132 極彩色の九頭竜《ヒュドラ》! 泥臭き連携の陣と、揃い踏みしイレギュラー
渓谷の最奥、立ち込める土煙の向こうから姿を現した大蛇の本性――それは、山をも圧する巨体と、天を衝く9つの頭を持つおぞましき怪物の姿であった。
九つの首はそれぞれ不気味な輝きを放ち、白・赤・橙・黄・緑・青・藍・紫・黒という極彩色の9色に分かれている。それらが独自の意思を持つかのように、猛毒の息を吐きながら一斉に蠢いていた。
真っ先に突撃した精鋭コボルトたちが、縦横無尽に戦場を駆け巡る。
「ガウウウッ!」
ドライ(ドーベルマン)が、凄まじい速度で襲い来る白首と赤首の猛烈な噛みつきを紙一重で回避。すれ違いざま、漆黒の刀身を持つ『ゴブリンジェネラルの魔剣』を全力で突き立て、白首の分厚い鱗を強引に貫いた。
「バウッ!」
ツヴァイ(ゴールデンレトリーバー)は、左右から挟み込むように迫る橙首と黄首の突進を軽快なステップで躱し、すかさず距離を取って大蛇の巨大な胴体へ矢を放つ。しかし、カァン! と高い金属音を立てて矢は強靭な鱗に跳ね返されてしまった。
「ワンワン!」
フィア(フラットコーテッドレトリバー)は、目まぐるしく迫る緑首、青首、藍首の三連撃を流れるような動きで翻弄。その隙に最大出力の雷撃魔法を放つ。落雷をモロに浴びた紫首が、パチパチと火花を散らしながら激しく痺れて動きを止めた。
「ワォォン!」
フンフ(シベリアンハスキー)は、大気を震わせる黒首の凶悪な牙を間一髪で頭上へ跳び越え、空中から愛用の槍をその鼻先へと深く突き刺す。
「――ありゃあ大蛇なんて可愛いもんじゃねえ、九頭竜だ。間違いなくSランクだな」
「そうね。あの規模の魔力、まともに食らえばただじゃ済まないわ。かなり厄介よ」
遅れて戦場に駆けつけたフェルダーの呟きに、木陰から姿を現したロジーナが、冷徹な視線で巨獣を睨み据えながら応じる。
「本当に大きな九頭竜ね……!」
「いざ、参るッ!」
続いてエリーとゲイルが到着。無口なゲイルは状況を瞬時に判断すると、凄まじい勢いでこちらを睨みつける緑首に向かって一切の迷いなく駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! もう、みんな速過ぎるのよ……!」
重い大槌を担ぎ、息を切らせながらダリアもようやく戦線に滑り込む。これで前衛陣が揃った。
「首は9つ、こっちの戦力も(レンたちを除けば)ちょうど9人。……一人一首で受け持つのが定石かしら?」
ロジーナがフェルダーへ視線を送るが、元一流冒険者は獰猛に不敵な笑みを浮かべた。
「いや、そんなのはおとぎ話の英雄たちの気取ったやり方だ。俺たちは冒険者だぜ? もっと泥臭く、徹底的な連携で確実に首を毟り取る!」
「その通りよ! 首がいくつあろうが、支えている足は4本! ――『陥没』!」
ダリアが即座に大槌を地面へ叩きつけると、九頭竜の巨体を支える前足の地面が爆発的に陥没した。
ズゥゥン! と巨体がバランスを崩して大きくよろめく。
「行くぜえええ!」
その決定的な隙を見逃さず、フェルダーが雄叫びを上げて突撃する。同時に、呼吸を合わせたツヴァイが橙首の目を、エリーが黄首の目を狙って、正確無比な精密射撃で矢を放ち、視界を奪って動きを制限した。
「なるほどね、いい連携。――『闇縛』!」
ロジーナが右手を鋭く振り上げると、九頭竜の影から無数の漆黒の触手が湧き出し、その巨大な四肢と胴体を強固に縛り上げる。
「長くは持たないわ! 今のうちに畳み掛けなさい!」
ロジーナ自身も腰の魔剣を抜き放ち、狂ったように暴れる青首の懐へ滑り込んで鋭く斬り払った。
他のコボルトたちも一斉に各々の首へ飛びかかるが、彼らの持つ通常のマチェットでは、九頭竜のSランク級の硬度を誇る鱗に掠り傷をつけるのが精一杯だった。
「ちっ! 物理攻撃が通っているのは、ドライの魔剣と俺の光の剣、ゲイルの雷槍、それとロジーナの魔剣だけか……っ!」
フェルダーが剣を振るいながら焦りの声を上げる。
「私とエリーの武装じゃ、接近して九頭竜の攻撃を完璧に避けるのは無理よ。ここは遠距離からのフォローに徹するわ!」
ダリアが魔力を練り上げ、巨大な炎弾を藍首の顔面へ叩きつける。
「ええ! 矢が鱗に刺さらないなら、目を執拗に狙って、前衛から気を逸らさせるくらいはやってみせるわ!」
エリーも弓を引き絞り、ツヴァイに噛みつこうとしていた黄首の眼球へ次々と矢を収めていった。
「――みんな、待たせたな!」
激闘が繰り広げられる戦場に、ついにレン、ヘレナ、サンディの3人が到着。その後方にはワイマラナーのアハト、ボルゾイのノインが固い決意を秘めて付き従っていた。
「わんわん!」(マスター、俺たちも戦うワン!)
「わんわん」(騎竜たちの避難と確保は問題ないワン)
「わんわん」(後方の安全は別の仲間に任せたワン!)
さらにその後ろから、山の入り口で留守番を命じていたはずの山岳救助隊の3匹――ブラッドハウンド、アラスカンマラミュート、バーニーズマウンテンドッグのコボルトたちが息を切らせて現れた。
主の危機を察し、居ても立ってもいられずに駆けつけたのだ。
「ガフガフ!」(頼もしいワン! 分かった、お前ら行くぞ!)
アハトが頼れる救助隊の3匹を引き連れ、戦況を覆すべく九頭竜の足元へと猛然と駆けていく。
「ウォンウォン!」(マスターの完全護衛は俺に任せろワン!)
ノインは細身の身体をレンの前に滑り込ませ、マチェットを逆手に抜いて鋭く身構えた。
「……あいつら、無茶しなきゃいいけど、大丈夫かな?」
前線に突っ込んでいくアハトたちの背中を見送りながら、レンがぽつりと呟く。
「ちょっと、そんな化け物を前にして、他人の心配をしてる場合じゃないでしょ。自分の心配をしなさいよ、自分の一番弱い自覚を持ちなさい!」
ヘレナが呆れたようにレンの脇腹を小突く。
「……ハァ、ハァ、本当に全くですわ。陛下、ここは戦いの専門家たちに任せて、私たちは一歩下がって戦況を見守りましょう……!」
サンディも激しく同意しながら、レンの服の裾をぎゅっと引っ張るのだった。




