154 蹂躙の旋律、絶望の包囲網! 落ちる五つの星と、アレスにひれ伏す南の果て
国境付近の平原は、地獄のような惨状を呈していた。北オミラン軍と南オミラン軍が複雑に絡み合い、泥沼の混戦を繰り広げている。空には炎が舞い、大地は魔法の残滓で焼け焦げ、血の臭いが大地を覆い尽くしていた。
だが、その混沌の戦場を、丘の上からアレス王国軍は静かに俯瞰していた。
「サンディ、そろそろ始めようか」
「ええ。敵軍の指揮系統がもっとも前線に集中し、隊列が極限まで伸び切った……今です」
レンが手袋を外し、静かに指を鳴らす。
「召喚! ――精鋭全軍、配置転換!」
戦場に亀裂が走るような轟音と共に、光の粒子から万単位のコボルト兵が降り立った。彼らは事前にサンディが策定した「完全包囲陣」を寸分の狂いもなく形成し、戦場を支配した。
「な、なんだあの数は!? いつ、どこから湧いて出たんだあああ!」
南オミラン軍の陣営から、五人の侯爵がそれぞれの異能を解放し、戦場の支配権を奪い返さんと立ちはだかった。
「我が火竜の炎で、そのゴミ共を焼き尽くしてくれるわ!」
赤髪を燃え盛らせる火竜マルスが、炎の奔流を解き放つ。
「森の理、これぞ我が術式。地に還れ!」
森人ユピテルが杖を掲げると、地面から無数の大樹が突き出し、コボルトたちの足を止めようとする。
「空からでは逃げられんぞ!」
鳥人のウラヌスが翼を広げ、真空の刃を撒き散らす。
「溺れるがいい、我が水の牢獄で!」
魚人メルクリウスが戦場を濁流に変え、ドワーフのサトゥルヌスが地面を強打して地震を起こした。
しかし、アレス軍に動揺は皆無だった。
「わん!(炎など、盾を出すまでもないワン!)」
アハトが黒首の魔剣で炎を斬り裂き、ノインは大地を凍らせてユピテルの樹木を脆く砕く。
「ワンワン!(空の虫ケラには、俺の牙が届くワン!)」
空へ飛び上がったウラヌスの背を、影から飛び出したコボルトたちが一斉に打ち落とす。
メルクリウスの水牢も、フンフが放った電撃で一瞬にして蒸発した。
サトゥルヌスの地震も、アレス軍の精緻な隊列の前ではただの振動に過ぎなかった。
戦況は、もはや混戦などという生易しいものではなかった。アレス王国のコボルトたちは、一個小隊規模から連携を完結させており、侯爵たちの強力な魔術さえも、規律と連携の前に無力化されていく。
やがて、戦場に奇妙な静寂が訪れた。五人の侯爵たちは、愛用していた武器を折られ、なす術なく地面に膝をつくしかなかった。
「……戦いは終わりました。全軍、制圧完了です」
サンディが記録帳を閉じると、レンはヴァイシュラを従え、悠然と王都へ向かった。
南オミラン王国の王都・謁見の間。
レンとヴァイシュラが、静かに玉座へ歩みを進める。そこには、すべての切り札を失い、逃げ場を失った国王ヘクサゴンが一人残されていた。
「なぜだ……五侯爵をもってしても、この国を守れなかったのか……」
「理由か。そんなものは単純さ。貴国の領土と権益、すべてアレスの糧にする。それ以上でもそれ以下でもない」
レンの冷徹な言葉とともに、ヴァイシュラが流星刀の切っ先を国王の喉元へと滑らせる。それは慈悲なき、しかし必然の結末だった。
国王の絶命を確認し、レンは玉座を振り返る。外では、万のコボルトたちが整然と行進し、王都の民たちへ向けて新たな支配の訪れを告げていた。
ここに、長きにわたり闇と忍びの影に支配されていた南オミラン王国は崩壊し、アレス王国による完全なる制圧が達成されたのである。




