126 覇王の力と軍師の智謀! 押し通るだけの戦を排し、水面下で結ばれる鉄の同盟
「――王城に何の用だ。現在は厳戒態勢中につき、許可なき者の立ち入りは禁じられている」
ミノス王城の巨大な城門前。鋭い槍を手にした門番の衛兵が、サンディの前に立ちはだかって冷たく問い詰める。
「王城の内政部で働いている私の実の弟に、急ぎの届け物がありましてね」
門番とサンディが淡々と会話を交わす後ろで、レンはフードを深く被ったまま、黙ってその成り行きを静観していた。
サンディが事もなげに実の弟の名前と所属部署を告げ、偽造の形跡すら見当たらない完璧な通行許可書類を門番に提示する。書類を検分した門番は、納得したように深く頷くと槍を引いた。
「よろしい、通りなさい。だが、用が済んだら速やかに退城するように」
「ええ、分かっているわ」
サンディの完璧な手際により、二人は何一つ怪しまれることなく、あっさりと城門を通過して敷地内へと足を踏み入れた。
「よし、首尾よく中に入れたな。じゃあ、さっさとコボルトたちを召喚して一気にここを制圧するか」
レンが何気なくマジックバッグに手をかけようとしたその時、サンディが血相を変えてレンの腕を掴んだ。
「ちょっと待ってください、陛下! まさか、こんな開けた中庭でいきなり召喚を始めるおつもりですか!?」
「おう。いつもこの辺りの適当な場所でどっかと召喚して、数の暴力で一気に押し潰して制圧しているよ?」
「ここで召喚してしまったら、現在の偽王(庶子王子)の元に辿り着くまで、城内にいる大勢の近衛兵や騎士たちと正面から大乱戦になるじゃないですか!」
「ああ、その心配なら無用だ。コボルトを5千匹……いや、念のために1万匹くらいドバッと召喚すれば、あっという間に敵を圧殺できるから大丈夫だよ」
「そうじゃありません! 陛下、もしそんな乱暴な真似をしたら、城内で働いている私の弟や、戦う意思のない文官、使用人たちはどうなるのですか!?」
「大丈夫、抵抗さえしなければ誰も殺さないようにコボルトたちに命じるから」
「私の弟はしがない文官ですが、正義感は強いのです。異形の軍勢が突如として攻め込んできたら、命を懸けて抵抗するに決まっています! 他の戦う意思がない者たちだって、急にモフモフの万軍に襲われれば、殺されるとパニックになって武器を手に取る者だって必ず出てきますわ!」
「うーん、弟に関してはそうだなぁ……。あらかじめサンディの匂いをナンバーズたちに覚えさせておいて、似ている匂いの者は殺さずに無条件で捕縛させればいいだろう。……それ以外の、勝手にパニックになって向かってくる者に関しては仕方ないさ。それが『戦争』だからね」
レンが淡々と、前世のゲームのノウハウに基づいた冷徹な現実を口にすると、サンディはまっすぐにレンの目を見つめ返した。
「……陛下。あの素晴らしいモフモフたちの中にも、混戦になれば命を落とす子が出てくるかもしれないのですよ? 人間もコボルトも、みんな必死に生きているのです。レン様はあれだけ桁違いの、神の如き召喚術を持っている。であれば――その智恵と力をもって、出来る限り『最小限の犠牲』でこのミノス王国を無血開城させることだって出来るはずですわ!」
サンディの必死な訴えに、レンは少し意表を突かれたように目を見張った。
「サンディの言いたいことは分かるよ。これでも僕は、略奪や凌辱を一切禁じて、抵抗する者だけを最小限の犠牲で倒して制圧してきたつもりなんだ。力で蹂躙する他の国に比べれば、僕のやり方は余程クリーンで慈悲深いと思っているんだけどな」
「いいえ、陛下ならもっと、極限まで犠牲を削れます! 今この城にいる文官たちは、今後のこの国の内政を支える重要な要。ここで無駄に殺さず、生かして捕らえ、将来的には新生アレス王国の優秀な臣下として働いてもらわねばならない財産なのですわ。ここから国王の玉座まで力尽くで押し通るのは、いくら何でも強引すぎます!」
資産としての文官の価値、そしてモフモフの安全を説く女軍師の言葉に、レンはしばらく考え込み……やがて、ふっと苦笑いを浮かべた。
「ふむ……。なるほどね、一理ある。……よし、じゃあ潜入作戦の指揮はあんたに任せるよ、軍師殿」
「――ッ! 承りました。まずは、私の弟の執務室へ向かいましょう。こちらです」
サンディの手引きで城内の入り組んだ廊下を進み、レンは彼女の弟が籍を置く内政官の部屋へと案内された。
突然の姉の来訪、そしてその背後に控えるフードの男が「アレス王国の国王」本人であると明かされると、弟はひっくり返るほど驚いたが、サンディが耳元で何かをヒソヒソと素早く囁くと、表情を引き締め、即座に部屋を飛び出していった。
「サンディ、今のはどういうことだ?」
「ふふ、私の実家の寄親(後ろ盾)を務めてくださっている高名な『辺境伯』がいるのですが、ちょうど今、このクーデターの戦後処理の呼び出しで王城へ来ているそうなのです。ですので、弟に急ぎでその辺境伯をここへ密かに呼びに行かせました」
「え、そうなの? どういうこと?」
「その寄親の辺境伯は、亡くなられた前国王陛下に対して絶対の忠誠を誓っていたお方。今回の卑劣なクーデターに激しい憤りを覚えているはずですから、きっとリリス王女の力になってくれますわ」
それからしばらく部屋で息を潜めて待っていると、再び扉が開き、サンディの弟に導かれて一人の男が数人の精鋭の護衛を伴って現れた。
それは、一目で一筋縄ではいかないと分かる、圧倒的な貫禄と威圧感を備えた逞しい熟年の武人だった。
「――おお、貴方様がリリス王女殿下の婚約者であり、新生アレス王国を統べる国王、レン様ですね。初めてお目にかかります。ミノス王国西方の広大な辺境領を任されております、トラヴィスと申します」
トラヴィス辺境伯は、鋭い眼光を崩さぬまま、深々とレンに対して礼をとった。
「初めまして、アレス国王のレンです。よろしくお願いします」
(よく知らない人だけど……佇まいからして相当な切れ者だな。第一印象は悪くない)
レンがそう胸中で査定していると、サンディが横からニヤリと不敵な笑みを浮かべて補足した。
「レン様。トラヴィス閣下には、陛下の手によって玉座の間の偽王(庶子王子)および首謀者どもが襲撃・排除された暁に、混乱する城内と近衛兵たちを一気にまとめていただくことで、すでに合意を得ております。すべてはリリス王女殿下を新たな女王として王都へ迎え入れるための、完璧な段取りですわ」
サンディはそう言ってトラヴィスに目配せし、作戦に相違ないか最終確認を行う。
「その通りでございます。かつて大国たるヒダとエマの二国を瞬く間に落としたという、アレスの若き王の実力……。このトラヴィス、その特等席にて、とくと見定めさせていただきますぞ」
トラヴィス辺境伯もまた、豪胆にニヤリと笑い、レンの器を量るように見つめるのだった。内応者という強力な布石を得て、ミノス王城制圧の刃は、確実に偽王の首元へと迫っていた。




