155 凱旋の鐘を断つ翼! 八咫烏の急報と、六天魔王が招く修羅の戦火
南オミラン王国の制圧、その余韻に浸る間もなかった。
王都の謁見の間からレンが立ち上がったその時、窓の外からひときわ鋭い羽音が響いた。
バサァッ!
レンが空を見上げると、一羽の黒い鳥――ヘレナの眷属「八咫烏」のヤタが、激しい勢いで飛来し、レンの肩に降り立った。その足には、緊急を告げる赤く封印された手紙が巻き付けられている。
「ヤタだ……? このタイミングで緊急の報せか」
手紙を解いたレンの表情から笑みが消え、凍り付くような殺気が立ち昇った。
「ミノス王国と六天魔王の国境で、大規模な紛争が発生した……! 六天魔王の軍勢が、突如として侵攻を開始したらしい!」
南オミランを屠ったこの隙を狙い澄ましたかのような、卑劣な奇襲。
「全軍に伝令! 南オミランの事後処理は北オミランに一任する! 我らは即時、ミノスへ帰還する!」
レンの決断は早かった。ヘレナとリリスが待つ地が脅かされている今、迷う時間は一秒たりともない。
「全コボルト兵よ、今すぐ南オミランから全軍送還! ミノスへ急行し、そのまま現地で防衛に就け!」
レンの号令と共に、一万のコボルト兵が光の粒子となって消えた。そしてレンたちは、騎竜を駆って荒野を激走し、死に物狂いでミノスとの国境へと向かった。
ミノス王国と六天魔王領の国境付近。
そこは既に、地獄の様相を呈していた。
レンが南オミランで送還したコボルトたちが、ミノスの兵たちと肩を並べ、既に防衛戦を展開していた。
彼らは数倍の魔物たちを相手に、持ち前の高い練度で「壁」となり、崩壊寸前の戦線をギリギリのところで支えていた。
レンたちが戦場に到達したその瞬間、戦場の空気が一変した。
「全軍、突入! 召喚!!」
大地を揺るがし、戦場に出ていなかった予備戦力である万のコボルト騎士が戦場に顕現する。しかし、ただ数を増やしただけではこの混沌は覆せない。
「……フェルダー、エリー、ダリア、ゲイル。私の指揮に合わせなさい」
ヴァイシュラが静かに命じ、流星刀を抜く。
彼女が一歩前へ出るだけで、戦場の荒々しい空気がピタリと静まり返った。それは単なる気迫ではない。かつて軍神と呼ばれた彼女が持つ、戦場そのものを支配する「戦術的権能」の発動であった。
「――この戦場、私の庭とする」
ヴァイシュラの指揮が入った瞬間、アレス軍の動きが劇的に変わった。
魔法師団は無駄打ちを止め、ヴァイシュラが指し示す「一点」にのみ火力を集中させる。槍術騎士団は敵の突撃をあえて受け流し、ヴァイシュラの描いた軌跡の上で敵を死の罠へ誘導していく。
バラバラだった戦線が、一つの巨大な「生き物」のように連動し始めたのだ。
「な、何だあの連携は……!? さっきまで手応えのあった我らの攻撃が、まるで壁に弾かれるように……!」
魔王軍の指揮官が狼狽する中、ヴァイシュラは淡々と戦場を支配し続ける。
彼女の指示一つで、コボルトたちが敵の急所を的確に突き、敵軍の陣形は面白いほどに崩壊していった。混乱していたミノス軍も、この圧倒的な勝利の旋律に導かれ、息を吹き返して反撃を開始する。
「サンディ、この状況なら制圧までどれくらいだ?」
「ええ、ヴァイシュラ様が戦場のコントロールを完全に掌握しました。……そうですね、このままいけば三分で勝負は決します」
レンは燃え上がる国境線の先、六天魔王の旗印を冷徹に見据えた。
軍神の采配、そして神速の補給。アレス王国の真の力を見せつけられた魔物たちは、勝利の確信を絶望へと塗り替えられながら、次々と蹂躙されていくのであった。




