気が「凍りついた」。
彼女の視界に映るすべての味方の位置、敵の呼吸、魔力の流れが、一本の指揮棒に集約される。彼女の意思一つで、戦場は完璧な調和を持った「死のオーケストラ」へと変貌するのだ。
「開演です。――フェルダー、ドライ! 右斜め前、三歩踏み込みなさい!」
ヴァイシュラの鋭い声が響く。フェルダーとドライが、全く同じタイミングで地を蹴った。
魔王の親衛隊が剣を振り下ろすより一瞬早く、フェルダーの長剣とドライのマチェットが交差する。二人の連撃が、先陣の巨大なオーガを十字に斬り裂いた。
「エリー、ツヴァイ! 死角から仰角四十五度へ射撃!」
ツヴァイの放った牽制の矢が敵の盾を弾き飛ばし、その瞬間にエリーが光の矢を放つ。流星のような矢の雨が、後列で詠唱を始めていたモンスターの眉間を狂いなく貫いた。
「ダリア、フィア! 陣形の中央に氷結を!」
フィアが口にくわえたスクロールから魔力を放ち、ダリアの杖がそれを増幅させる。玉座の間が白銀の氷に覆われ、敵の足が完全に縫い付けられた。
「ゲイル、フンフ! その氷の亀裂を穿ちなさい!」
ゲイルの剛槍とフンフの雷槍が同時に突き込まれる。雷鳴が玉座の間に轟き、親衛隊の半数が塵と化した。
「な、なんだこれは……! 私の親衛隊が、手も足も出ないだと!?」
無理もない。アレスの戦士たちは、ヴァイシュラの統制のもと、一切の無駄なく連携している。防御する暇も、反撃する隙も存在しないのだ。
最奥で魔王が強力な破壊魔法の印を結ぼうとした瞬間、フィルツェンが魔王の「魔力核」の座標を特定し、ヴァイシュラに伝達した。
「……チェックメイトです」
ヴァイシュラの声に合わせて、ドライツェンとアハトが弾丸のように突進する。彼らの斬撃が魔王の腕を弾き上げ、無防備な胸元を晒させた。
「終わりだ、六天魔王」
レンが宣言し、ヴァイシュラの流星刀が一筋の光となって吸い込まれる。
魔王の巨体が光となって崩れ落ち、戦いは一方的に幕を閉じた。
戦いが終わった瞬間、コボルトたちは一斉に尻尾を振り回し、フェルダーたちの顔をぺろぺろと舐め回して大勝利を喜んだ。玉座の間は、血生臭い戦場から一転、賑やかで温かい絆の場へと変わる。レンはその光景を見守りながら、確かな勝利の手応えを噛み締めていた。




