129 軍師の拝謁と大蛇《おろち》の咆哮! 覇王を惑わす未知のSランク魔獣
ミノス王国の電撃無血開城を成し遂げ、レンたちは無事にアレス王国へと帰還した。
王城の謁見の間に足を踏み入れると、留守を預かっていた王妃ヘレナがジト目を向けながら出迎えてくれた。
「お帰りなさ~い! ……って、ちょっとレン? また見たことのない女子が増えてるじゃない。一体どういうことかしら?」
ヘレナの鋭い第一声に、レンが言葉を詰まらせる。しかし、その後ろから進み出たサンディは、先ほどまでの不敵な態度を一変させ、流れるような動作でその場に美しく跪いた。
「ヘレナ王妃様ですね。初めてお目にかかります。アレス王国の至宝たる御尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。この度、至高のモフモフ……ゴホン、レン陛下の軍師を務めることとなりました、サンディと申します。以後、お見知り置きのほどを」
その完璧かつ洗練された礼儀作法に、ヘレナは少し意外そうに眉を上げた。
「あ、そう。軍師ねぇ。まあ、ミノス王国をほとんど無血に近い状態で取り戻したっていう報告は、私のヤタから聞いて知っているわ。その作戦を立案したのが、貴女なのかしら?」
「立案などとんでもございません。私の拙い行き当たりばったりの策にすぎませんわ。ですが……ヘレナ王妃様が握る大陸随一の機密情報と私の智謀を組み合わせれば、必ずやアレス王国の覇道に大いなる貢献ができると確信しております。後ほど、今後のオミラン調略について詳細をご相談させていただけますと幸いです」
「ふん、軍師を自称するだけあって、情報の価値を正しく理解していることは評価してあげるわ。いいわよ、後でたっぷり話をしましょう」
(ふぅ……何事もなくて本当に良かった。ヘレナが嫉妬で爆発するかと思って、一瞬変な汗が出たよ……)
レンが胸を撫で下ろしている後ろで、送還されずにくっついてきたコボルトたちが呑気に鼻を鳴らしていた。
「ガフガフ」(マスター、アレスの飯は美味いワン? 腹減ったワン)
「ウォンウォン!」(アハト、王妃様の前よ。少しは我慢しなさいワン)
相変わらず食い意地の張ったアハト(ワイマラナー)を、ノイン(ボルゾイ)が呆れたように前足で嗜めている。そんな日常の光景にヘレナは小さく笑ったが、すぐにその表情を真剣なものへと引き締めた。
「――そう言えばレン、のんびりお茶を飲んでいる場合じゃないわよ。エマ国だった領土の辺境部、その深い渓谷に、突如として巨大な大蛇が出現したわ」
「えっ、おろち!?」
ヘレナの口から飛び出した不穏な単語に、レンは驚いて目を見張る。
「へぇ、おろちねぇ……。東方の伝説に聞く多頭の巨蛇かしら? フフ、これは私の新しい魔術の出番かもしれないわね」
ロジーナが楽しげに唇を舐めると、レンの冒険心がグッと刺激された。
「よし! さっそく退治しに行こう!」
「ワンワン!」(だめワン! マスターは大人しく留守番してるワン!)
「ワォン!」(危険すぎるワン! 陛下は戦えないワン!)
即座にツヴァイ(ゴールデンレトリーバー)とフィア(フラットコーテッドレトリバー)がレンの前に立ち塞がり、全力で引き止めにかかる。
「ガウガウ!」(もしマスターが行くなら、俺たちが全力で肉壁になるワン!)
「ガフガフ」(大蛇の肉、美味そうワン! 俺も行くワン!)
ドライ(ドーベルマン)とアハトはすでに戦る気満々で、獰猛に尾を振っている。
「――陛下、大蛇は通常でもAランクに指定される超危険な魔物だ。だが、個体によっては突然変異でSランクに指定される化け物もいる。元冒険者の俺から言わせても、冗談抜きで危険な相手だぜ」
フェルダーが腕を組み、重々しい口調で警告する。
「そうねぇ……。いくら冒険者時代より遥かに腕が上がっている今の私たちでも、Sランク相手となれば一瞬の油断で命を落としかねないわ」
「ええ。だからこそ、私たち騎士団も全力で同行するわよ」
ダリアとエリーが武器の感触を確かめるように微笑み、ゲイルも黙って拳を握り締めて頷いている。
「とにかく、レンは絶対に駄目よ。Sランクかもしれない魔物がいる場所に、一国の王をホイホイ行かせるわけにはいかないわ」
ヘレナも冷徹に釘を刺すが、レンの目は輝いたままだ。なにせ前世のゲーマー精神と、今世のテイマーとしての好奇心が抑えきれない。
「いや、Sランクの魔物かもしれないって聞いたら、ますます行きたくなっちゃったよ。倒せるかどうかは別として、一目だけでもその雄姿を見てみたいんだ」
「もう、バカ言わないでよ!」
「まあまあ、王妃様。レンも一国の主である前に、一人の『男』ってことさ。男には行かねばならん時がある。俺たちが責任を持ってしっかり守ればいいんだ、行かせてやろうぜ?」
フェルダーがガハハと笑って助け舟を出してくれた。
「ありがとう、フェルダー! ……だけど、フェルダーたちは今回はここに残って、アレス王国の防衛と次のオミラン戦の準備に備えてもらおうと思っているんだよね」
「……はぁ!? なんでだよ! 元一流冒険者として、俺だって大蛇なんて大物と戦いたくてウズウズしてるんだぜ!?」
「そうだそうだ! 私たち最強の騎士団長たちを置いていくなんて、絶対に言わせないわよ!?」
「久しぶりのデカい獲物だわ! 何が何でも、私も陛下についていくからね!」
フェルダー、ダリア、エリーが一斉に大ブーイングを浴びせ、ゲイルも「置いていかれるのは困る」と言わんばかりに激しく頷いている。
「それでしたら、もしもの時の結界保護と、未知の魔物の生態調査のため、私も陛下の護衛としてご一緒させていただきます。最高のモフモフたちに囲まれる遠征ですしね!」
サンディまでが、下心を隠しきれない完璧な笑顔で同行を願い出てきた。
「……はぁ、もう勝手にしなさい。じゃあ、私も行くわよ。レンが変な無茶をしないように、特等席で見張らせてもらうわ」
ついにヘレナまでが呆れ顔で同行を宣言する。
(あはは、結局みんなで行くことになっちゃったな。……まあ、どうぞどうぞ! 賑やかな大蛇退治になりそうだ!)
レンは内心でクスリと笑いながら、最強の仲間たち、そして頼れるモフモフの軍勢と共に、未知のSランク魔獣が待つエマ辺境へと向かう準備を始めるのだった。




