123 出生の泥濘と毒婦の噂! 辛辣なる女軍師サンディと、覇気なき覇王の潜入奇策
「……ちょっと、複雑で、おぞましいお話なのですが」
急転直下、引き返してミノス王国の王都へ向かう竜車の中。それまで静かに涙を拭っていたリリスが、重い口を開いて語り始めた。
「今回のクーデターの首謀者……あの庶子の王子を生んだ側室は、元々は前国王の側室だったのです。前国王は……ええ、私の最初の夫ですが、若い女が大好きなとんでもない色ボケジジイでして。まあ、夜の方はとっくに(勃たないくせに……)形ばかりだったのですが、その女もジジイに比べれば随分と若かったのです。私よりは随分歳上でしたが……」
「そ、そうなんだ……」
(ちょ、ちょっと待ち受けの返事に困るな、このヘビーな昼ドラみたいな話……!)
レンは引きつった笑みを浮かべ、内心で冷や汗を流す。竜車の隅では、ダリアもロジーナも露骨に耳をそば立てているのが気配で分かった。
「その前国王とは男女の関係が随分前から完全に無かったようでして、そこへ私の父が、あろうことかその女と深い関係を持ってしまい……。前国王が崩御すると、すぐに父はその女を自分の側室に迎え入れたのですが、その時にはすでに、彼女の腹には子供が宿っていたのです」
「う、うん……」
(誰か、頼むからこの会話に入ってきてくれ! 視線だけで聞き耳立ててないでさ!)
「当然、前国王のジジイとは夜の営みなど皆無でしたから、お腹の子が私の父の血を引く子供(庶子)であることは、父の周囲の人間は皆知っていました。ですが……どこからか『あの子は前国王の正当な血を引く忘れ形見だ』という、まことしやかな噂が流れ始めたのです。その王子本人も、初めはただの噂だと気にも留めていなかったようですが……」
「そ、それで、どうなったんだ?」
「おそらく、私がアレス王国へ赴くようになった頃……いえ、もっと前からかも知れません。彼は感情を押し隠して表情には出さず、心の中で『自分は前国王の子なのだから、自分こそが次の王位を継ぐべきだ』と、歪んだ野心を滾らせていたのでしょう」
「ふむ……」
「それが、全く王位を望んでいなかったはずの私が、急に『私が王位を継承する』と言い出した。彼は大いに焦ったに違いありません。こちらの動きを見計らい、一番手薄になるこの遠征の瞬間を、ずっと狙っていたのですわ」
「そ、そうか……」
リリスの告白を聴きながら、レンは思わず胸をチクリと刺されたような痛みを覚える。
(……状況や理由は全く違うとはいえ、僕も『庶子』の身でありながら、結果的に国王と王妃を死に追いやって今の王位に就いた身だからな。先王は自害だったとはいえ、僕が殺したようなものだしな……)
「――ですが、私は絶対にあの男を許しません! 己の野欲のために、実の親同然に育ててくれた両親を殺し、弟たちの命まで奪って王位を盗むなど……っ!」
激昂するリリスの言葉に、レンの肩がビクッと跳ねる。まるで自分を責められているような錯覚に陥ったが、リリスの怒りの矛先は完全に件の庶子王子へと向けられていた。
「――あ、エリーさん。その角を右に曲がってくださいな」
リリスはふと窓の外を見て、竜車の御者台を務めていたエリーに声をかけた。
「わ、分かったわ!」
聞き耳を立てていたことがバレていたエリーは、慌てて手綱を引いた。
竜車は本道を外れ、鬱蒼とした林道をしばらく進む。
「……ここですわ」
リリスに案内されて到着したのは、地方の有力領主が構える小規模な城──いや、堅牢な館といった趣の建物だった。
「ここには何があるんだ?」
レンが尋ねると、ちょうど館の重厚な扉が開き、一人の女性が歩み出てきた。
すらりとした細身の体躯。だが、決して病弱な印象は与えない。背筋が美しく伸びており、実に見事な、凛とした立ち姿だ。誰もが見惚れるような、非常に美しい大人の女性であった。
「リリス! リリスじゃないの! なぜこんな、王都とは真逆の場所にいるのよ!?」
「ふふふ、サンディ。お父様とお母様の仇を討ち、王位を奪還するために、貴女の知恵を借りに来ましたのよ」
「……立ち話も何ね。とりあえず中に入りなさい。話は中で聞くわ」
かくして、レン一行はその女性──サンディの屋敷へと招き入れられた。
応接室のソファーに腰を下ろすと、リリスが誇らしげに胸を張った。
「紹介しますわ、サンディ。私の最愛の婚約者であり、新生アレス王国の国王、レン様よ」
「どうも、初めまして。アレス国王のレンです」
レンはいつもの癖で、ポリポリと頭を掻きながら緊張感のない挨拶をする。
サンディはそんなレンを頭のてっぺんから足の先まで、値踏みするようにじっと凝視した。
「……これはまた、ずいぶんと……『普通』ね。一国の王としての覇気が微塵も感じられないわ。そこらの村を探せばどこにでも転がっていそうな領民(一般人)にしか見えないんだけど。リリス、あんたねぇ……。いくら前の旦那が酷いエロジジイだったからって、反動でここまで男のハードルを落とすことはないんじゃない?」
「――ぶっ!」
側に控えていたロジーナが思わず吹き出す。
「そうなんです、俺は本当に覇気がないんですよ。あはは!」
(……随分な言われようだな。覇気が無いとは、前世でも今世でもよく言われることだけどさぁ……)
内心でちょっと小言を言いつつも、怒る気にもなれず、引きつった笑みで誤魔化すレン。
「サンディ、随分と言いたい放題言ってくれるじゃないの? レン様、このお口の非常に悪い女は、私の幼馴染みでこの領地を治める領主、サンディですわ。そして彼女は……我がミノス王国屈指の『軍師』でもありますの」
「軍師ねぇ……」
レンはサンディを少し訝しげな目で見つめる。
その後、リリスは、レンを侮辱されて明らかに不機嫌そうな表情を隠そうともしないフェルダー、エリー、ダリア、ゲイル、そして未だに笑っているロジーナを順番に紹介した。それぞれの放つ尋常ならざる気配を察知し、サンディの目がわずかに細くなる。
「……なるほど。レン様以外は、どいつもこいつも一騎当千の化け物揃いだってことはよく分かったわ。だけどね、リリス。いくら精鋭とはいえ、たったこれだけの人数で正面から王都を襲撃したところで、数の暴力に押し潰されて勝ち目はないわよ?」
「いいえ、正面から戦う必要はありませんわ。レン様が『城の中にさえ一歩足を踏み入れられれば』、そこから先はなんとでもなりますの。サンディ、何とかして周囲に気づかれず、レン様を城の深奥へ滑り込ませる方法はないかしら?」
サンディは顎に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。
「城の内部へ侵入するだけなら、私の策があればどうとでもなるわよ。……で? 首尾よく中に入れたとして、あんたたち、一体そこで何をするつもり?」
リリスは蛇の獣人特有の、妖艶で、どこか恐ろしさを孕んだ極上の微笑みを浮かべた。
「ふふふ、それはね……」
最強のモフモフ軍勢を瞬時に呼び出す「覇王の切り札」を知る由もない女軍師の前で、リリスは極秘の潜入作戦の全貌を語り始めるのだった。




