133 覇王の剣と軍神の神速! 窮地に舞い降りた男装の戦閃
「あの大蛇、さすがに手強いな。うちの自慢のコボルトたちが囲んで叩いても、なかなか決定打を与えられないぞ」
前線の激闘を見つめながら、レンが感心したように呟く。
「当然よ。何度も言うけど、あれはただの大蛇じゃなくて九頭竜。大蛇の変異種の中でも、9つの首を持つ正真正銘Sランクの超危険な魔物なんだから」
一歩下がった位置から、ヘレナが戦況を分析しつつ答える。
「九頭竜……竜ってことは、やっぱりドラゴンの一種なのか?」
「違うわよ、トカゲよ、トカゲ。私たちが乗ってきた騎竜の親戚みたいなものね。本物の真竜は、これの比じゃないくらいもっと強くて恐ろしいわよ」
「そっかぁ。でも、トカゲの分際であの皮膚は相当硬そうだな。普通のコボルトたちのマチェットじゃ、弾かれてまともに効いてないみたいだ」
「そうねぇ。今ちゃんと傷を与えられているのは、フェルダーの光の剣と、ゲイルの雷槍、ロジーナの魔剣、あとはドライの魔剣くらいかしら? でも、どれも巨体に対しては浅手で、致命傷には程遠いわね」
「ふむ……だったら、これでどうだ?」
レンは自身の腰に差していた、神話の金属で鍛え上げられた最高峰の業物――『オリハルコンの剣』を静かに引き抜いた。そして、前線へ飛び出す機会を窺っていたノインの前に差し出す。
「ノイン、これを持ってあの九頭竜をぶった斬ってこい。オリハルコンの刃なら、Sランクの鱗だろうが紙切れみたいに引き裂けるはずだ」
「ウォン?」(マスター、こんな素晴らしい宝剣を俺に貸してくれるのかワン?)
ノイン(ボルゾイ)が驚きに細い目を丸くする。
「ああ、使ってくれ。僕の護衛なら、ここにヘレナとサンディがいるから問題ないよ」
「そうね。新入りのサンディもいることだし。……サンディ、あなた自慢の魔術で結界くらい張れるんでしょう?」
ヘレナが視線で促すと、サンディは待ってましたとばかりに胸を張った。
「もちろんでございます、ヘレナ王妃様! この命に代えましても、レン陛下には髪の毛一本、傷一つつけさせない鉄壁の結界を展開してみせますわ!」
「だそうだ。というわけだから、ノイン、行ってこい!」
「ウォンウォン!」(了解だワン! 最高の切れ味、試してくるワン!)
神々しい輝きを放つオリハルコンの剣を受け取ったノインが、白銀の疾風となって戦線へと参戦した。
最高硬度の武器が加わったことで前線の火力が跳ね上がり、九頭竜の巨躯に次々と深い斬撃が刻まれ、戦況は一気にコボルトたち有利へと傾き始める。
(おお、ノインがめちゃくちゃ無双してるな。これならそろそろ倒せるかなぁ……)
レンは少し緊張を緩め、前衛陣が九頭竜を圧倒していく様子をボーッと眺めていた。
――だが、その油断を戦場の魔物は見逃さなかった。
フェルダーたちの猛攻によって切り落とされ、地面に転がっていたはずの『白首』が、不気味にピクリと動いて怨念の籠もった目を見開いたのだ。
そして、その凶刃のような視線が、後方で無防備に佇むレンとヘレナに真っ直ぐ向けられたことに、レンは直感的に気付く。
白首がその顎を裂かんばかりに大きく開いた。
(……ッ! マジでヤバい気がする!)
身体が思考よりも先に動いた。レンは咄嗟にヘレナの前に飛び出すと、両手を大きく広げて彼女の細い身体を庇うように立ちはだかった。
見れば、白首の喉元が禍々しく膨れ上がっている。明らかに、一撃で全てを消し去るほどの高密度なブレスを放出する前兆だった。
「ちょっとレン!? 何やってるのよ、退きなさい!」
背後のヘレナも異変に気付き、レンの身体を必死に押し戻そうとする。
さらにもう一匹、主の絶対の危機に気付いた影があった。後方に控えていた救助隊のブラッドハウンドのコボルトだ。
「ワンッ!」
彼は持ち前の爆発的な瞬発力でレンの元へと駆けつけ、その筋骨隆々たる巨体でさらにレンをも覆い隠すように盾となった。
「おい! そこを退けえええ! ――って、ん? あれ……?」
レンが衝撃に備えて目を瞑った瞬間、予想していた破壊の衝撃も、爆音も訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、前方には何事もなかったかのように静寂が広がっている。
「――助太刀致す」
凛烈たる、しかし鈴を転がすような美しい声が響いた。
レンたちの目の前には、いつの間にか一人の男装の麗人が立っていた。彼女の手にする長剣からは、ドサリと音を立てて崩れ落ちた九頭竜の『白首』から溢れた鮮血が滴っている。寸前で首を完全に叩き落としたのだ。
彼女こそ、エチラル王国を電撃引退し、この地へと流れ着いていた女王ヴァイシュラであった。
「あ、ありがとう……助かったよ」
命を救われたレンが呆然としながらも礼を言うと、ヴァイシュラは端正な顔立ちを少しだけ和ませた。
「なんの。主を身を挺して守ろうとする貴殿の覚悟、そしてその主を命がけで慕う獣の忠義の心……実に見事なものだった。いたく胸を打たれたゆえ、手を貸したまで。――どれ、残りの首も片付けてこようか」
そこからの戦場は、もはや一方的な「蹂躙」だった。
戦場に躍り出たヴァイシュラの動きは圧倒的の一言に尽きた。彼女はまるで、九頭竜が次にどの首をどう動かすのか、未来のすべてを知悉しているかのように先回りし、それを上回る神速の剣技で首を刎ねていく。
驚くべきは、これが初対面であるはずのフェルダーやコボルトたちとの連携だった。彼らと事前に言葉を交わしたわけでもないのに、ヴァイシュラは前衛全員の視線、踏み込み、癖のすべてを一瞬で把握。危険を未然に防ぎ、彼らの攻撃がより効果的になるよう、完璧な立ち回りで戦場全体を調和させていく。
九頭竜の猛攻も、フェルダーたちの立ち回りも、すべてがヴァイシュラの手のひらの上で転がされているかのようだった。彼女が剣を振るうたびに戦況のパズルが綺麗に噛み合い、敵の戦闘能力が削ぎ落とされていく。
――彼女は、明らかにこの場の戦いのすべてを『支配』していた。
固有スキル『多聞』による戦場の音の完全把握、そしてスキル『軍神』がもたらす無敗の戦術眼。その恐るべき力の前に、あれほど手強かったSランクの九頭竜は、ものの数分と経たずにすべての首を失い、轟音を立てて山肌へと沈み、物言わぬ肉塊へと変わったのだった。
「ぐ、軍神……。間違いないわ、あれこそが大陸北西部の生ける伝説……!」
完璧な戦いの一部始終を目撃していたサンディが、驚愕と興奮に震える声でそう呟くのだった。




