127 王城に響く誅罰の咆哮! 張り巡らされた魔王の罠と、冷徹なる処刑
レンとサンディは、案内役を買って出たサンディの弟に導かれ、複雑に組まれた王城の回廊を、足音を殺して奥へと進んでいた。
「そう言えば、サンディの弟の名前を聞いていなかったね」
先頭を歩く背中に、レンが声をかける。
「あ、これは失礼いたしました。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、陛下。私は内政部文官のウリセスと申します」
ウリセスと名乗った青年は、緊張で声を上ずらせながらも、生真面目な一礼を返した。
「ウリセス、よろしくな。案内を頼むよ」
「はい! ありがとうございます。……陛下、そろそろこの先からが新王を気取る反逆者たちの居住区域となります。ここからは、あの……リリス姉様から伺っていた、モフモフ……いえ、コボルト兵の皆様を召喚していただいてもよろしいかと」
「ん、そうか。……サンディ、まずは何匹くらい召喚すればいいんだ?」
レンが尋ねると、サンディは顎に手を当てて不敵に微笑んだ。
「そうですね。ウリセスの手引きでここまで奇襲できたのです。敵の虚を突くには、100匹も居れば通路の完全封鎖には十分かと。もちろん、それ以上でも構いませんが」
「ん〜。じゃあ、通路の確保と周囲の威圧を兼ねて、ひとまず500程度でいいか」
「ご、500……!? そんなに一度に召喚できるのですか!?」
ウリセスが目を剥いて驚愕する。
「いや、本気を出せば今ここで1万匹は召喚できるぞ?」
「い、1万……ッ!?」
唖然として開いた口が塞がらないウリセスを横目に、レンは静かに右手をかざした。
「――『召喚』!」
眩い光の魔法陣が廊下一面に幾重にも広がり、次の瞬間、凄まじい密度の気配と共に、500匹の精鋭コボルトたちが一斉に姿を現した。
「ワォンワォン!」(マスター! 会いたかったワン!)
「バウバウ!」(呼ぶのが遅すぎるワン!)
「ワンワン?」(さっそく敵か? ワン)
「ウォンウォン」(怪我はないみたいだワン)
整然と並ぶ500匹のコボルト軍勢。その最前線には、アレス王国が誇るナンバーズの面々が、鋭い覇気を放って整列していた。
フィア(フラットコーテッドレトリバー)、フンフ(シベリアンハスキー)、ツヴァイ(ゴールデンレトリーバー)、ノイン(ボルゾイ)、ドライ(ドーベルマン)、アハト(ワイマラナー)の6匹だ。
「あああああ、ノイン! 麗しのノイン、やっぱり最高に美しいわぁ!」
緊迫した空気などどこ吹く風、サンディがさっそくノインに抱き着いて頬ずりを始める。
「ウォンウォン……」(この人間、また来たワン……助けてマスター……)
ノインが心底困惑した顔でレンを見つめる。
「ほ、本当に500匹のコボルトが……! それに何ですかこの高貴で圧倒的なモフモフの群れは……ッ!?」
姉の奇行をスルーしつつ、ウリセスはただただその神々しい光景に圧倒されていた。
「よし、お前たち、行け。抵抗する者は叩きのめせ!」
レンが命を下そうとした瞬間。
「――お待ちください、皆様!」
サンディがノインから離れ、コボルトたちの進軍を一歩前に出て遮った。
「約束通り、私とウリセスが先頭を進みます。無駄な血は流させません!」
「みんな、武器を捨てて抵抗をやめてください! リリス王女殿下の手勢が、不義理なる反逆者を成敗しに帰還されました!」
「これは不当な襲撃ではない! 国王陛下を弑逆した大罪人たちへの、正当なる『誅罰』だあああああ!」
サンディとウリセスが、喉が張り裂けんばかりの大声を上げて廊下を突き進む。その後ろを、レンと500匹のモフモフ大行進が、静かな、しかし圧倒的な威圧感を持って追従していく。
静寂に包まれていたミノス王城内は、一瞬にして騒然となった。
突如として現れた「神の如きモフモフの大軍」を前に、城内のメイドや文官たちは腰を抜かした。
さらに、サンディとウリセスの叫びを聞き、事態を察したまともな近衛兵たちが、次々と武器を収めて進軍に加わり始める。その中には、凄まじい眼差しでコボルトたちを見つめる女性近衛兵の姿も多かった。
「きゃあ! ……なにあの子たち、可愛い!」
「信じられない……こんな美しい魔物がいるなんて……っ!」
女性兵士やメイドたちは、感動のあまり瞳を輝かせ、拝むようにコボルトたちの行進を見詰める。
「ウォンウォン?」(なんだか視線が熱いワン……)
「ワォンワォン」(いつも戦う時の敵の目と違うワン……)
ノインとフィアは、殺意なき熱狂的な視線に強烈な違和感を覚え、首を傾げながら歩を進める。
しかし、当然ながらクーデターを起こした庶子王子に就いた、欲深い者たちも行く手を阻む。
「ええい、王城に魔物を連れ込むなどけしからん!」
「謀反人どもめ、即刻ここから出て行け!」
数十人の重装歩兵たちが剣を抜き、殺気を放ってレンたちの進路を完全に塞いだ。
「ガウガウ!」(抵抗勢力だワン!)
「ガフガフ!」(やるよ、マスター!)
先頭を警戒していたドライとアハトが、鋭い牙を覗かせながらレンの顔を見上げる。
レンが冷徹に頷いた。
「――殺れ」
その瞬間、ドライとアハトが風を切り裂いて飛び出した。目にも留まらぬ速さでマチェットが閃き、行く手を塞ぐ不忠の兵たちの武器ごと、その肉体を一瞬で斬り伏せ、へし折っていく。
「抵抗するなあああ!」
「手向かう者は全員、前国王を殺害した反逆者の同類と見做して処刑する!」
同行するウリセスたちがさらに叫ぶ。立ち向かおうとした腕自慢の騎士たちが、アレスのナンバーズの前に文字通り「一瞬」で文字通りゴミのように蹴散らされるのを見て、残された兵たちは恐怖に震え上がり、次々と両脇の壁際へとへたり込んで道を譲っていった。
「ええい、何を朝から騒ぎ立てておるのだ!」
「貴様らは何者だ! 誰の許しを得てここへ――」
血の匂いと騒音に導かれるように、居住区の最奥、絢爛豪華な大扉から、数人の貴族と近衛を従えた男が現れた。
きらびやかな王の衣装を身に纏った男――今回のクーデターの首謀者、庶子の王子ヴィクターである。
「ヴィクター! 親殺しの不忠者め! 国王陛下とお妃様の敵、今こそお命頂戴する!」
ウリセスが激昂の声を上げる。
「ウリセス、サンディ! 貴様ら如き地方の羽虫どもが……我に、このミノスの真の王たる我に歯向かうかあああああ!」
ヴィクターが発狂したように叫ぶ。だが、レンはその男の後ろの「影」を見逃さなかった。
ヴィクターの背後。空間が不自然に歪み、漆黒のローブを纏った男が昏い笑みを浮かべて佇んでいる。その魔力は、大陸南部の闇――『六天魔王』のものに他ならなかった。
「……ククク、やはり来ましたか、アレスの小童。我が主、六天魔王様の計画を邪魔する羽虫めが。この城ごと、呪いの中に沈むがいい!」
黒衣の男が禍々しい魔力を練り上げようとした、その瞬間。
「――リリスの父上の仇。そして、僕に牙を剥く『魔王の犬』か。……一匹残らず、噛み殺せ」
レンの冷徹な、容赦のない命令が下る。
「ガウウウウウッ!!!」
500匹のコボルトの群れが、地響きを立てて一斉に爆発的な突撃を敢行した。
「な、何を、させるか! 近衛兵、防戦を――」
「うああああああああっ!?」
「助けてくれ、助けてくれえええええ!」
黒衣の男が展開しようとした呪いの結界ごと、圧倒的なモフモフの津波がヴィクターたちを飲み込んでいく。魔王の使者が放った闇の魔法も、ドライやツヴァイの圧倒的な暴力の前に霧散し、偽王ヴィクター、そして魔王の影の使者は、命乞いをする時間すら与えられず、一瞬にして血の海の中へと圧殺され、消え去るのだった。




