150 血風吹き荒れる領主の館! 忍びの術を嘲笑う軍神の一閃と、影に溶けゆく内通者
南オミランの鬱蒼とした領地を、レンたち一行は騎竜で駆け抜けていた。
北オミラン軍も後方から追走しているが、その行軍速度には決定的な差がある。アレス王国軍は予定通り、敵地深部へと単独で先行していた。
狙うは、アレスの金銭と謀略に屈しなかった「強硬派」十家の領地。
そのうちの一角、六大侯爵家が一つを治める領都まで、あとわずかという地点でサンディが手綱を引いた。
「レン様、ここで同行しているコボルトたちは一旦送還しましょう。コボルトの軍勢を連れて正面から門を叩けば、真っ先に疑われますから」
「そうだね、分かったよ」
レンが短く唱えると、アハトやドライツェンをはじめとする八匹の精鋭たちが、光の粒子となって瞬時に消え去った。
その直後、街道脇の木陰から一人の男がスッと現れた。
「……待っておりました」
「誰だ?」
レンが警戒を露わにするが、サンディが落ち着いた様子で答える。
「彼はザグレウス。我々が手懐けた内通者です。領都制圧後、この領地の統治を任せる予定の男ですよ」
フェルダーがザグレウスを値踏みするように見る。サンディはレンに視線を送り、レンも頷いた。
「今回の作戦指揮はサンディに一任しているからね。任せるよ」
ザグレウスは、レンの影のように控えるロジーナを一瞬だけギョッとした表情で見つめたが、すぐに視線を外し、無言で領都へと歩き出した。一行はその後を追う。
侯爵の領都といえど、その規模はアレスやミノスの街程度。門番もいなければ門もない、実に開放的な街だった。
通りかかると、野菜を売っていた一人の老婆が商売の手を止めて声を掛けてくる。
「おや、あんたたち、見慣れない顔だねぇ」
「……この人たちは俺の知り合いだよ」
ザグレウスがぶっきらぼうに答える。
「そうかい。どんな用事でこの街に来たのかねぇ?」
「俺の客だ」
「ほほう、そうかい。……なら、気を付けていきなされよ」
老婆の言葉を背に通り過ぎた瞬間、ザグレウスがレンの耳元に囁いた。
「レン様、今のお婆さんはこの街の『防犯装置』です。敵の侵入を感知し、どこかで警報を流す役目の者でございますよ」
「なるほど、街全体が監視網か」
ザグレウスの案内で、街の中心に建つ、周囲の屋敷より一回り大きな館に到着した。
「ここの領主は、六大侯爵の一角、『闇のプルトン』です。手強いとは思いますが、お手並みを拝見させていただきますね。では、私はこれで……」
ザグレウスがそう言い残し、煙のようにその場から姿を消した。
「今のが忍術か……!」
「いいえ。ただの気配遮断よ。隠れているだけ」
ロジーナが何気なく、すぐ近くの塀の上に視線を向けた。
「行きましょう」
サンディが館の入り口に近づくと、ようやく異変に気づいた門番が飛び出してきた。
「ここは領主の館だ! よそ者のようだが、どんな用だ? 今日は来客の予定など──」
門番の言葉は、最後まで続かなかった。
――ズバァン!
ヴァイシュラが抜刀一閃。門番の首が宙を舞う。
「……この男からは、殺気とは違う『毒気』を感じた」
冷徹に言い放つと、ヴァイシュラはそのまま流星刀を上段から振り下ろし、頑丈な門そのものを真っ二つに斬り伏せた。崩れ落ちた門の下からは、気配を隠して潜んでいたもう一人の忍びが、真っ二つに両断されて転がっていた。
「さぁ、行くわよ!」
ヴァイシュラが踏み込む。フェルダー、エリー、ダリア、ゲイルも続いた。
「レン様、今です!」
サンディの合図とともに、レンが門の内側へ空間を歪める。
門が崩れる轟音で館の奥から飛び出してきた忍びたちが、侵入者を囲もうとしたその瞬間。
「召喚!」
百匹の精鋭コボルト兵が館の敷地内に一斉に出現した。
「私は逃げ道を押さえるわ」
ロジーナがそう言い捨てると、次の瞬間には影に溶け込み、姿を消した。
(ロジーナまで……忍者顔負けじゃないか)
館の前では、飛び出してきた忍者たちと、フェルダー、そして召喚されたコボルト精鋭部隊が激突。硬質な金属音と獣の咆哮が、静かな領都の夜を切り裂いていった。




