124 軍師、モフモフの前に屈す! 牙を剥く騎士団と、一瞬で崩壊したプライド
「――レン様はただの人間ではなく、無敵のコボルトテイマーですのよ」
リリスはサンディを真っ直ぐに見据え、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「レン様が城の中でコボルトを召喚さえすれば、その軍勢が城内を一気に、完璧に制圧してしまいますわ」
「コボルトが?……ふん、大口を叩くと思えば、言ってもただの弱小魔獣じゃない。コボルトが城内に何匹集まったところで、訓練されたミノスの正規兵を前に、たかが知れてるわよ」
サンディは鼻で笑い、くだらないと言わんばかりに肩をすくめた。
(……やれやれ。僕の覇気がないことだけじゃなく、ついにコボルトたちの悪口まで言い始めたか)
レンの瞳から完全に温度が消えた。
「リリス、もういいよ」
レンはリリスを優しく手で制し、サンディへと冷徹な視線を向けた。
「たとえ彼女がどれほど優秀な軍師だとしても、初対面の他国の国王に対して敬語も使えないどころか、平気で侮辱の言葉を口にする。そんな礼儀の基本すら知らない人間を、僕たちの仲間に引き入れる気は一切ないよ」
「私も陛下に大賛成ね。リリスの昔馴染みじゃなかったら、さっきの不敬発言の時点で首を落としているわよ」
エリーが腰の双剣の柄に手をかけ、氷のように冷たい声を出す。
「そうね。ここは何の魅力もない退屈で小さな領地だし……不愉快だから、私たちの魔法で一瞬にして蹂躙して更地にしてあげましょうか?」
ダリアの周囲に、ピキピキと高密度の魔力が編み上げられていく。
「俺もこの女のさっきからの生意気な物言いには、さすがに頭にきてるんだよなぁ……」
将軍フェルダーが巨躯を震わせ、凄まじい威圧感を放つ。
「同意」
ゲイルもただ一言、鋭い眼光でサンディを射抜いた。
アレス王国が誇る四人の最強騎士団長たちが、一斉にサンディを睨みつける。その殺気は、常人であれば腰を抜かして失神するレベルのものだった。
ただ一人、ロジーナだけは「おーおー、怒ってるねぇ」と言わんばかりに、どうでも良さそうな顔で爪をいじりながら成り行きを見守っていた。
「へぇ? 凄腕の騎士様たちが揃いも揃って、威勢だけは良いこと。やれるもんなら、この館ごとやってみなさいよ」
だが、サンディは彼らの殺気を浴びながらも、なお挑戦的な目を崩さず、挑発するようにニヤニヤと不敵に笑っている。
「リリス、行くぞ。時間の無駄だ」
レンはサンディの安っぽい挑発には乗らず、冷然と踵を返して出口へと歩き出した。
「ふん、命拾いしたな」
フェルダーが吐き捨てて背を向けると、ダリア、エリー、ゲイルもそれに倣って歩き出す。
「まあ、私もこの女を仲間に加えるのは大反対かな」
最後に残っていたロジーナが、リリスに向かって肩をすくめた。
「わざと挑発して私たちの実力を見たいのか、それともレンの器を測ろうとしているのか知らないけど……初対面の相手に対して優秀な軍師がするようなアプローチじゃないわ。何より――私たちの愛するモフモフに対して、あまりにも失礼すぎるもの」
ロジーナがそう言い残して冷たく背を向けた、その時だった。
「――待ちなさい。……ふふ、ギリギリ合格よ。そこまでの実力と誇りがあるなら、この私が直々に力を貸してあげるわ」
サンディが勝ち誇ったように、背中に向かって声をかけた。
だが、レンは歩みを一切止めず、振り返りもせずに言い放った。
「俺から言わせてもらえば、あんたは余裕で『不合格』だ」
「ちょっと! ちょっと待ってくださいな、皆様!」
リリスが慌ててレンたちの前に回り込み、両手を広げて館を出て行こうとする一行を通せんぼした。
「彼女は、口は最悪に悪いですけれど、これからのレン様の覇道には間違いなく必要な、稀代の頭脳を持った人材なのです! お怒りはご尤もですが、どうか、どうか私の顔に免じて気を静めてくださいまし……!」
必死に懇願するリリスの姿に、レンは小さく溜息をついた。
「はぁ……。分かったよ。じゃあとりあえず、僕たちがミノス王城をあっさりと制圧してくるのを、リリスと一緒にここで指をくわえて待ってろ。話を聞くのは、それからだ」
レンがそう妥協案を提示すると、リリスはパッと表情を輝かせ、なぜか邪悪な笑みを浮かべた。
「レン様、それでしたら……今ここで、ノインを召喚してくださいまし」
「ん? ノインを? ……まあ、それくらいならいいけど。――『召喚』!」
レンがスキルを発動すると、魔法陣からボルゾイ風のコボルト・ノインがポンッと姿を現した。
「ワォン?」(マスター、もう敵陣への襲撃ですか? ワン)
現れたノインは、長い毛並みを揺らしながら不思議そうに首を傾げた。
その瞬間、さっきまで不敵に笑っていた女軍師サンディの顔から、完全に表情が消えた。激しい衝撃を受けたように目を見開いたかと思うと、その頬がみるみるうちに極彩色に染まっていく。
「――きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!! なに、何よこれ、なんなのよ一体!? この世の奇跡みたいな愛らしい生き物は……ッ!? シュッとして、気品があって、なのに……モフモフ! 究極にモフモフなのね! ああぁ、神々しいまでのモフモフだわ……ッ!」
サンディは凄まじい絶叫と共にノインへと猛突進し、その細い体をがっしりと抱きしめて、恍惚の表情で床に悶絶し始めた。
「ワォン……?」(マスター、この人間……急に抱きついてきて、ちょっと怖いワン……)
ノインが完全に引いた目でレンを見上げてくる。
(……ああ、分かった。コイツもリリスたちと同類の、脳みそまでモフモフに侵されたポンコツだったか)
レンは遠い目をして、心の中で激しく納得した。
「ふふふ、やはり。サンディの好みは、シュッとしたノインだと思っていたのですよ。ぴったりど真ん中、ストライクだったみたいですね」
リリスはすべてを計算通りと言わんばかりに、邪悪に、そして勝ち誇ったように微笑んでいる。
と、サンディに揉みくちゃにされていたノインの耳が、ピクンと鋭く跳ね上がった。
「――ワォン!」(マスター、油断しないで! 館の周りに、何かがたくさん潜んでるワン!)
「何だって? ……よし、お前たち! 『召喚』!」
レンはノインの警告を聞き、即座にメインのナンバーズたちを一斉に呼び出した。
光の粒子と共に現れたのは――
ゴールデンレトリーバーのツヴァイ、
ドーベルマンのドライ、
フラットコーテッドレトリバーのフィア、
シベリアンハスキーのフンフ、
セントバーナードのツヴェルフ、
ワイマラナーのアハト、
総勢6匹の、圧倒的な威容を誇る最高峰のコボルト幹部たちだ。
「周りに潜んでいる怪しい奴らを全員捕まえろ。ただし、殺すんじゃないぞ」
レンの命令が下った瞬間、6匹のコボルトたちは一斉にフンスと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、四方八方の窓や壁を突き破る勢いで、電光石火の如く駆け出していった。
「ひゃあぁっ!? あっちにも超巨大なモフモフ、こっちにも精悍なモフモフ……! い、一体何が起きているのぉぉ!?」
目の前を極上の毛玉たちが嵐のように駆け抜けていき、サンディはあわあわと視線を彷徨わせながら、完全にパニックに陥っている。
「どうですの、サンディ! これが、我が最愛のレン様が従える、神の如きコボルトたちですわ!」
リリスは両手を腰に当て、これ以上ないほど豊満な胸を張ってドヤ顔を決めた。
「こ、これが……コボルト……? 嘘でしょ、これがただのコボルトなわけないわ……! モフモフ……究極の、これこそが世界の真理たるモフモフだわ……っ! ――前言撤回よ、レン様! 私が悪うございました、おみそれいたしましたぁぁぁぁぁーーーッ!!!」
四方から「ギャッ!」「グハッ!」という、潜伏していた伏兵たちがコボルトたちに圧殺・捕縛されていく悲鳴が響き渡る中、女軍師サンディは床に五体投地し、涙を流しながらレンの足元へ完全に屈服(スピード陥落)するのだった。




