015 解体所の驚愕! もふもふ軍団の秘密鞄と、手際が良すぎる即席BBQ
ギルドの奥にある薄暗い解体所へと足を踏み入れたフェルダーとレン、そして五匹のコボルトたち。一歩中に入った瞬間、ツンとした獣臭と血の匂いが鼻を突いたが、食いしん坊なコボルトたちの反応は全く違っていた。
「ワンワン!」(血と肉の臭いだワン!)
「ワォーン!」(美味そうな匂いがめちゃくちゃするワン!)
「ガウガウ!」(こっちの台から特に良い匂いだワン!)
「バウバウ!」(どれどれ、どんな美味いものがあるんだワン?)
フンフン、クンクン……。
アインスを筆頭に、五匹のコボルトたちは目を輝かせ、早くも尻尾をブンブンと振りながら辺りの匂いを嗅いでまわり始めた。
「こら! あんまり勝手にウロウロするなよ!」
フェルダーが軽くコボルトたちをたしなめつつ、奥の作業場に向かって声をかける。
「よう、とっつぁん。久しぶりだな」
「おお、フェルダー。元気そうだな。……ん? 後ろに連れてる不気味なほど綺麗なワン公どもは、……コボルトか。随分とピカピカに磨き上げてるじゃねえか」
奥から現れたのは、頑固そうな髭を蓄えた解体所の親父だった。親しげに話しかけるフェルダーの顔を見て相好を崩したが、その視線はすぐにコボルトたちへと注がれる。
「ははは、一目で見破るなんて流石とっつぁんだ」
「がはは、伊達に長年この街で魔物の解体をやってねえぞ。毛並みは違えど骨格と筋肉のつき方がありゃコボルトだ」
「相変わらず鋭いね。さっそく買い取りを頼むよ。そこの台に出していいか?」
フェルダーは、ポッカリと空いている大きな解体用の木製台を指差した。
「おう、そこで問題ねえ。今行くわ」
ガシャ、ガシャ、ガシャ……。
とっつぁんが解体台に向かって歩いてくるが、その右足には鈍い金属光沢を放つ義足が嵌められており、片足を引き摺るようにして歩いていた。元は凄腕の冒険者だったのかもしれない。
フェルダーは腰のマジックバッグに手を突っ込むと、道中で狩った魔物の素材を次から次へと台の上に引っ張り出していく。ウルフの毛皮、オークの肉、ゴブリンの魔石……。あっという間に、頑丈な台の上は魔物の素材で山盛りになった。
「おお、随分と多くの魔物を綺麗に討伐してきたようだな。ふん、俺が昔仕込んでやった解体の腕も鈍ってねえようだ。皮の剥ぎ方が完璧だ」
「ああ、領都から商人の護衛をしてきたからな。途中で突っ込んできた魔物は全て美味しく持ってきた。――そうだ、おいレン。お前が集めた薬草も一緒にここで買い取りに出したらどうだ?」
「へっ? 薬草ですか? 俺、自分で採った薬草なんて持ってないですよ?」
レンはきょとんとして首を傾げた。採取道具は買ったが、自分自身の手ではまだ一本も採っていないはずだ。
「何言ってんだ、お前じゃなくてアインスだよ。道中でアンナさんに教わってただろ? さっきチラッと見えたが、アインスの奴、回復薬と大量の薬草を抱え込んでたぞ。回復薬はこれからの旅で使うから持っておくにしても、薬草はここで買い取ってもらえば当面の路銀になるだろ?」
「ええっ!? アインス、本当にお宝を持ってるの?」
「ワフ!」(レン、これの事だワン? 此処に全部入れてるワン!)
見れば、秋田犬風コボルトのアインスは、小さな革鞄を器用に肩から斜め掛けにしている。
(そういえは、馬車を降りる時にアンナさんから『薬草採取用に使いなさい』って鞄を譲り受けていたのは知っているけれど……もしやあの鞄って……!)
「アインス、その鞄から薬草を出してみてくれる?」
「ワフワフ!」(分かったワン! よいしょ、よいしょだワン!)
アインスが短い手で鞄の紐を解き、解体台の空きスペースに薬草をポンポンと出し始めた。
するとどうだろう。小さなポシェットサイズのはずの鞄から、明らかに容量を超えた、瑞々しい大量の薬草が次から次へと溢れ出てくるではないか。その数、数十束。
(やっぱり……! アンナさん、これ普通の鞄じゃなくて高価な『マジックバッグ』じゃないか……! 黙ってこんな凄いものをくれるなんて、いつか絶対にお返しをしないとダメだな……)
レンは老夫婦の底知れない優しさに、改めて胸が熱くなった。
「ほほう、こりゃあ驚いた。どれも根を傷つけずに葉だけを均一に刈り取ってある。薬草の採取の仕方がすこぶる丁寧で、最高の状態だ。これなら買い取り額にがっつり色を付けさせて貰うよ」
とっつぁんが薬草の質の高さに感心して目を細める。
と、そんなやり取りをしている真ん中で――。
「ワンワンワンワン!」(お腹空いたワン! 匂いでお腹と背中がくっつくワン!)
「ワォーン!」(さっきのご飯じゃ足りないワン! 我慢出来ないワン!)
「ガウガウ!」(この生肉の匂い、たまらんワン!)
「バウバウ!」(ねぇレン、おねだりワン! なんか食べたいワン!)
ツヴァイ、フィア、ドライ、フンフの四匹が、我慢の限界とばかりに解体台の周りで一斉に騒ぎ出し、レンの服の裾を引っ張り始めた。
「おう、お前らそんなに腹が減ったのか。……とっつぁん、コイツらが喰えそうな、解体で出た端材の余りとかってあるか?」
フェルダーはコボルトたちの言葉の正確な意味は分からないが、長い付き合いの犬を相手にするように、言いたいことを大体察して苦笑した。
「ああ? ああ、そこの大きな木樽に、捨てる予定の内臓や、人間が喰えねえ硬い端肉が山ほど入ってる。魔物の喰い扶持になるなら、好きなだけ喰っていいぞ」
「ワンワン♪」(ワーイだワン!)
「ワオーン♫」(さすがとっつぁん、話がわかるワン!)
「ワフーン!」(お肉有難うワン!)
人間の言葉を完璧に理解できるコボルトたちは、許可が出た瞬間に歓喜の声を上げ、一斉に樽へと駆け寄った。
ここからの彼らの行動は、とっつぁんとフェルダーの度肝を抜くものだった。
まずアインスが、自身のマジックバッグ(アンナから貰った鞄)からマイ鉄板と薪を手際よく取り出して地面にセット。
続いてフラットコーテッドレトリバー風のフィアが、ダリアに教わった生活魔法『ストーン』を唱えて、鉄板を支える簡易的な竈を瞬時に構築。
極めつけに、ハスキー風のフンフが、カミラに買って貰ったスクロールで覚えたての生活魔法『ファイア』を器用に唱え、薪にポッと火を点けたのだ。
ジューーーッ!という小気味良い音と共に、樽から持ってきた内臓や端肉が鉄板の上で香ばしく焼け始める。
「ワフワフ!」(生でもいけるけど、軽く焼くと油が甘くなって最高に美味しいワン!)
「……おいおい、フェルダー。コイツら、やけに道具の扱いや魔法に慣れてやがらねえか……? 絶滅寸前の新種の妖精か何かか?」
信じられないものを見る目で、即席BBQを器用に楽しむコボルトたちを見つめる解体所のとっつぁん。
ただただ感心し、呆気にとられる大人たちを余所に、もふもふ武闘派(兼・調理派)軍団は、ハフハフと器用に肉を口に運んで至福の表情を浮かべるのだった。




