137 失われた至宝と大将軍の誕生! 恐るべき軍神の教導と常勝不敗の基礎
その頃、主を失ったエチラル王国は、かつてない大混乱の渦中にあった。
「ヴァイシュラ様あああああ!」
女王ヴァイシュラが突如として王位を返上し、そのまま行方不明になったという凶報は瞬く間に国中を駆け巡った。
あの傲慢な重臣たちとは異なり、彼女の高潔さに救われ、心から忠誠を誓っていた騎士や民、心ある者たちは、絶望に打ちひしがれながらも必死の捜索を続けていた。
「嘘だと言ってくれ! 一体どこへ行かれたんだぁっ!」
「綺麗事ばかりと謗る者もいたが、ヴァイシュラ様が居なければこの国は本当に終わりだぞ!」
「探せ! どんな小さな足跡でも見逃すな! 死ぬ気で探し出すんだあああああ!」
血眼になった捜索隊が国内外を駆け巡るが、彼らの必死の努力も虚しく、ヴァイシュラの行方を突き止めることは出来なかった。
それもそのはず、国を捨てた彼女が、まさか遥か遠く離れたアレス王国の王都にいるなど、エチラル王国の人間は誰一人として想像すらしていなかったのである。
もしも、エマの地でレンたちとヴァイシュラが出逢っていなければ――彼女は行くあてのない放浪の果てに、いつか再びエチラル王国の民を救うために戻り、やがて版図を広げるアレス王国にとって「最大の敵」として立ちはだかっていたかも知れない。しかし、運命の歯車は別の未来を選択していた。
王都へと足を踏み入れたヴァイシュラを待っていたのは、彼女のこれまでの常識を根底から覆す光景だった。
そこには、愛らしいコボルトたちと何不自由なく幸せに笑い合って暮らす王都の民の姿があり、何よりも、性別による差別や偏見が一切存在しない、真に実力が評価されるアレス王国の温かい空気が満ちていた。
その理想の国を肌で実感し、深く感銘を受けたヴァイシュラは、自らレンの配下に入ることを志願したのである。
「ヴァイシュラの実力なら、役職は『将軍』が妥当だな」
王宮の会議室で、レンがそう提案する。
「そうですね。彼女の類稀なる戦術眼を考えれば、軍事の最高責任者が最も相応しいと考えます」
レンの言葉を、軍師であるサンディが即座に支持した。
「そうだな! ヴァイシュラが将軍になるってんなら、俺は喜んで将軍職を退くぜ。ヴァイシュラの下で、ただの騎士団団長として一兵卒みたいに暴れ回る方が性にも合ってるしな!」
フェルダーが豪快に笑いながら、あっさりと自分の将軍職を譲ろうとする。
「いえ、滅相もありません。私はこの国では新参者。一兵卒からのスタートでも一向に構いませんよ」
ヴァイシュラは慌てて首を振るが、そこへもう一人の将軍であるロバートも口を開いた。
「ならば、私の代わりに将軍の座に就いていただいても良い。それほどの実力が貴殿にはある」
「うーん、フェルダーにはこれまで通りコボルト部隊を、ロバートには人間の兵の部隊を見て貰うから、二人の将軍はそのままだ。よし、ヴァイシュラには『大将軍』になってもらって、フェルダーとロバートの二人の上に立つ総司令官の役職に就いてもらおう!」
「まあ、それが一番妥当だな。異議なしだ」
ロバートが深く頷く。
「ああ、俺もヴァイシュラほどの天才を使いこなす自信はねえからな! むしろヴァイシュラが上司になって、上からガツンと命令された方がよっぽど動きやすいぜ!」
ロバートとフェルダー、二人の将軍も満場一致で了承したため、ここにアレス王国初となる『大将軍ヴァイシュラ』が誕生した。
時を同じくして、アレス王国の精鋭であるコボルトの「ナンバーズ」たちは、ある種の伸び悩みに直面していた。
いつの間にか彼らは、かつて師匠であったフェルダーやゲイルたちよりも強くなっていたのだ。技術が追いつき、レベルが上がったことで、純粋なスピードとパワーのスペックが師匠たちを上回ってしまっていた。
文句無しにアレス王国トップの実力を誇っていた彼らだったが、先日の九頭竜戦では思いの外に苦戦を強いられた。個々のスペックは高くとも、一対一ではあのレベルの化け物には勝てないという現実を突きつけられ、「世界は広い」と痛感していたのだ。
しかし――ここに、あの九頭竜でさえも一対一で圧倒し、切り伏せられる規格外の怪物が現れた。
それこそが、新大将軍ヴァイシュラであった。
彼女はまさに「戦いの申し子」だった。
訓練場での模擬戦では、ツヴァイ、ドライ、フィア、フンフの4匹が同時に掛かっても、ヴァイシュラの流麗な剣技の前には手も足も出ない。
さらに驚くべきことに、パワー自慢のアハトとノインが加わり、最強格であるエルとブルまで参戦した『計8匹の同時襲撃』であっても、ヴァイシュラは息一つ乱さずすべてをあしらってみせた。
ヴァイシュラは集団戦だけでなく、個人の武術の腕もまた超一流だった。彼女は手合わせの中で、ナンバーズたちの個々の癖や弱点を的確に指摘し、彼らが絶対だと信じていた連携のわずかな隙を容赦なく突いていく。
「ツヴァイ、踏み込みが甘い! ドライ、攻撃のあとの引きが遅い。フィアとフンフは互いの射線を意識しなさい!」
「ワンッ!」(はいだワン!)
超一流の指導を受けたナンバーズたちは、まるで水を得た魚のように、貪欲にヴァイシュラの神速の技術を吸収し、その実力を再び爆発的に伸ばし始めていった。
だが、ヴァイシュラの真に恐るべき点は、個人の武力だけではなかった。むしろ、彼女の本領は「集団の戦い」においてこそ遺憾なく発揮される。個々の力の集合体を分析し、その最適解の陣形で軍全体をチェスの駒のように完璧に動かすのだ。
「これより模擬戦を行う。フェルダーの騎士団は東から、ゲイルの騎士団は西から。ロバートの軍は防衛線を構築せよ」
ヴァイシュラの厳格かつ的確な指導のもと、連日のように大規模な模擬戦が重ねられた。フェルダーの軍対ロバートの軍、騎士団対騎士団。互いに手の内を知り尽くした者同士の高度な戦術合戦を経て、軍全体の練度は凄まじい勢いで精強になり、団長たちや将軍たちの采配能力もまた、見違えるように向上していった。
アレス王国の兵たちは、他国のような「いざという時に駆り出される農民」とは根本から異なる。彼らはコボルトたちがダンジョンや狩りで稼ぎ出す膨大な資金を原資とし、高い給金と徹底した設備で保障された『常備兵』なのだ。
日々の生活を憂うことなく、軍神ヴァイシュラの施す最先端の訓練をただひたすらに重ねる。
こうして、アレス王国の軍隊は、いかなる大国をも震撼させる「大陸最強の鉄血の兵」へと、着実に、そして急速に仕上がっていくのであった。




