136 軍神の新たな旅路! 忠義のフィルツェンと、最凶の護衛布陣
「ヴァイシュラさん、もしよろしければ、うちのコボルトを助けていただいたお礼もきちんとしたいですし、一度私たちの王都へいらっしゃいませんか? 歓迎いたしますよ」
レンが屈託のない笑顔でそう誘うと、ヴァイシュラは驚いたように目を丸くした。
「え……よ、よろしいのですか?」
そう問い返す彼女の胸の内には、安堵の吐息が漏れていた。
(実は国を捨てた後、本当に行くあてもなく、この広大な大陸をただ一人で彷徨っていたのです。まさか、このような温かい誘いをいただけるなんて……)
「もちろんです。うちの大事な子の命の恩人ですからね。大歓迎です」
「ただ、その子は辺境の山岳救助隊だから、本来の任務を考えると、このまま一緒に王都へ連れていくわけにはいかないけれどねぇ」
ロジーナが少し意地悪そうに、たぷたぷの喉元を撫で回されているブラッドハウンドのコボルトを見つめる。
「えっ!? ……あ、あの! では、この子も一緒に王都へ連れていっては、駄目でしょうか……?」
ヴァイシュラはすかさずレンに懇願した。
(せっかく出会えた、こんなにも忠義心に厚くて愛らしい子ですもの。ここで離れ離れになってしまうなんて、あまりにも寂しすぎるわ!)
どうやら彼女は、この不細工ながらも愛嬌の塊のようなブラッドハウンドのコボルトを、心の底から気に入ってしまったようだ。
「え、あ、うーん。まあ、本犬たちが良ければいいですよ。……おい、お前たちのリーダーを一人、王都へ連れていっても大丈夫か?」
レンが残されたアラスカンマラミュートのコボルトと、バーニーズマウンテンドッグのコボルトに視線を向けて確認する。
「わんわん!」(マスターの御言葉は絶対だワン! 連れていくといいワン!)
「わんわん!」(残された僕たちだけで、ここの山岳警備は何とかしてみせるワン!)
「だそうです。問題ありませんよ」
「ありがとうございます……! ああ、本当に良かった……」
ヴァイシュラは心底ほっとしたように胸をなでおろした。
「ところで……今更なのですが、この子の名前は何と言うのですか?」
「名前、ですか? そういえば、まだ名付けていませんでしたね。……よし、じゃあ先ほど、僕を守るために命懸けで身体を張ってくれた、その熱い忠義心に応えて、今ここで最高の名前を授けよう。お前の名前は――『フィルツェン』だ!」
「わんわん!」(やったぁぁぁ! フィルツェン、最高の名だワン!)
新しく素敵な名前を貰ったフィルツェンは、ちぎれんばかりに尻尾を振り、その場でピョンピョンと嬉しそうに跳ね回って喜びを爆発させた。
「わんわん、わんわん!」(フィルツェン、僕の名前はフィルツェンだワン!)
「フィルツェン……良い名前ね。これからよろしくね」
ヴァイシュラは、かつて戦場で敵を震え上がらせたとは思えないほど、柔らかく優しい慈愛に満ちた目でフィルツェンを見つめ、その頭を愛おしそうに撫でるのだった。
「お〜い! レン様、そろそろ九頭竜の解体作業も一段落するぜ! マジックバッグへ一気に収納してくれ!」
前方からフェルダーの豪快な声が響き、レンは我に返った。
「おっと、本当だ。すぐ行くよ」
レンとヴァイシュラが話に花を咲かせている間、ツヴァイ(ゴールデンレトリーバー)、ドライ(ドーベルマン)、フィア(フラットコーテッドレトリバー)、フンフ(シベリアンハスキー)、アハト(ワイマラナー)、ノイン(ボルゾイ)の6匹は、フェルダーやゲイルの指示のもと、文句ひとつ言わずに黙々と巨獣の解体作業を進めていたのだ。
「どれどれ……よし。ジュリアさんに最高に良いお土産が出来たな」
レンは超大容量のマジックバッグを取り出すと、手際よく九頭竜の貴重な素材や肉を次々と吸い込ませていく。
「ガフガフ」(九頭竜の肉、美味いかな? 早く食べたいワン)
「ウォン」(Sランクの魔物だからな、きっと極上の肉質だワン)
アハトが早くもヨダレをダラダラと垂らしながら、ハァハァと舌を出して期待に胸を膨らませていた。
解体を終えたレンたちは、再び騎竜たちが待機している山の入り口へと戻るため、隊列を組んで歩き出した。
先頭を行くのは隠密を兼ねたロジーナ。それに続いてアハトとノインが周囲を警戒し、レンとヘレナが仲良く並んで歩く。その後ろを、すっかり仲良くなったヴァイシュラとフィルツェンが歩き、後衛をフェルダーとドライ、エリーとツヴァイ、ダリアとフィアが固めるという、完璧な布陣だ。
そんな中、軍師サンディが突然猛烈なダッシュでレンの元へと駆け寄ってきた。
「レン様ぁぁぁ! よく見たら、ここにいる全員がパートナーのモフモフを連れているのに、私にだけモフモフがいないのです! 寂しすぎます! ですから、是非ともノインを! あの美しいボルゾイのノインを、私の専属護衛にしてくださいいいいい!」
サンディは涙目になりながら、レンの腕にがっしりとしがみつく。
「ちょっとあんた、何レン様にしがみついてるのよ! 早く離れなさい!」
ヘレナが嫉妬混じりに慌ててサンディをレンから引き剥がそうとするが、サンディは必死の形相で抵抗する。
「お願いします、お願いします、レン様ァァァ!」
「はぁ……分かった分かった、仕方ないな。王都に帰ったら、正式にノインをサンディの専属護衛に任命してやるよ。ただし、嫌がるノインを無理矢理モフっちゃ駄目だぞ? 『強制モフモフ』は我が国では重罪だからな」
「ははぁ〜っ! 有難き幸せにございますぅぅ! 神に誓って、ノイン様への強制モフモフは絶対に致しませんわ!」
サンディはレンから離れると、大げさに天を仰いで大喜びした。
「え、レン、本当に良いの?」
ヘレナが心配そうに尋ねる。
「まあ、ノインには少し退屈な思いをさせるかもしれないけど、サンディは我が国にとっての重要人物だからね。しっかりとした護衛は必要不可欠だろう。それに、ノインの代わりに僕の新しい直属護衛には『ドライツェン』を指名するつもりだから大丈夫だよ」
それを聞いたフェルダーが、うへぇ、と可笑しそうに顔を歪めた。
「おいおい、アハトとドライツェンって……。レン様、そいつはいくら何でもイケイケすぎて、うちの国でも最凶の武闘派コンビになっちまうぞ?」
ちなみに『ドライツェン』とは、ジャーマンシェパードドッグの姿をした極めて優秀なコボルトだ。漆黒と黄褐色の引き締まった毛並みに、短毛のダブルコート。高い知性と圧倒的な戦闘力を誇る、まさにアレス王国が誇る軍用犬の最高峰であった。
そんな賑やかな雑談を交わしながらしばらく歩くと、一同は無事に騎竜たちの待つ場所に到着した。
「ヴァイシュラさん、騎竜の扱いには慣れていますか? 乗ることはできますか?」
レンが問いかける。
「ええ、もちろん大丈夫です。エチラルでも竜騎士の訓練は受けておりますので」
「よし、じゃあ僕とヘレナが大型のドラッヘに二人乗りをして、ヴァイシュラさんにはヘレナが乗ってきた騎竜をそのまま使ってもらいましょう」
「分かったわ。レン、私が前に乗るからね。貴方は後ろから、しっかり私に捕まっておくのよ?」
ヘレナが少し嬉しそうに言いながら、ドラッヘの鞍へと軽快に飛び乗る。
「ははは、了解」
こうして、予期せぬ『軍神』という最強の仲間と、新たな相棒フィルツェンを一行に加え、レンたちは賑やかな足取りで、愛する我が家――アレス王国の王都へと帰路に就くのであった。




