118 驚愕のコボルト第二世代! 読み書きできる毛玉たちと、王城を支配する最強の「飴と鞭」
ここは、アレス王国王城にある国王のいつもの執務室。
午後からの事務作業が一段落し、ふとペンを置いたレンは、窓の外の中庭を眺めながら、ここ数日ずっと気になっていた疑問をヘレナに投げかけた。
「そう言えばさ、ヘレナ。最近王城内で、妙に若いっていうか、小さいコボルトをよく見かけるんだけど……何か特別な仕事でもさせてるの? この前も廊下で、ちっちゃいアインスとか、ちっちゃいツェンみたいなのがトコトコ歩いてた気がするんだよね」
「……! あら、陛下もご覧になって? 本当に可愛らしかったですわ……。思い出すだけで胸がキュンといたしますもの」
リリスが書類から顔を上げ、すっかりお馴染みとなった「モフモフ狂信者」のうっとりとした表情で両手を頬に当てた。
何の気なしに尋ねたレンだったが、対するヘレナの反応は想像以上に大きなものだった。彼女はバッと顔を上げると、ニヤリと得意げな笑みを浮かべたのだ。
「おおっ! ついに気付いた!? ふふふ、実はさぁ……大変なことが発見されたのよ!」
「なんだよぉ。妙に勿体ぶるなぁ」
「へへへ、おじい様がこの城でアレスのコボルトたちの生態を熱心に研究しているのは知ってるでしょ?」
「うん、ランドルフさんが毎日楽しそうに観察記録をつけてるのは知ってる」
「色々生態とかが分かってきてるんだけど、その中でも……とびきりの、それこそ『世紀の大発見』があったのよ!!!」
「いったい何なんだよ。これ以上引っ張らないで早く教えてくれよ」
身を乗り出して催促するレンに、ヘレナは人差し指を立てて、フンスと鼻を鳴らした。
「あはは! 焦らないの。……まず、レンが最初にテイムした野生のコボルトたちがいるでしょ? おじい様たちは彼らを『仮称・第一世代』って呼んでいるのね。で、その第一世代のコボルトたちの間に新しく生まれた子供たちのことを、『仮称・第二世代』って分類しているのよ」
「……仮称はもう、どっちでも良いんじゃない?」
「んじゃ、仮称は取るわ。まあそれはどうでもいいんだけど、重要なのはここからよ。その、新しく生まれた第二世代の子たちはねぇ……なんと、最初から『読み書き』ができたのよ! 凄いでしょ! ねぇねぇ、これって本当に凄いでしょ!?」
「――えっ!? 読み書きができるの!?」
レンは思わずソファーから立ち上がりそうになった。そりゃあ凄いどころの騒ぎではない。
「ええ。流石に人間の言葉を喋る(発声する)ことはできないんだけどね。元々野生のコボルトなんて、文字の読み書きなんか絶対にできないじゃない? だから、アレス王国で生まれたコボルトの子供たちだけが『特別』なのよ。生まれた時から人間と一緒にいるっていう環境の影響もあるでしょうけど……それなら、より長く人間と一緒に住んでいる第一世代の親たちの方ができそうなものでしょ? でも、親コボルトたちはどれだけ教えても読み書きはできないの」
「ほほう……。じゃあ、環境だけが原因じゃないってことか」
「そうなの。おじい様の推測だと、間違いなくレンの『テイムスキル』や魔力の恩恵が、血を通じて子供たちに遺伝、あるいは進化を促した結果だって言われてるわ。特にアインスたち『ナンバーズ』の子供たちは、他の子たちと比べても頭ひとつ抜けて出来が良いのよ」
「そうですわねぇ。本当に、恐ろしいほどお利口さんで……それでいて、とびきり愛くるしいのです。特にアインスのお子さんたちや、ツェンのお子さんたちは、まるで歩く毛玉がチョコチョコと動いているようで……。見かけるたびに、お仕事中なのも忘れてギュッと抱きしめたくなってしまいますわ」
リリスの目が完全にハートマークになっている。彼女もまた、その「第二世代」の子供たちの魅力にド頭までやられている一人だった。
「まあ、まだ研究段階だから詳しいメカニズムまでは分かってないんだけどね。もう少し調べて、はっきりとした成果を出してからレンにサプライズで報告しようと思ってたから、教えるのが遅くなっちゃった」
「なるほどね……。それで、研究や観察のために王城の中に集めていたのか」
「ん? 違うわよ。研究のためだけじゃなくて、普通に『働いて』もらってるわよ。今、城の中の事務作業は死ぬほどあるんだから!」
「え? 働かせてるの?」
「コボルトたちの名誉のために言っておくけど、みんな喜々としてお手伝いしてくれてるわよ。文字が読めるから、書類の仕分けや整理なんてお手の物。彼女たちが手伝ってくれるおかげで、内政部の大変な事務作業がものすごく助かっているし、何より『事務女子たち』の作業能率が跳ね上がったのよ」
ヘレナが胸を張るが、レンはジト目を向けた。
「……逆に、可愛い毛玉たちに気を取られて、女子たちの効率が落ちそうな気がするんだけど?」
「そこは、ほら、私の得意な『飴と鞭』よ。コボルトちゃんたちに夢中になって仕事の効率が落ちた女子は、お仕置きとして『第二世代――通称・ジュニア』が一人もいない、むさ苦しい部屋に配置換えにすることにしたの。逆に、バリバリ効率を上げて仕事を終わらせた優秀な女子は、ジュニアたちと一緒に癒されながら仕事ができる特等席へ配属されるのよ」
「……考えたなぁ。女子たちのモチベーションの操り方を完璧に理解してるよ、ヘレナは」
モフモフを最大の報酬にするという、アレス王国ならではの最強の人事評価制度に、レンは戦慄を禁じ得なかった。
「ところで、旦那様」
ふと、リリスが不思議そうに首を傾げた。
「コボルトちゃんたちって、お姿を見る限り、異なる形態というか、たくさんの異なる『種』がいますでしょう? その子供たちは……いわゆる、混ざり合って『ミックス』にはならないのかしら?」
「あ、それもおじい様が研究中なんだけどね」
ヘレナが楽しそうに資料をめくる。
「どうやらコボルトたちって、本能的に『自分と容姿や性質がよく似ている者』としか番にならないようなの。まあ、近い種同士であれば稀に番うこともあるみたいだけど、基本的には親と同じ特徴を強く持った子供が生まれるみたいよ」
(むむ、そうか……。地球の知識で勝手に秋田犬とか柴犬とかトイプードルとか思ってたけど、この世界のコボルトは純粋な『地球の犬種』そのものってわけじゃないんだな。あくまでそれに酷似したコボルトの固有種ってことか……)
レンは一瞬、生物学的な謎に深く思考を巡らせそうになった。
だが、すぐに執務室のドアの隙間から、アインスの子供らしきジャーマンシェパード風の小さな毛玉が、一通の書類を小さな口にくわえ、短い足を一生懸命に動かしてトコトコと入ってくるのが見えた。
「――ばぅ!」
ジュニアはレンを見上げると、嬉しそうに尻尾をちぎれんばかりに振り、書類を差し出してきた。
(……まあ、結局のところ、抜群に可愛くて賢ければ何でもOKだな!)
ちっちゃい事は気にするな!
それ、ワカチコワカチコ――!!
レンは心の中で往年の名フレーズを叫びながら、健気に働く小さなジュニアの頭を、極上の手つきで存分に撫で回してやるのだった。




