012 辺境の街にモフモフ旋風! 殺到する歓声とギルドへの緊急避難
ガタゴトと長い間揺られ続けていた乗り合い馬車が、ついに領都から遙か離れた辺境の街へと到着した。
レンが最終的に目指すのはさらに奥地にある辺境の開拓村なのだが、領都からそこへ直接行くような都合の良い馬車は存在しない。そのため、ひとまずは開拓村に最も近いこの街を中継地として選んだのだ。
つまり、ここからは馬車を降り、レンの足と五匹のコボルトたちの力だけで新天地へと向かうことになる。
「えええええええっ!!! フンフとここでお別れだなんて嫌よぉぉぉ! ねぇねぇレンくん、フンフを私と一緒に暮らさせてちょうだい! ねぇ、いいでしょ!? お願い、レンくん一生のお願いよぉ!!」
馬車が停まるやいなや、商人の若い使用人カミラはボロリと涙をこぼし、必死の形相でレンに詰め寄ってきた。もふもふハスキー風のフンフとの別れが辛すぎて、完全に理性を失っている。
「駄目に決まっているだろ! いい加減に往生際悪く諦めなさい! 眷属というのはテイマーの魂に従属するものなんだ。フンフだってレン様から離れたくなんか無いだろうよ!」
丸々と太った商人の男が、フンフにがっしりと抱きついたまま離れないカミラの後ろ髪を掴む勢いで、無理やり引き離していく。
「あああああ、私のフンフーーー! 離したくないわぁぁ! また遊びましょうね、絶対、絶対によおおおおお!!」
ずるずると引きずられていくカミラと、呆れたようにそれを見送る商人を残念そうな目で見送ったあと、老夫婦のアンナとバークがレンの前に歩み寄った。
「アイちゃんのおかげで、退屈なはずの移動がとっても楽しい旅になったわ。本当にありがとうね、レンくん。私達はこの街に新居を構えて住むことになるから、困ったことがあったらいつでも頼ってきてね」
「うちのカミさんが大変世話になったな。村を開拓していくなら、いずれまともな建物や大工仕事が必要になるはずだ。その時はいつでも声を掛けてくれ。レン殿のためなら、格安の身内価格で仕事を請け負うからなぁ」
バークが豪快に笑って胸を叩く。引退したとはいえベテラン大工の協力は、これからの開拓生活において千万人もの味方を得たようなものだ。
「いえいえ、こちらこそアインスがアンナさんに薬草採取を教えていただき、大変お世話になりました。この御恩は、いつか必ずお返ししたいと思います!」
「まあ、御恩だなんて大袈裟よ。そんなことより、いつでも元気な顔を見せにいらっしゃいな」
「はい! ありがとうございます!」
老夫婦と固い握手を交わして別れを告げると、少し離れた場所で四人の頼もしい冒険者たちがレンを待っていた。一流パーティ『朝焼けの光』の面々だ。
◇◇
「俺たちはこれから今回の護衛任務の報告をしに冒険者ギルドへ行くんだが、レンも一緒に行こう」
リーダーの剣士が、レンの肩を叩いてそう誘いかけてくれた。
「ドライたちの『従魔登録』をする必要があるし、レン自身も今のうちに冒険者登録をしておいた方が後々絶対に都合が良い。ギルドカードは確実な身分証明書にもなるし、村の開拓中に見つけた薬草や魔物の素材を売って、当面の生活資金に変えることもできるからな」
「なるほど……。はい、ぜひご一緒させてください!」
レンはリーダーの提案に二つ返事で頷いた。
(前世の知識的にも、知識ゼロの子供が一人で冒険者ギルドに行くと、お決まりのパターンでガラの悪い冒険者に絡まれたり、舐められたりしそうだからな。Bランクの『朝焼けの光』の皆と一緒ならそれが防げる。絶対について行った方が得策だ)
という訳で、レンと五匹のコボルト軍団、そして『朝焼けの光』の四人は、連れ立って賑やかな街の大通りを冒険者ギルドへと向かい始めた。
◇◇
「――お母さん、何あれ!? ワンちゃん? すごく可愛い〜〜っ!」
それは、通りすがりの中の小さな女の子の一声から始まった。
それまで、街道を歩くレンたちを興味深そうに眺めつつも、威圧感のあるBランク冒険者たちが並んでいるため黙って見詰めるだけだった周囲の女性たちが、その声をきっかけに一斉に沸き立ったのだ。
「きゃあああ! ナニあれ! めちゃくちゃ可愛いんだけど!?」
「ちょっと見て、あの毛並み! もっふもふ! すっごくモフモフした〜い!」
「ねぇねぇ、あれ犬じゃないわよね? 新種の魔獣かしら?」
「そりゃそうでしょ! 犬は服を着て二本足で歩いたり、マチェットを腰に差したりしないって!」
無理もない。クリーン生活魔法で完全に洗浄され、最高級のふかふかダブルコートを誇る秋田犬やゴールデンレトリーバーの姿をした五匹のコボルトたちだ。
これが、世間で忌み嫌われている『あの飢えた狂気の目をギラつかせ、涎をダラダラと垂らしながら襲ってくる汚くて臭い凶暴なコボルト』だとは、街の誰も、ただの一人も気づいていなかった。
「……ありゃりゃ。これは俺が思ってたよりも、かなりやべぇ状況だな」
大通りに響き渡る女性たちの黄色い歓声と、ジリジリと距離を詰めてくる群衆の熱気を感じ取り、リーダーが思わず冷や汗を流して口にした。
「そうね。こんなに見事で愛らしいもふもふが五匹も並んで歩いてるんだもの。街の女の子たちがほっとくわけないじゃない」
「これは早めにギルドへ駆け込んで、レンの所有物であるっていう『従魔の証(首輪)』を着けないと、ペット泥棒とかあらぬ誤解で一悶着起きそうね」
狩人の女と魔法使いの女も、迫りくるモフモフ包囲網の危機感を察知してリーダーに素早く同意する。
「取り合えず、囲まれる前に冒険者ギルドに急ぐぞ! 走るぞ、レン!」
「は、はいっ!」
急に周囲がパニック寸前の大騒ぎになり、状況を100%理解できていないレンは、飛んでくる視線の痛さにただ引き攣った返事をするしかなかった。
「ワフ?(みんな何でこっちを見てるんだワン?)」
もちろん、マスターの後ろを綺麗に一列でトコトコ歩いていたコボルトたちも、自分たちが熱烈なアイドルのように歓迎されている状況など全く理解できず、揃って小首をキョトンと傾げるのだった。




