134 軍神の困惑と覇王の日常! あまりに気さくなアレス流の洗礼
「おう、見事な助太刀感謝するぜ! 俺はフェルダーだ。ところで、あんた一体全体どこのどなただ?」
九頭竜の巨体が完全に沈黙した戦場。息を荒くしながらも、フェルダーは乱暴ながら決して高圧的ではない、純粋な敬意と感謝を込めた口調でヴァイシュラに名を尋ねた。
「本当に凄まじい剣技だったわよね。ただ者じゃないとは思っていたけれど……」
ロジーナもその超絶的な戦いぶりに目を輝かせ、興味津々といった様子でヴァイシュラを見つめる。
「……ヴァイシュラだ」
麗しき男装の剣士が短く名乗ると、フェルダーは首を傾げた。
「ヴァイシュラ? うーん、なんかどこかで聞いたことがある名前だなぁ……」
――ポカッ!
「この馬鹿! ヴァイシュラ様と言ったら、大陸北西部を統べるエチラル王国の女王、あの『軍神』ヴァイシュラ様じゃないの!」
ダリアがフェルダーの後頭部を容赦なく叩き、信じられないものを見る目で告げた。
「げげっ!? 通りで冗談抜きに強いわけだわ!」
――ポカッ!
「あんたも失礼よ!」
エリーが今度はロジーナの頭を厳しく叩く。
「す、すいません! 決して悪気があった訳ではないのです、我が国の者が大変な無礼を……どうかお許しください! ほら、あんた達もさっさと謝って!」
エリーは真っ青になってヴァイシュラに深く頭を下げると、フェルダーとロジーナの首根っこを掴んで無理やり頭を下げさせた。
「いや、申し訳ない!」
「私もごめんなさい……っ」
二人が平謝りするものの、相手は一国を総べる最高権力者だ。およそ女王に対して取るべきではないあまりにフランクな態度に、エリーは冷や汗を流して焦りまくっていた。
「ちょっとおおお! レン様! 早く来てください!」
エリーはこれ以上自分たちだけでは対応しきれないと判断し、レンに公的な対応をして貰おうと後ろを振り向いたが――。
「――だからぁ! いくら私を守るためとはいえ、王たる貴方が身を挺して盾になっちゃ駄目でしょ! 嬉しい……嬉しいけどさぁっ!」
そこでは、ヘレナが顔を真っ赤に染めてもじもじと身をよじりながら、レンにお小言を喰らわせていた。
「まあ、私の鉄壁の結界が完全に展開されていましたから、陛下に傷一つ付くはずはありませんでしたけどね」
横ではサンディがいつも通り澄ました顔で手柄を主張している。
「ワンワン!」(マスター、危なっかしすぎるワン!)
と、ゴールデンレトリーバーのツヴァイ。
「ワォン」(無茶は駄目だワン)
と、フラットコーテッドレトリバーのフィア。
「ガウガウ」(本当に心配したワン……)
ドーベルマンのドライ。
「バウバウ」(自分の命をもっと大事にするワン)
シベリアンハスキーのフンフ。
「いや、あの時は本当に無我夢中だったんだから、仕方がなかっただろう……?」
コボルトたちにまでベシベシと前足で叩かれ、タジタジになっているレン。
ダリアやエリーの視線の先には、威厳もへったくれもなく、王妃と最愛のモフモフたちから全力で説教を受けているアレス国王の姿があった。
また、そのすぐ近くでは、真っ先に主の盾となったブラッドハウンドの救助隊コボルトを、他のコボルトたちが褒めちぎっている。
「ウォンウォン」(お前、実に見事な反応だったワン。良くやったワン)
ボルゾイのノインがオリハルコンの剣を鞘に収めながら鼻を鳴らす。
「ガフガフ」(偉いぞワン! 後で美味い肉を分募ってやるワン)
ワイマラナーのアハトも尾を振る。
「わんわん……」(マスターを助けたくて、ただ必死だったワン……)
ブラッドハウンドのコボルトは照れくさそうに顔の皺を寄せていた。
「あ、あ〜! ヴァイシュラ様、ちょっとそこで待ってくださいね! 今うちの国王からきちんとお礼を言って貰いますから!」
エリーは額の汗を拭うと、説教の輪の中にいるレンの元へとドタドタと走って行った。
「……国王?」
ヴァイシュラは思わず驚きに目を見張る。
(国王? ここは確かアレス王国の辺境……ならば、あの少年がアレスの国王なのか? だが、自らの命を懸けて臣下や魔獣を庇い、逆に今度は彼らからこれほど対等に叱責されている。我がエチラル王国の、欲深くいがみ合う貴族たちとは大違いだ。待てよ、アレス国王の出自は高貴な貴族なのか? それとも……もしかしたら平民の出か?)
ヴァイシュラは、自国の重臣たちとはあまりにも異なる、温かで信頼に満ち溢れたアレス王国の空気感と、レンという存在の特異さに、深く考え込んでしまった。
「レン様、さっき助けてくれた女性なんだけど、エチラル王国の女王で『軍神』って呼ばれてるヴァイシュラ様らしいのよ! ちょっと私たちじゃ役不足すぎるから、ちゃんと挨拶してお礼を言ってよ」
エリーがレンの耳元でそうヒソヒソと囁く。だが、驚異的な聴覚をもたらすスキル『多聞』を持つヴァイシュラには、その言葉のすべてが筒抜けであった。
「やっぱり、ヴァイシュラ様だったのね。先ほどの戦場全体を支配するような美しい戦い方を見ていて、そうだと思ったわ」
サンディが深く納得した表情で頷く。
「へぇ、あの人が……。よし、分かった、俺が行こう」
お小言から解放されたレンが、衣服の土を払って立ち上がる。
「頼んだわよ、陛下!」
エリーは気軽にレンの肩をパンと叩いて送り出した。
「私も行くわ。一国の女王がこんな辺境に一人でいるなんて、訳ありに決まってるもの」
ヘレナも鋭い視線をヴァイシュラに向けながら、レンの後ろをぴったりとついて行くのだった。




